第100話


 「どうして、ここに……」


 そう言ってハッとすると、昼間のことを謝り始める。


 「ごめんなさいっ、グスッ、う……私……、ごめなさい……!」


 クラーラ嬢のこの様子、妻でもないのにダルトン邸の最上階に住んでいる状況、やっぱりおかしい。

 初めは妾かなにかかと思ったが、それにしては部屋が質素だ。


 「どういうことかお話ししていただけませんか」


 そう言うとクラーラはぽつぽつと話しはじめた。


「私は聖都から少し行った町の出身なんです。ダルトン様とは、ダルトン様が町の教会に回復魔法をかけるため訪れた時に知り合いました。その時私には婚約者がいて、病にかかっていたため一緒に教会を訪れたのです。婚約者の病は思っていたよりも重く、ダルトン様に診ていただくことになりました。ダルトン様は枢機卿にまで上り詰めた方、重い病を患った婚約者を治すことができるとのことでした。でも私達には、枢機卿であるダルトン様に回復魔法をかけてもらえるだけのお金が足りなかった。そんな時ダルトン様が特別に回復魔法をかけてくださると言ったんです。私が彼と婚約を破棄してダルトン様の元へ行けば。でも、それは彼が嫌だと断ったんです。そこまでして治したくはないと。そして私たちは他に方法を探すと決めたんです。なのに……、なのにっ……」


 クラーラは泣き出してしまう。


「ある日、彼がいなくなったんです! 病気で自由に動けるような状態じゃなかったのに……。彼を探しているとダルトン様に呼び出されて、そこに向かうと病気の治った彼がいました。……隷属の首輪をつけて!」


 「隷属の首輪……!?」


 隷属の首輪をつけられると、契約主に従わなければ首が絞まるものだ。かつて借金奴隷や犯罪奴隷に使われていたものだが、違法な使用が後を経たないため次々に世界中で禁止されていった。


 「それから私はダルトン様の元にいます。ダルトン様が彼に回復魔法をかけたのでもう病気の心配は無くなりましたが、……彼の命はダルトン様に握られているのです。今回、特別な聖女であるオレリア様をこの国に残すために必要な事だと、彼の心配をするなら言うことを聞けと言われて、皇太子殿下と離れるタイミングをみてあんなことを……。本当に、申し訳ございません」


 劇場でクラーラを調べた時に何も問題は無いと思ったが、別のところで彼女は支配されていたのだ。


 「その彼はどこに?」


 「……地下室に彼の部屋があります」


 探知をかけると、地下室にはいくつか反応がある。この中の誰かがクラーラの婚約者なのだろう。


 「行きましょう」


 「で、でもっ! 言うことを聞かなければ彼の首輪がっ! それに枢機卿であるダルトン様に逆らったら、彼が助かったとしてもこの国でどうやって生きていけばいいのか……!」


「大丈夫。私は聖女よ。首輪のことも私がなんとかするわ。行きましょう」


 そう言って躊躇うクラーラの手を引き、地下室に向けて歩き出した。








 「オレリアはまだ見つからないのですかっ!」


 彼女がいなくなってからもう半日も経つ。帰る前にと手洗いに行ったオレリアがなかなか戻らないことに異変を感じ、確認に行かせた時にはもう遅かった。


 「……ダルトン卿だ!」


 この国ではもう何度も何度も公演されている舞台に今更枢機卿であるダルトンがいることがまず怪しい。そして変装していたにもかかわらず、彼は真っ直ぐこちらへ向かってきた。事前に私たちがこの劇を観に来ているのを知っているように。


 「今すぐ! 今すぐに聖女様を助けに向かいましょう!!」


 オレリアを崇拝するセサル卿なんかは今すぐにでもダルトン邸へと押し入りそうなくらいだ。


 「ですが、彼はこの国の枢機卿。なにも証拠がない状況では……!」


 「それはわかっています。でも、彼しか考えられないのです!」


 いくら教皇とはいえ、何もないのに私邸へ踏み込むことは難しい。

 それは私も皇太子という立場だからこそよくわかる。


 「……クソッ!」


 パーフェクトヒールが使える聖女が現れたと発表した直後にまさかの行方不明。しかも彼女は王国の公爵令嬢であり、帝国の皇太子の婚約者。


 この事態に限られた人を集め教皇の私室で対策を練る。


 「ノアもネージュも! ゴロゴロしていないでどうするのか考えてくれ!」


 伝説級の魔物で知能も高いと言うことでノアとネージュも参加しているが、お菓子を食べたりゴロゴロしたりで全然役に立たない。


 「ノア様! ネージュ様! 聖女様をお助けくださいっ!!」


 「オレリアの危機なんだぞ!」


 そう言うと2匹はのっそりと起き上がりこちらを見た。


 「この程度でリアが危機に陥るわけないだろ」


 「そうだそうだ。またなんかいろいろやってんだろ。そのうち勝手に戻ってくる」


 「なっ……!」


 なんだと! と一瞬怒りが込み上げてきたが、考えてみれば考えるほどそんな気がしてきてしまう。


 たしかに、あのダルトンにオレリアをどうこうできるのか……?

 あの大森林の魔物をバタバタと薙ぎ倒すオレリアを……??


 「くっ! たし、かに……」


 「なんてことを言っているのです! かよわいご令嬢にっ!」


 ノアとネージュとそんな話をしていると、教皇聖下がそう言った。周りのお偉い方も頷いている。セサル卿は首がもげそうなほどだ。


 「あーっと、オレリアは本当に魔法が得意なんです」


 「そんなことは知っています! 彼女ほどの回復魔法の使い手は世界中を探してもおりません!」


 「そうじゃなくて、オレリアは、全魔法が得意なのです。回復魔法と同じくらいに」


 そう。世界中を探しても並ぶものがいないほどの回復魔法の腕と同じレベルで他の魔法も得意なのだ。


 「「「は……?」」」

 

 教皇聖下方が言葉の意味を飲み込めずにポカンとしていると、ドガアァァアアアァァァン!!! ととてつもない音が外から鳴り響く。


 「な、何があったのだ!?」


 訳がわからず部屋の中で待っていると、神官が外から飛び込んできた。


 「失礼致しますっ! 近くで爆発がありました! ダルトン卿の邸宅の一部が吹き飛んでいるようですっ!!」


 オレリアだ……。


 オレリアの無事が確認できて安堵すると共に、どうか、どうか、爆破するのはダルトン邸だけにしてくれという思いが湧き上がる。


 「とりあえず、私達は先にダルトン邸へと向かいます!」


 そう言って私とノアとネージュはダルトン邸へと駆け出して行ったのだった。

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