ひびひにっし
@joking
[22年5月10日]指に触れた瞬間わかった、You be you.
最近、マチヲは夜中に家を飛び出して、町中を徘徊している。数年前から目立ってきたお腹のでしゃばりを揺らしながら、歩幅を大きくとり、がに股の姿勢で、足をせかせかと動かしている。マチヲは家を出るとき、家族に「ウォーキングに行ってくる」と告げている。
歩く度に背中からガチャガチャ音がする。いつも容量30リットルの黒いリュックを背負っているからだ。中にはノートパソコンや持ち帰りの仕事の資料、読みたい本、読みかけの本、なんとなく入れてある本、底にはぐちゃぐちゃに丸まった付せんなどが入っている。
いつもリュックはパンパンで重たく、半年ぐらいで肩のベルトの部分が壊れて買い換えることになる。家族から「荷物を少なくすればいいのに」と言われているが「これが運動負荷にちょうどいいんだよ」と返している。「それにいつ何時必要になるかわからないんだから……」使えなくなった付せんにも使用価値があると思っている節もある。
二十分ぐらい歩くと汗が軽く噴き出してくる。真夜中に開いているファミレスに入って栄養補給する日もあるが、特に食べたいものもなかった。そのとき見慣れた緑と白のコンビニエンスストアの看板が眼に入る。
――酒でも呑むか。
これで今日の運動は終わりだと思われる。自発構文。それに飲酒をしながら歩きだすと汗が噴き出してくる。これもダイエットの効果になると、マチヲは考えた。アルコールの代謝で汗が噴き出すだけで、脂肪が燃焼したわけのではないのだが。
入り口脇で茶色と黒のまだら模様の入ったカーディガンを来た白髪のおっさんがこちらをガン見していた。
おっさんは視線をそらすことなく、口元に紙巻きたばこを持っていき、煙を吐いた。脇には設置型の灰皿がある。ガーディアンのように立ち塞がるおっさんに店に入ろうとするマチヲはたじろいだ。「ココは誰のシマだと思ってんじゃい!」と怒鳴りながら、胸元から拳銃を取り出し、マチヲの疲れた足を撃ち、倒れたところに頭とでしゃばりのお腹に追加で一発ずつ撃ち込み、始末されるかもしれない。
この足で逃げ切れるだろうか――逃げるわけにはいかない。他の店まで歩くのは面倒だからだ。
慎重に警戒しながら、目線をそらして自動ドアの前に立つ。ドアが開いて、入店音が鳴った。店内を見渡すが誰もいない。奥にあるドリンクケースへと一目散に歩いていく。
SUNTOR『SUPERCHU―HI』グレープフルーツ味を手に取った。スーパーや酒屋などと比べて値段が高いコンビニ商品のなかで、110円と良心的な値段である。自販機で買えるジュースの350ml、120円よりも安い。
入店音が鳴った。もしやあのおっさんが入ってきたのかもしれない。
刺激しないよう速やかにカウンターへと向かう。
おっさんが目の前に立っていた。
カウンターの向こう側で。
おっさんはカーディガンを脱いだ。下からは見慣れた制服が見えた。緑色の缶をつかみ取り、バーコードリーダーで読み取る。ピッと音がした。
「110円です」
挨拶もない簡素な言葉に、私はポケットから財布を取り出して110円ちょうどをトレーに置いた。
おっさんは小銭をつかみ、レシートだけを差し出す。受け取ろうと手を差し伸べたとき、おっさんの中指と人差し指がかすかに触れた。かさついた指の皮膚から長い人生の時間を瞬時に読み取ってしまった。頭のなかでピッと音がした。
まったく設定のない人間だったはずなのに、なんかわかったような気がした。少なくてもマチヲのことを撃ち抜きはしない人間だと。
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