第3話 探偵学園の災難
――僕が初めて人を殺したのは中学三年生の冬だった。
殺したのは僕の母親で、殺したのは妹が殺されそうになったからだ。
受験が近かったから自首するのもめんどくさくて、黙ってたらバレなかった。
次に人を殺したのは高校一年の夏だった。
殺した奴の名前は忘れたが、教師だったのは覚えている。
殺したのはそいつがクラスメイトを殺しそうだったからだ。
教師は教師でも通り魔だった。だから僕に罰が当たらなかったんだろう。
その後色々あって転校して、次に人を殺したのは高校二年の春、つまり今年の春だった。
頼まれたから殺した。けれど死ぬとは思わなかった。
そしてその三日後にまた、頼まれたから殺した。
僕はそいつが死ぬだろうなと思ってたし、実際に死んだ。
ちなみに死刑囚だったので、僕が殺さなくても死ぬ予定らしかった。
人間ってのは慣れてくるもので、ここまでくると罪悪感みたいなものが消えてくる。
ゲロを吐き散らかした一回目に比べて、二回目が終わるころには夕飯が食べられるようになっていた。
三回目にはぐっすり眠れるようになったし、四回目には夕飯に何食べようかを考えながら殺していた。
そうなると、まあ僕もそこまでバカじゃない。
自分が壊れたことくらいは、認識できていた。
そして同時に、僕が『事件に巻き込まれる体質』なのも理解していた。
よくある『行く先々で事件が起こる探偵』ってやつだ。
けれど僕はあくまで『探偵』じゃなくて殺人者。母さんや通り魔は死んで、めでたく事件が止まったとしてもそれは解決じゃない。
だというのに、僕は『探偵』になった。
『探偵』として学園に通いながら、頼まれれば誰かを殺す日々。
そしてそれの善悪を問うこともなく、こうして僕は今日まで生きてこられていた。
シリアルキラーとは言わないけれど、殺すことに慣れた自分。
頼まれたら殺す。
それを拒否する資格を、僕はどこかで失くした気がした。
だから頼まれれば殺した。
それから先、殺した後に何を考えたとかは、覚えていない。
殺せと言われれば殺すことにして、それを深く考えるのをやめた。
懺悔とか、後悔とか、そういう何かを感じるんじゃなくて、自分は神様から野放しにされたんだなと、そう思うことにした。
それからも、祟りも報いも僕に降りかかることはなくて、日々平穏無事だった。
少なくとも今日までは。
しかし、だからこそ、なのか。
「あれは事故じゃなくて――殺人。そして芹沢(せりざわ)くん、あなたが犯人」
校外学習の帰り、バスの中。
ベタに一泊二日の京都見学を終えた僕らを乗せたバスは高速道路に乗って、そのまま僕らを学園に連れていくはずだった。
だけどいきなりクラスメイトの木崎さんが立ち上がって、僕らの旅行の裏で起きていた『事故』……に僕が見せかけた殺人を、『事件』だと証明した。
そして僕はそのことに、十秒くらい反応できなかった。
「……証拠はあるの?」
それで、口から出てきたのがよりにもよってこのセリフ。
これを言ったら後は証拠を出されて終わるやつだ。
「ある。でもその前に、貴方がしたことを説明する」
詰み確定。高速道路を走っているというのに、静まり返った車内。
背後のバスガイドさんを無視して僕を指すのは、三か月前に転校して来た女子の、木崎 天音さん。
短めの銀髪に、小柄な背丈、暗めの雰囲気に、左目が黒、右目が若干赤いオッドアイ。そして右目の下に広がるのは、さかさまの落ち葉のような形をした、火傷痕。
僕と同じ図書委員で、そして何よりも、僕らと同じ『探偵』だ。
だからこそ、良く知っている。
『探偵』が――ましてや最も優れた探偵ランクの証『Aクラス』の称号を与えられた僕らが、証拠もなく犯人を摘発するわけがない。
だから僕は、すでに完全に詰んでいる。
多分だけど、今から何らかのアクションをしても負け、しなくても負けだ。
「……」
口から言葉が出てこない。
どうにかしようとするなら、無理やり盤をひっくり返す、つまりはこの状況を暴力でどうにかするしかないんだけど……
ここで僕が獣のように木崎さんに襲い掛かって、みんなと吉田先生と運転手さんとバスガイドさんを振り切って、
高速道路から徒歩で逃げ切るとか……まあ無理だよな。
「あなたが市原くんを殺すことに決めたのは、3日前」
「……」
ボケっと黙っていたら、推理ショーが始まってしまった。
結局、『探偵』に全てを明かされる『犯人』ができることと言えば……せいぜいが高笑いくらいだろう。絶対にダサい。
このまま推理を聞き終わるまで待って、最後にどんな感じで僕は罪を認めればいいかなあとか考えていたら、ふと思い至った。
……今ここで僕が犯罪を認めなかった場合、この先に待つのは僕のミスの羅列なのだ。
僕はおそらく思いがけないミスをしていて、その証拠はすでに押さえられていて、逃げられない。と、なると……さっさと罪を認めたほうが恥ずかしいことにならずに済むんじゃないか?
「貴方はまず病院に電話を入れて……」
「あのさ」
「……何?」
手を挙げて、発言を求めた。
そして即座に、後悔した。
「えっと……」
言えることがない。
「もしかして、時間稼ぎ……?」
小柄な木崎さんの、じとっとした視線がこっちを刺す。
「い、いや違う、そうじゃない、そうじゃないんだけど……」
「じゃあなんなの」
さらに苛立った視線と表情がちくちくと刺さる。
しかし完全にやらかした僕としては、頭真っ白でどうしたものかわからない。
何がまずいって、ここで僕が罪を認めたとして……話がつながらないのだ。
例えば、
「君の言う通りだよ、僕が犯人だ」
とか言ったところで、彼女はまだ推理の序盤も序盤。
3日前とか言ってたから、木崎さんは、たぶん僕がアイツ……市原を殺した動機まで理解している。
つまるところ全部とっくにバレてて、それを彼女は一から説明するところなのに、僕はそれを意味もなく遮ったのだ。
こんなことになるんならもっと早く全部認めれば良かった。もう完全に大失敗だ。
木崎さんには本当に申し訳ないけど、僕は今から木崎さんの探偵としての見せ場を潰して自白する。
「……何なの?」
「えっと……」
困惑したような彼女の顔。
そしてざわつく車内。
だけど、みんなの視線の先は、僕らじゃ、なかった。
「え?」
木崎さんが、何かに驚く。
轟く爆音と、周りの車の急ブレーキ音。
「は?」
「きゃあっ!」
通路に立っていた木崎さんがバスガイドさんに抱き着かれるようにして床に伏せる。
「伏せろ!」
誰かが叫ぶと同時、地震よりも唐突に世界が真横に吹っ飛んだ。バスが何かと衝突して、左側の窓が割れる。
そして映画でしか聞いたことのないような特大のブレーキ音と同時に、視界が丸ごと傾いた。
「いでっ!」
そして伏せようと身をかがめた僕も吹っ飛ばされ、衝撃で反転してべしゃりと床に転ぶ、その寸前。
「……嘘だろ?」
地面が落ちるような感覚。
そして正面、窓の向こうに見えたのは、高速道路に刺さる飛行機の翼と、丸いエンジン。
つまり高速道路に飛行機が墜落して、そこに僕らのバスが突っ込むのか? このタイミングで?
「はっ……」
ブレーキ音がけたたましく響く。
ガラスの向こうで、先に飛行機の胴体に激突したトラックが爆発する。
その衝撃で飛行機そのものと、高速道路全体が坂のように沈んで、浮いたバスの車体はブレーキの音を途切れさせる。
絶対に止まりようがない速度で、飛行機が燃える奈落に蛇行して突き進むバス。
死ぬ直前、スローになる世界の中で僕の脳が選んだのは、笑うことだった。
だってそうだろ? 散々人を殺して、いざそれがバレたのに、このタイミングで……死ぬ?
「ふざ」
そして僕の意識は、真っ白な光と、とてつもない熱の中に消えた。
「っけんなぁあっ!」
そして目が覚めた。
「……は?」
一瞬。
文字通り瞬き程度の瞬間に浴びた、僕の体を消し去る熱と、光の感覚。
「……」
……それ自体は、まだ残っている。
僕の体を何かが吹き飛ばして、脳と一緒に精神が霧散した感覚。
けれどそれでも、恐怖はなかった。
アレで僕が死んだにしては、あまりにも現実感のない熱量。
いっそさっきまでのが何かの夢と言われれば、あっさり納得して普通に生きていけそうなくらい――
――死は、軽かった。
「……えっと、どうするかな……」
とにかく目が覚めると、そこは一面の、白。
目を開けたら、雪原よりも眩しい、白いだけの世界。
目を閉じたら『暗い』から、目が見えないとかじゃない。
明確に目の前に世界が存在していて、そこはただただ白いだけ。
死後の世界ってことか……? と思いいたるまで、時間はかからなかった。
そして制服の匂いを嗅いでみると、ちょっと焦げ臭い。
死んだときに着てた服そのまんまっぽいけど、これが僕の死に装束……ってことか?
とか考えつつ……とりあえず適当にその辺を歩いてみる。
「うーん……」
歩くこと、数歩。それだけで違和感が凄まじい。
「……落ち着け、考えろ、何が起きた?」
まず、僕の人殺しがばれて。
バスが飛行機の墜落? に巻き込まれて。
いつの間にか、真っ白な世界にいる。
「意味が分からん」
展開が急すぎる。
そして情報が無さすぎる。
とりあえず、わかることから整理しよう。
少なくとも、今歩いている地面……というか床を軽く調べただけで、ここが色々とおかしい世界なのは理解できた。
まず、『反動』がない。
靴を履いているとはいえ、ジャンプして、思い切り両足を着地させれば、普通なら多少『痛い』。
しかしどれだけ強く叩きつけようが痛くもかゆくもないし、なんなら腹から着地しても痛みすらなかった。
転んでも痛くない、という未知の感覚。
まるで無理やり痛覚を消されてるような、そんな感覚。かといって麻酔みたいな麻痺じゃない。
触った感覚はあるし、首元なんかの温度もわかる。心臓も鼓動している。
あくまで消えてるのは、ある程度の痛みだけだ。
そして次に、『疲労』も『怪我』もない。
腕時計は止まっているので時間は感覚でしかわからないが、
飛んだり跳ねたりしたところで息切れもなく、ずっと走っていられるので気づいた。
そして指をかじってみると、歯で切ったはずの指は元通りになっていた。
「ふーん……」
成程な。
ここは地獄か。
普通にきつい。
周りは真っ白、果てもなければ道もないし、体は無駄に無敵。やるべきことは何もない。
腕時計が止まっているので確認は難しいけど、空腹もなさそうだ。
ただ、今はその程度でも、精神的にとにかくきつい。絶対にきつい。
果てしなく何もないこの空間でいつまでも放置とか、『五億年ボタン』どころじゃないだろう。
……けど、それもまた罰なんだろうか。
僕、人を殺してるわけだしなあ……
思ってた地獄とは違うけど、これが僕の罪の報いならまだ軽いほうだ。
それこそ永遠に焼かれ続けて気絶もできないとかの方が、嫌と言えば嫌だし。
「……寝れるかな」
寝られるかどうかは不明だが、とりあえず目を閉じることはできる。
そう思って寝転がって、目を閉じようとした瞬間……
「何してるんろすかねえ」
聞いたことのない、声がした。
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