第86話 王たちの陣地取り:後編
強力すぎる星空の力から、アクアスティードやフェレスたちを救うことが出来るかもしれない。そう知ったティアラローズは、その目的のために全力で駆けだしたのだが――。
「こら、ティアラローズ! 待つんだ!!」
「追いかけてこないでくださいクレイル様っ!」
水晶の廊下を全力で走るティアラローズとクレイル。
しかし今、ここで止まるわけにはいかない。指輪を一つにするためのタイムリミットは、三時間しかないのだ。クレイルに事情を説明するという手もあるけれど、今はその時間も惜しかった。
ティアラローズが妖精王の指輪を一つにする方法は、一度自分の魔力で包み込み創りなおす必要がある。それ自体はいいのだが、問題は場所だ。
やはり乙女ゲームのイベントだからだろうか? 祈りの間という神聖な場所があり、そこでなければいけないらしいのだ。
距離がどれくらいあるかわからないうえ、もしかしたら一本道ではないかもしれない。
そのため、ティアラローズはいつになく急いでいるのだ。ちなみに、この水晶で造られた場所同士は転移で移動することが出来なくなっている。
そのため、クレイルに頼み込んだとしても距離のショートカットは不可能なのだ。
「空の妖精王の指輪は、私がアクアスティードにあげたものだ。それを勝手に使い、まさか強制的に陣地取りをするなんて……っ」
これでは、自分の指輪をアクアスティードに渡した意味がないじゃないかとクレイルは一人ごちる。
「やっぱり、クレイル様はすべてご存知なんですね……」
はあはあと息を切らせながら走るティアラローズに、やっとクレイルが追いついた。歩くスピードを押さえはしたけれど、止まりはしない。
そんな様子のティアラローズを見て、クレイルはため息をつく。
「すべてを知っているわけじゃない。特に、ティアラローズやオリヴィア・アリアーデルたちは不思議な存在だと思っている。私たちしか知り得ないような情報を、どうして持っている?」
「そ、それは……っ」
「今だって、私はティアラローズがどこへ向かっているのかもわからないのに」
どこか悔しそうなクレイルの声が、ティアラローズに届く。
――妖精王すら、その存在を知らない場所?
そう考えると、今までで一番重要な位置づけになっているのかもしれないとティアラローズは考える。そして本来ならば、悪役令嬢の自分ではなく、続編ヒロインのアイシラが行くべき場所だろう。
「……アクア様が、王になると言ったんです。マリンフォレストをアクア様が導いていくのであれば、私は隣で支えていたい」
「今向かっている場所は、そのために必要だというの?」
「はい。わたくしは、アクア様も、フェレス殿下も、リリア様も支えて見せます。それが悪役令嬢の意地です!」
「…………」
ティアラローズの強い意思を聞き、クレイルは「そう」と返事をする。
「本当、ティアラローズは強い子だね」
「アクア様がいてくれるからです。……わたくし、祖国で王太子だった元婚約者に国外追放だと言われたことがあるんです。そのときに、アクア様がわたくしを支えてくれたんです」
――だから、今度はわたくしがアクア様を支えるの。
何が合っても、アクアスティードの味方でいようと、あのときからずっと思っていたのだ。
「まったく、二人には敵わないな」
「……え?」
「私も、パールと共に歩めたらよかった」
横に並んで歩くクレイルの、寂しそうな横顔が目に入る。
パールはティアラローズとアクアスティードに祝福を贈り、長い間目覚めない眠りについたのだ。今もなお、クレイルは自分の神殿ではなくパールの宮にいることが多い。
――でも、パール様はクレイル様のことがお好きなはず。
パールの目が覚めるまではとても長いけれど、きっと目覚めたら自分たち以上に幸せになってくれるだろうとティアラローズは思っている。
そしてふと、クレイルはこのまま自分と一緒にいていいのだろうかと疑問が浮かぶ。
「クレイル様、妖精王の陣地取りに参加されなくていいのですか?」
おそらく、アクアスティードとキースが陣地の取り合いをしているはずだ。
その言葉を聞き、クレイルが足を止める。それにつられて、思わずティアラローズも足を止めてしまった。数歩後ろにいるクレイルを見ると、どこか吹っ切れたような笑みを浮かべていた。
「そうだね、私も参戦することにしよう。……ティアラローズ、もし、もしも、巨大な力に耐えられなくなったなら、それを流し込んでみるといい」
「流し込むって、どこにですか?」
「ヒントはここまで。答えを教えるわけにはいかないからね」
「……?」
どこか的を得ないクレイルのアドバイスを、けれど何か重要なことなのだろうと思いティアラローズは素直に聞く。今のところ、耐えられないような巨大な力はないけれど……。
もしかしたら、自分の体に何か起こるのではと不安になる。
「それじゃあ、またあとで」
「はい」
クレイルが地上に転移するのを見送り、ティアラローズは再び奥へ進む道を歩き始めた。
どこまで続くかわからない水晶の廊下だったけれど、碧色の扉が視界に映る。ようやく先へ進むことが出来そうだと、安堵するティアラローズ。
ずっと同じ道で、このまま歩き続けるのは体力的に厳しかったのは内緒だ。
「さて、ここが祈りの間だったら完璧なんだけど……え?」
扉を開けた先は、静かな海の宮だった。
床には数センチ程度の海水が浸されていて、その中心には眠るパールがいた。水の上にある寝台はどこか不思議さを感じさせるが、今はそんなことを気にしている場合ではなかった。
「どうしてパール様の宮に……?」
広い部屋の中心まで行き、寝台を覗き込んでみる。
そこには、以前と変わらない姿の海の妖精王パールが眠りについていた。
肩より下で切りそろえられた綺麗な白銀のストレートヘア。いつも飾っていたヘアアクセサリーはないが、艶のある髪はそれだけで見栄えがいい。ゆったりした夜着は、色あでやかな着物で仕立てられたものだ。
「ゆっくり眠られているみたい」
祝福を得てから、ティアラローズはパールに会っていない。魔力を使い切ったとはいえ、死ぬようなことはない。それがわかってはいたが、こうして無事な姿を見れたことにとてもほっとした。
「でも、どうしてここに出たんだろう? 行きたいのは祈りの――っ!?」
もしかして、ここから繋がっているのだろうか。そう考えてティアラローズが室内を見回そうとした瞬間、巨大な力がどっとティアラローズの中へ流れ込んできた。
突然の衝撃に立っていられなくなり、ティアラローズはその場に膝をつく。海水が膝を濡らすけれど、そんなことに構っている余裕はない。
「はっ、はぁ……っ」
――苦しい。
これが、さっきクレイルの言っていた巨大な力だとでもいうのだろうか。訳が分からず、でも苦しくて、無意識のうちにティアラローズの瞳から大きな涙の粒が零れ落ちる。
どうしよう、どうすればいい。
「――――……」
――巨大な力に耐えられなくなったなら、それを流し込んでみるといい。
「この力を、流し込む……っ?」
何に?
そんなの、決まっている。
魔力がなくて眠り続けているパールに、だ。
「だから、クレイル様はヒントって言ったのね」
自分が罰としてパールに与えたのに、それを救う手助けは出来なかったのだろう。けれど、苦しむティアラローズを見越し助言というかたちで教えてくれたのだ。
ティアラローズは海の妖精王パールからの祝福を得ているため、その魔力を譲渡しやすい。もしもティアラローズでなければ、クレイルも魔力を流し込めとは言わなかっただろう。
這いつくばるようにしながらパールの下へ行き、ティアラローズはとめどなく溢れでそうになっている魔力をパールへ流した。
「は、はぁ……パール、様」
自分の中の魔力を、これでもかというくらいパールに流し込む。
「……くっ」
「パール様!」
うめき声と、小さく咳き込む声。
そしてすぐに、その鈴の鳴るような声は「ティアラローズ」と口にした。
「何をしておる……ここは、わらわの宮か」
「はぁ、はっ……」
「おぬし、だいぶ消耗しておるの」
――どうにか、溢れ出しそうだった力が落ち着いた。
それにほっとするも、ティアラローズの目の前には魔力切れで深い眠りについていたパールがいる。おそらく事情を呑み込めていないだろうと、簡単に今まであったことを説明した。
「わらわが寝ている間に、なんだかややこしいことになっているようだの。……まったく、いつになっても男はおろかよの」
パールはベッドサイドに置かれていた扇を手に取ると立ち上がり、それをバッと開く。すると、しゅるりと音を立てパールは夜着から鮮やかな着物ドレスへと服装が変わった。
幾重にも重ねられた生地は、深い赤色を使っていてパールの白銀を一際引き立てる。組み紐と花であしらわれたヘアアクセサリーは、その綺麗な髪を結った。
「まさか、星空の魔力をこの身に宿すことになろうとは思わなんだ」
「星空の……?」
「ああ、理解していなかったか。体の中に流れてくるその巨大な力は、溢れ出たアクアスティードの力じゃろう。大方、順調に陣地を取ってその力が増しているのじゃろう」
そのため、アクアスティード自身では力を制御するのが厳しく、星空の指輪を通して溢れた力がティアラローズに流れ込んだのだとパールは言う。
「まったく。次に目覚めるときには、もうおぬしたちはいないと思うていたのにの」
随分早く目覚めてしまったと、パールは一人ごちる。
「して、おぬしはわらわが眠っている間に勝手に指輪を持って行ったと。そしてその指輪を作り替えようとしているということかえ」
「は、はい。パール様が眠っているときに指輪を頂戴してしまったことについては、謝罪いたします」
キースもクレイルも、自分の意志でティアラローズとアクアスティードに指輪を託した。けれど、パールだけはティアラローズが隠し通路に入り許可を得ずに持ってきてしまったものなのだ。
慌てて頭を下げるティアラローズを見て、扇で口元を隠し「よい」とだけ告げる。
「ティアラローズ、わらわが協力してしんぜよう」
「え? いいのですか」
「構わぬ。わらわも、マリンフォレストのために何かをしたいのじゃ」
魔力がなく眠り続ける予定だったパールは、祝福の力もまだ回復しているわけではない。今は最低限の領地だけ得て、ゆっくりマリンフォレストの海を慈しんでいくのだと言う。
「それに、わらわは三代目の海の妖精王じゃ。クレイルやキースと違い、この国との関係が浅い」
「いいえ。パール様が海を守ってきたことは、存じています。そのように寂しいことは、おっしゃらないでくださいませ」
「……ふん。別によい、わらわは自分なりのやり方でこの国のためになることをしよう」
これからすべきことは、祈りの間を探すことだ。
しかしクレイル同様、パールもその存在を知らないという。
「ここは不思議な空間での。妖精王の陣地取りを行う宣誓の間は、王たちの領域に繋がっておる。王以外のものがそこへ行くためには、その王の指輪が必要じゃがの」
「そうだったんですか……」
「わらわが眠っている間、ほかに何か変わったことはあったかえ?」
「あ……」
「?」
パールの問いかけに、ティアラローズは俯く。
それは、国王が病に伏せって倒れているということだ。リリアージュが以前かかっていた病気で、まだ病状が回復していないことを伝える。
国王が倒れたことに関しては、国民などにもまだ告知はされていない。
ティアラローズの言葉を聞いて、パールはなるほどと頷いた。
「ああ、だからわらわを起こしたのか……」
「え?」
「なんじゃ、聞いておらぬのか。とはいえ、わらわもそれを実際目にしたことはないが……星空の王が即位する瞬間に咲く花があると言う。それが――ッ!?」
パールが説明していると、大地が大きな音を立てた。
「え、何が起きているの!?」
「どうやら、陣地取りの勝負が終盤のようじゃ」
「もう!? そうだ、急いで祈りの間にいかなければ」
水晶の通路を走り、パールとのやり取りで開始からすでに二時間半以上が経っていた。
ティアラローズが慌てて宮から出て、水晶の廊下に戻る。パールもそれについてくるが、道がわからずただただ代わり映えのない廊下を走るしかない。
早くしないと、制限時間がきてしまう。
息を切らし走って行くと、扉が視界に入る。今度こそ、祈りの間に続く扉であってくれと願いティアラローズはそのままの勢いで開けた。
「は、はぁ……ここが、祈りの間……って、アカリ様!?」
「ティアラ様! それに、パール様まで!!」
どうやらぐるっと一周回り、最初に転移した台座が置いてある部屋に戻ってきてしまったようだ。ティアラローズはがくりとうなだれ、もう間に合わないと打ちひしがれる。
アカリは正反対で、突然現れた海の妖精王パールにテンションを上げた。
ティアラローズの様子を見たアカリが、「どうしたんですか?」と首を傾げる。
「……祈りの間を見つけなきゃいけなかったのに、ここに戻ってきてしまったの」
「祈りの間……って、聖なる祈りの力で作る空間のことですか?」
「え? あ、そうだ、それだった……!?」
――どうして忘れてたんだろう。
祈りの間とは、ヒロインが使う空間系統の魔法だったのだ。これはティアラローズもゲーム中なんども使った魔法で、『ラピスラズリの指輪』のゲームではオーソドックスな魔法だったのに。
忘れていたなんて、大失態だ。
けれど、それを使えるのはゲームのヒロインだけだ。
つまり――アカリと、アイシラの二人ということになる。
――じゃあ、このイベントは元々悪役令嬢で魔法の使えない私ではクリア出来ないものだった?
ここにきて自分の無力を痛感するとは思わなかった。
悔しくなって拳を握りしめると、「早くせい」というパールの声が室内に響く。
「そのアカリという者が祈りの間を作れるのであろう? ならば早く作り、そこで祈ればいいじゃろうて」
「え、でも……」
自分で作ったものでなくていいのかという疑問が浮かぶ――が、すぐにアカリが魔法を使ってしまったので考えている暇がなくなってしまった。
アカリが作り上げた祈りの間の空間は、とても空気が澄んでいるのだろう。呼吸がとても軽く、体も羽のようになった気分にさせられる。
作られた祈りの間の空間は、ちょうど台座の部分に位置する。
ティアラローズは宣誓したときと同じように、台座に手を着いて祈りを込める。
すべきは、森の妖精王の指輪、空の妖精王の指輪、海の妖精王の指輪を一つにすることだ。
ゆっくり、ティアラローズの魔力が三つの指輪を包み込んでいく。その力はとても熱く、おそらく本人であるティアラローズ以外が触れたら大火傷をしてしまうだろう。
祈るように指輪を指から外し、手のひらに包み込む。その手を額に当て、指輪とマリンフォレストの平和を願い祈る。
指輪を魔力で包みながら祈り、五分は経過しただろうか。
ティアラローズの体から淡い光が発せられ、その手の中には一つの指輪があった。無事に、三つの指輪を一つにすることが出来たのだ。
残りの制限時間は、わずか一分だった。
ティアラローズの手の中から、ティアラローズの花が彫られたプラチナリングが現れた。妖精王たちの指輪が一つになったもので、星空の王の力をコントロールすることが出来る指輪だ。
ほとんどの魔力を使ったため消耗してしまったティアラローズだけれど、これでアクアスティードたちが巨大な星空の力をコントロール出来るならなんてことはない。
「綺麗ですね、指輪」
「アカリ様……ありがとうございます」
「ふん、おぬしにしてはまあまあの出来じゃな!」
「ありがとうございます、パール様」
三人で指輪が出来上がったことを喜び合っていると、大気が揺れ、アクアスティードたちが再びこの水晶の部屋に転移してきた。
妖精王の陣地取りが、終わったのだ。
「アクア様、フェレス殿下、キースにクレイル様も!」
「ティアラも無事でよかった」
こちらを見たアクアスティードは嬉しそうに微笑んでいるけれど、表情はどこかいつもより苦しげだ。増えた自分の陣地分だけ、星空の王の力が増えて多い魔力に慣れていないのだろう。
「それで、ティアラが何をしていたのか話し――」
「アクアスティード、それより先にやることがあるだろう?」
「フェレス殿下……そうでしたね」
何よりもティアラローズを優先しようとするアクアスティードに、フェレスが苦笑する。
フェレスは室内を見回し、パールの姿を見て「よかった」と告げた。
「あなたが海の妖精王ですね。私はフェレス。こうして会えたことを、嬉しく思います」
「わらわは三代目の海の妖精王、パールじゃ。初代国王にお会い出来たこと、光栄に思う」
初対面だった二人が挨拶を交わしたところで、床に描かれていた魔法陣が淡く光った。これは、アクアスティードたちが陣地取りで得た祝福の光だ。
その光は台座に集まり、一つの冠へとその姿を変えた。
水晶で作られた冠は、草木の装飾が台座を象り、珊瑚がアクセントのデザインになっている。上部になるほど透明度が高くなる作りは、まるで空のようだ。
「これは、星空の王の冠だ。さあ、ティアラローズ」
「……はい」
妖精王の陣地取りの開始を宣誓したティアラローズが、勝者にこの冠を与える役目を持つ。
勝敗の行方を聞いてはいないけれど、誰が勝つかなんて最初から信じているのだ。この国を愛し、王になると誓った男が勝利しないはずがないのだ。
ティアラローズが冠をその手に取ると、キースやクレイルが動いて道を空ける。
その中心に立っていたのは、アクアスティードだ。
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