主人公(ぼく)が犯人で探偵がヒロイン(キミ)で、そして異世界で無双する

ほひほひ人形

第一章 探偵転移編

第1話 全ての始まり何かの終わり

 大晦日のことだった。


「お兄ぃ、ちゃん……」


 声がする。


「……」


 僕はそれに、何も答えられない。

 薄暗い部屋の中、僕の目の前には、倒れたままの母さんの死体。

 そして、母さんの手には血。

 ここは僕の家のリビングで、母さんが倒れている。


「……お母さん、は、どうしたの……?」


 何も答えられない。

 どうしてこうなった?

 何が悪かった?


「……死ん、でる……」


 喉を絞るようにして、僕の中からどうにか出てきた言葉は、それだった。


「……ごめんなさい」


 香撫が、妹が、謝る。コイツは何も悪くないはずなのに。


「いや、それは、ちが……」


 言葉が、出ない。

 違うのか? 違わないのか?

 迷ったわけじゃない。こいつは悪くない。

 だったら誰が悪い? 母さんだ。

 母さんが何で悪い?

 香撫を殺そうとしたからだ。

 いつものように、香撫を、殴って。今日はそれがあまりにも酷くて……

 ……意味が分からない。

 なんでこいつが殺されそうにならなきゃいけない?

 そして、香撫を殺そうとした母さんが悪いなら――


 ――その母さんを殺した僕は、なんなんだ?


「新時代のニューヒーロー! 正義戦隊ジャスティス5! 土曜朝8時放送中!」

 空気の読めないテレビCMが、明るい音楽とともに番組を宣伝している。


「……お兄ちゃんが、助けてくれたんだね」


 足元には死体がある。

 振り返ると僕に笑顔を向ける妹。

 気が狂いそうなほどいつも通りなテレビの音。

 ――吐き気がする。


「助けて……くれたんでしょ?」


 妹が、香撫が、呆然と立ち尽くす僕に歩み寄って、震える細い腕を伸ばす。


「……お兄ちゃん、大好きだよ」

「ああ、僕もだ……」


 膝が、折れた。

 縋るように、僕らは、母さんの死体の隣、リビングで抱きしめ合う。

 何もかもがおかしかった。

 何もかもが狂っていた。

 何もかもがどうしようもなかった。

 でも僕は、これ以上折れるわけにはいかなかった。


 ――落ち着きたいときは、深呼吸しなさい。


 塾で習った呼吸法。

 テストの前にそうしたように、僕は息を吸って、吸って、吐く。吐ききらずに、また吸う。

 そしていったん息を止める。すると自然に苦しくなるから、また吸って、もう一回吸って、吐く。


「おにい、ちゃん……?」

「はぁ……っ、は、ぁ……ひっ、ひ……はぁ……」


 妹をゆっくりと、僕の体から剥がす。

 大丈夫だ。

 狂いたくないから狂わない。

 泣きたくないから泣かない。

 絶望してる暇はないから、絶望しない。

 がちん、と何かのスイッチが脳内で入った音がして、視界がようやくクリアになった。


「……夕飯は、兄ちゃんが作るからさ。部屋にいろよ」


 そして、いつもみたいに、そう言う。


「え……あ……」


 すると香撫は一瞬戸惑ったようだったけど、


「……うん」


 そう言って、部屋を出た。

 そして僕は母さんの死体に視線を落として、


「……」


 ……考えた。


「本当にさあ……」


 褒められた母親じゃないのは分かっていた。

 テストの成績が悪ければ殴るし、仕事が辛ければ僕らを殴るし、何もなくても怒り狂っていた。

 本当にふざけないでほしい。

 その怒りが、どうにかこの吐き気を止めてくれる。


「……何だったんだよ」


 悪霊に取りつかれたとか、

 化け物に成り代わっていたとかなら、それで良かったのに。

 なんか変な宗教にはまったとか、

 悪い男に騙されたとかなら、それはそれでどうとでもなったんだ。


 でも実際は、成績が悪かったから、母さんが妹を殺そうとした。

 馬乗りになって、母さんが妹を、香撫を何度も何度も殴っていた。

 何回考えても、それが現実だった。


 母さんは本物の母さんで、死ぬまで母さんは最悪の母さんだった。

 そして僕の妹は、正真正銘本物の母さんに殺されかけた。

 だからさっき僕が殺した。

 それを自覚するたびに、僕の心が何かを理解していく。

 そしてなぜか絶対的な確信をもって、


「消えて」


 そう、呟いた瞬間、母さんの頭が――

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