第53話

「はぁっ、はぁっ、全員無事か!?」


 私達の前にはズタズタになり血を流して倒れる魔物。

 あれからもう1ヶ月以上が経った。


「ドナシアンの傷が深いですっ!」


「アーテルもだ!」


「騎士団にも怪我人が出ています!」


「今、回復、する……」


 奥に進めば進むほど強い魔物が増え、その分傷を負う者も増えた。唯一回復魔法を使えるローズの負担がかなり大きく、魔力の回復が間に合わないため深い傷のみ治し進んでいる。

 常に魔物を警戒し、毎日のように戦い、食事をしようと解体をすれば魔物を呼び寄せる。

 人数が多いので1人に割り当てられる夜の見張り時間が少ないことが唯一の救いだが、いつ魔物に襲われるかわからない状況なので熟睡できるわけがない。


「ぐっ、また来やがったっ!

うぉらっ!!! はぁっ、はぁっ、はぁっ!!!」


 ゴルドがこちらに飛び込んできた魔物の首を跳ね飛ばす。

 初めて大森林の奥地へと足を踏み込んだ時は金色の逆鱗の戦いぶりを見てこれはイケる! 奥地の魔物とも十分戦える! と思ったが、それが1ヶ月以上も続けばいくら帝国1のSランクパーティとはいえ疲弊する。

 奥地に入ってからは金色の逆鱗に頼る部分も増えたのでよけいにだ。


「その魔女ってやつは本当にこんな魔物だらけのところに住んでいるのか?」


 本当に魔女がここへ住んでいると言う確証はない。

 メンバーにも不安が見え隠れしている。


「殿下と私で冒険者ギルドで聞き込みをしたが、魔女本人が冒険者ギルドで大森林の奥地に住んでいると言っていたことは間違いない」


「じゃあ住んでるとしたらもっと奥だってことか……。クソッ! 正直俺たちでもここでギリギリだぜ!」


……ここが私たちが入れる限界かもしれないな。

 まだまだ大森林の奥は深いが、Sランクパーティーを以てしてもこれ以上は進めそうにない。

 体力も、精神力も、限界だ。

 それを殿下も感じているのか悔しそうな、深く考えるような顔をしている。


「……今日できる限り先に進み、捜索して見つからなかったら引き返すことにしよう」


「殿下っ!!」


「騎士団長、いいんだ。これ以上無理に進めば死者が出る。

父上の跡を継いで国を背負う者として、こんな私の我儘で優秀な者達を死なすわけにはいかない」


「っ! かしこまりました」


 引き返すということは、皇妃様の命を諦めるということ。

 

「母上のために皆に犠牲になれとは私には言えない。それは権力を持ち国を背負う者として、やってはいけないことだ」


 殿下は自分に言い聞かせるように呟く。


「アーテル、どうだ!?」


 アーテルは首を振り黒い髪を揺らす。


「何もない」


「そうか。次はあっちを探そう」


 今日が最後だと聞き、皆何か少しでも手がかりを見つけようと必死になってくれる。


「この辺りもなさそうだな」


 皆を引き連れもう少し先に進もうと歩き出すが、銀色の刃のメンバーがリーゼロッテがつきてきていないのに気がつく。


「ん? リーゼロッテは??」


「ん? あそこにいるぞ。おーい! 何してるんだ! 次に向かうぞ!」

 

 リーゼロッテは先ほどまで調べていた場所で横を向き、どこか遠くを見たまま動かない。


 殿下に「私がが見てきます」と伝え、リーゼロッテのいる方へ戻る。


「おい! リーゼロッテ? リーゼロッテ!! 何をやっている!?」


 リーゼロッテを迎えに行くとおかしなほどに顔色が悪い。


「どうした? どこか怪我でもしているのか?」


「……あ、あれ」


 リーゼロッテの震える指がさす先を見る。


「な、んだ……、あれ、は?」


 高さだけでも5メートルはありそうな胴体が木々の間を這っている。


「団長ー! 団長まで固まって、どうしたんですかー?」


 波打ちながらヌラヌラと光る巨体に釘付けになっていると、リーゼロッテを迎えに行った団長までもが動かなくなったことを不思議に思った団員が声をかけてくる。


「しっ、静かにしろっ!!!」


 気づくな! どうか!! どうか!!!


 息を殺して魔物が通り過ぎるのを待つ。

 騎士団長の異様な雰囲気に他のメンバーも動きを止め口を閉じる。


 ズズズズ、ズズズ、ズズズズズ、と地面を擦りながら移動するのをそのまま待つと、やがて見えていた胴体が細くなり尾が通り過ぎる。


 このまま遠くに行ってくれ! 頼むっ!

 目を閉じ必死に祈っていると、背筋にゾワリとしたものが駆け上がる。

 目を開きたくない。見なくない。

 恐る恐る顔を上げると、木々の間から縦に瞳孔の開いた真紅の目玉と視線が合った。


「クソッ!! 逃げろ!! とにかく走るんだ!!!」


 今までどんな魔物が現れても冷静に対処していた騎士団長の取り乱した様子に、状況のわかっていない他のメンバーは戸惑っていてなかなか走り出さない。 


 騎士団長は脚が震えてうまく動けないリーゼロッテの手を引き走り出す。


「大蛇だ!! 走れっ!! 逃げろっ!!!」


 走り出した騎士団長とリーゼロッテを追いかけるように大蛇が木の裏から顔を出すと、皆状況を嫌でも理解し、一気に狂乱状態となった。


「イヤアアァァァァァ!!!」

「うわぁぁぁぁ!!! 喰われるっ!!!」

「こんなのっ! どうしろって言うんだ!!!」


「お、落ち着けっ!! 走れ!! とりあえず走るんだ!!! こっちだ!」


 いち早く正気を取り戻した皇太子殿下の声で皆一斉に走り出す。


「はぁっ、はぁっ、ぐっ、はぁっ!!!」


 こいつ、狩りを楽しんでやがる!

 少し本気を出せばすぐにでも私達を殺せるはずの大蛇は、走っても走っても付かず離れず後ろをついてくる。


 それどころか森の奥へ奥へと誘導されているような気がする。

 後ろから大蛇が迫っている状況で他の魔物と鉢合わせでもしたら一貫の終わりだが、この大蛇がいるからなのか不思議と他の魔物には出会わない。


「はぁ、ヒッ、ヒィッ、はっ、うぐっ……。

もう、無理。これ以上、走れないッ!」


 私が手を引くリーゼロッテは先ほどから何度も脚をもつらせていることから限界が近いことがわかる。

 金色の逆鱗のローズもゴルドが手をひいているが、もう限界だ。


 そんな時皇太子殿下と先頭を走る騎士が声を上げた。


「クソッ!! 行き止まりだ!! 最初からここに誘い込むつもりだったんだ!!!」


 顔を上げると目の前には高く聳え立つ岩壁。後ろには大蛇。もう逃げ場はない。

 岩壁の前で狼狽える私達を見下ろす大蛇は、心なしか笑っているようにも見える。


シュルルルルルル…………


「……もう、ダメだ。終わりだ」


 1人の騎士が諦めたように呟いた。

 いつもなら叱り飛ばすところだか、この状況には私も打開策が思いつかん。


「た、戦う。何もせずに諦めるな!!

私は少しでも可能性があるのならそれに賭ける!!!」


 私も諦めかけたところで凛とした声が響く。

 そこには震える手に剣を握り、足を踏ん張って立つ皇太子殿下がいた。


 私は何をやっている!! 皇帝陛下から殿下を任されたのは私だろう!?


「……殿下、私もお供いたします」


「ウオォぉぉぉぉ!!! 俺もヤルぜ!!

ここまでこの腕1つでのしあがってきたんだ!!」


「私も参加するわ。何もせずに死ぬなんてごめんよん!」


「俺も、戦います!!!」










 くっ、戦況は悪い。いや悪いどころじゃなく最悪だ。

 戦うことを決めた私たちは全員立ち上がり、なんとか大蛇の攻撃を防いでいる。

 しかし大蛇は未だ本気を出しておらずその長い舌と尾を使い私達を撫でるように弄ぶ。

 回復のできるローズは真っ先に大蛇に狙われ倒れた。

 その後も尾に吹き飛ばされ、舌で引きずられ、戦うことのできるものが少しずつと減っていく。

 まだ死んだものはいないが、この傷では時間の問題だ。

 大蛇はとどめを刺さず痛みで動けず苦しんでいるものを戦闘の途中で時折その舌で撫で、恐怖に歪む顔を楽しそうに眺める。

 力のある魔物は頭が良く知性があると言うが、残念ながら性格は良くはならなかったようだ。


「クソッ、脚が言うことを聞かなくなってきやがった……」


 ここまでその豪剣で大蛇の攻撃を防いできたゴルドも、今では腹から血を流しふらつく足を必死に踏ん張っている。


 皇太子殿下も皆が盾になったおかげで大きな怪我はないがあちこちに打撲や切り傷が見える。

 私も先ほどの攻撃で太ももを大きく抉られた。

この血の流れようではもう助からない。


 どうか、どうか、皇太子殿下だけでもお助けすることはできないか。


 出血で鈍くなった思考を必死に巡らせ皇太子殿下を逃す策を考えていると、どこからかザッザッザッとこちらに何かが駆けてくる音が聞こえる。


 まずい! 他にも魔物が!?


 音のする方に目を向けると、2匹の魔物が戯れるように走ってくる。


「なっ! 待てっ!! その獲物は私のだぞっ!!」


「ヒャッホ〜!! 俺の勝ちだぜっ!!」


 バリバリバリバリッ!!! ドーーーーーン!!!!


 2匹のうちの1匹が私たちの前へと躍り出ると、私達を痛ぶっていた大蛇の頭に突如雷が落ちる。


「「「「「…………は?」」」」」


 ズシンッと大地を揺らし頭から煙の出た大蛇の巨体が倒れる。

 私達をオモチャのように痛ぶり遊んでいた大蛇を、一瞬で?


 さっきの大蛇とは格が違う。

 このように人語を流暢に話す魔物など見たことがない。

 2匹を見ただけで首筋がチクチクし全身の震えが止まらない。先ほどのように戦おうと言う気すら起きない。


「ん? なんだ? こんなところに人間がいるぞ」


 もう、ダメだ。今度こそ本当に終わりだ。


「珍しいこともあるものだな!

んお? ノア! もうそろそろ夕飯の時間ではないか!?」


「おお、危ない危ない! これ以上遅くなるとリアに怒られてしまう! ネージュ、帰るぞ!!」


 2匹はそういうと首から下げたアイテムバッグに大蛇を仕舞い、こちらには気にも止めず走り出そうとする。


 助かる、のか??


 それにしても、リア?? どこかで聞いたことのあるような……。


「っ、待ってください!!」


 皇太子殿下!? な、何を……!!


 皇太子殿下は恐怖で全身を震わせながらも、手を血が出るほど握りしめ声を上げた。


「私はラルージュ帝国の皇太子、ウィルフレッド・ラルージュと申します。

もしや貴方たちは冒険者リア殿の従魔ではありませんか!?」


 冒険者リアの、従魔……?

ハッ! たしかに! 魔女の従魔はグリフォンとフェンリルだと聞いた!

 もしや、この2匹が? 本当に??


「リア? 今この人間、リアと言ったか?」


 リアの客か? でも夕飯の時間が……、でもリアの客を無視したことが後でバレたら……、夕飯が野菜だらけに……、などと2匹は顔を見合わせ何やら相談を始める。


「きゃ、客だ! リア殿に会いにここまで来た!!」


 2匹はまたなにやら相談を始める。


「ふー、仕方あるまい。こっちだ! ついてこい!」


 ついてこいと言うが私達のほとんどは自力で動けるような状態ではない。

 だが動ける者だけでここを離れたら、私たちが離れた途端に残った者は生きながら魔物の餌食となる。


 怪我をしてふらついている状態でモタモタと動けない者を担ぐ私達を見たグリフォンとフェンリルはイライラしたように口を開いた。


「おい!! 遅いぞっ! 転がっている奴らはここに乗せろ!!」


 そう言って背をこちらに向けた。


「早くしろっ!! 急がねば夕食の時間に遅れてリアが怒るだろう!! リアを怒らせたら夕食がよくわからぬ葉っぱばかりになってしまう!!」


 本当に乗せても大丈夫なのか? グリフォンとフェンリルだぞ? と不安になるが、このまま気が変わって置いていかれでもしたら大変だ。


 グリフォンとフェンリルに乗せられることに震えるこいつらに心の中で謝りながらも急いで乗せる。


「ぐっ! 俺たちは本当はリアしか乗せないんだぞ!! いくぞ! 着いてこいよ!」


 そういうと2匹は岩壁に沿って走り出した。

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