第58話 王城の地下通路
ふいに、この続編ゲームはどのようにして終わるのだろうか ――という疑問がティアラローズの中に浮かんだ。
とはいえ、乙女ゲームはエンディングルートが複数用意されている。ラピスラズリの指輪はエンディングルートが多く、同一キャラクターでも三ルートはあるはずだ。
――アカリ様に聞いてみようかしら。
「フィリーネにお茶会のセッティングをしてもらおう」
読んでいた本を閉じて、ティアラローズはテーブルに置いてあったベルを鳴らしてフィリーネを呼ぶ。
アカリが主催したお茶会からはすでに数日経っているが、記憶はまだ戻っていない。それに少し焦りを感じるけれど、アクアスティードはゆっくりで大丈夫だよと言ってくれる。
――甘えてばかりね、わたくし。
物理的な方法だけれど、転んで頭を打ったりしたら記憶が戻るかもしれない! そう思い実行しようとしてみたが、アクアスティードに全力で止められた。
あとは、アクアスティードとよく行った場所に足を運んでみたり、同じシチュエーションで話をしてみたり。どれもただただ幸せなだけで、記憶は蘇らなかった。
◇ ◇ ◇
「そりゃあもちろん、アクア様ルートのエンディングといったらあれしかないわ!」
「ええ、ええ! あれは何度見ても感動ですわ!」
「そ、そうなんですね……」
アカリをお茶会に誘ったところ、興奮気味のオリヴィアがついてきた。
人払いを済ませたあとにエンディングのことを切り出すと、二人のテンションがぐんぐんと上昇していく。それほどまでにすごいのかと思いつつ、プレイ出来なかったことが悔やまれる。
「……オリヴィア様も、前世はわたくしと同じ日本人だったんですね」
「そうなんです。お恥ずかしながら……」
転生し、生まれたときから日本人としての記憶があったのだと教えてくれた。
ゲームエンディング間近に記憶が蘇った自分としては羨ましい限りだが、それはそれで大変なことも多かっただろうなとティアラローズは思う。
「ただ、上手く悪役令嬢を演じることが出来なくて。アイシラ様にはもっと酷くあたらなければいけないのに、そういったことは苦手で……」
「わざと、アイシラ様にあのような態度を?」
ティアラローズとは違い、自分の役目をこなさなければ! と、オリヴィアは考えているようだった。頷いてから、「演技は難しいです」と苦笑する。
「オリヴィア様は、傍観者タイプね。私はプレイしたいから、ぐいぐい行くけれど」
「そうですね。キャラクターである殿下たちとわたくしが交流なんて、恐れ多いです。遠くから眺めているくらいの距離感が、わたくしには合っています」
本来はアクアスティードの婚約者なのだが、大好きなキャラクターである彼の近くにずっといたら昇天してしまいそうだったから辞退したらしい。
なんというか、変わった令嬢だとティアラローズは思う。
そして、話題はエンディングへと戻る。
「とはいっても、すでに正規ルートからは外れてるのよね」
「そうですね……。正規ルートは三人の妖精王が封印していた怪物を、妖精王たちと協力して倒す……というものですから」
「……パール様が眠ってらっしゃいますから、確かに協力して倒すことは出来ませんね」
もともとヒロインであるアイシラが結婚出来なかった時点でアクアスティードルートも何もないのだが、そこには誰も触れようとはしない。
「ちなみに、その怪物はどこに封印されているんですか?」
「ここよ」
「このお城の地下ですね」
「ええぇっ!?」
けろりと言い放つ二人に、ティアラローズは目が飛び出るのではというほど驚いた。
まさか自分が暮らしているところの地下に、そんな場所があるとは思ってもみない。そしてすぐに、アクアスティードや国王は知っているのだろうかという疑問が浮かぶ。
「本当は、ヒロイン……アイシラ様がすべての妖精王から祝福され、指輪を手に入れてから発生するイベントなんですよね」
「でも、アイシラ様はどの妖精王からも祝福されていませんわね」
「それどころか、アクア様が空の指輪をつけてるっていうイレギュラーよ!」
それはそれでおいしい展開かもしれないけれどと、アカリが息巻く。
プレイしていないエピソードを見られるかもしれないこの機会を、アカリが逃すとは思えなかった。目を輝かせながら楽しみだと主張する彼女を止めることは、かなり難しいだろう。
そして同時に、オリヴィアも期待の眼差しをこちらへ向けてくる。
悪役令嬢を演じる彼女は、積極的にかかわってはこないと踏んだけれど――やはり未エピソードは気になるのだろうか。
が、実際はそうではなかった。
「ティアラローズ様、アカリ様。わたくし、どうしても……ここの地下にある〝封印されし王の間〟に行ってみたいのです!」
「そうね、それは私もぜひ見てみたいわ。というか、オリヴィア様の趣味は聖地巡礼だものね。今度ぜひ、ラピスラズリにもいらして」
「ええ! ぜひ行かせてくださいませ!」
ヒートアップする二人にストップをかけて、さすがにそんな勝手は出来ませんと声をあげる。
「いいじゃない。ティアラ様だって、気になってるでしょう?」
「それは……。でも、もしその怪物の封印が解けてしまったらどうするんですか」
「んん、なんとかするしかないわ」
「なりません」
ヒロイン、指輪、妖精王、そのすべてを揃えて倒す怪物。
それを、この三人で倒せるだろうか? 無理に決まっている。
「でも、見るだけなら……妖精王の祝福が不要な場所で、わたくしが行っていない聖地はここの地下だけなのです」
「オリヴィア様……」
王城内や庭は、夜会のときなどに見て回ったのだと言う。
しかし、さすがに――王城の地下にまでは行けなかったと肩を落とす。何かあればアリアーデル公爵に迷惑がかかるため、ぐっとこらえたのだという。
それだけ聞くとひどく健気だけれど ――望んでいる事柄が大きすぎる。
さて、どうしようかとティアラローズが困ったところで澄んだ声が室内に響く。
「……面白い話をしてるね」
「クレイル様……っ!」
――そうだ、クレイル様の武器は情報。
人払いをしたからと油断していたけれど、空の妖精王に音に関わるものをシャットダウンできるわけがなかったのだ。
――どうすればいい。
相手はアクアスティードに祝福を贈っている、空の妖精王だ。
厳密に言うなれば、彼はアクアスティードの味方であって、ティアラローズの味方ではない。嫌な汗が背中を流れ、取り繕うための笑顔を作る。
ティアラローズがどうすればいいか考えていると、閃いた! といわんばかりに、顔を輝かせたアカリがパンと手を叩いた。
「クレイル様、一緒に地下へ行きましょう! 〝封印されし王の間〟に、行きたいんです」
「……あの場所を知っているとは、恐れ入るね」
何者だい? というクレイルの言葉を無視し、アカリが何かクレイルにそっと耳打ちをする。
――アカリ様?
いったい何を、そう思っているとクレイルが考える素振りを見せたあと――「いいよ」と、いともあっさり了承の返事をした。
「え、クレイル様……?」
「アカリの提案に乗ってあげる。ティアラローズは、王城の地下に行きたくはないの?」
「わたくしは……」
クレイルの問いかけを聞き、言葉に詰まる。
心臓がどきどきと加速していって、どうしようもない焦燥感に襲われた。
胸の前でぎゅっと手を握り、クレイルたちをじいっと見つめる。
「ティアラローズ?」
「……わたくしは、怖いんです。もし、アクア様のことを思い出して、今の記憶が消えてしまったら……って」
可能性の話にしかすぎないんですけど、そう付け加えて苦笑する。
ただ、記憶喪失になって、思い出すとき。記憶喪失になっている間の記憶が失われてしまうという話は前世のときからよく聞いた。
今回は特殊ケースだから大丈夫かもしれないけれど、なんの保証もない。
だから、今の状態でいろいろことを進めるということが――ひどく、恐ろしく感じてしまう。
「ティアラ様……そんなことを、考えていたんですね。親友なのに……不安に気付けなくて、ごめんなさい」
「いいえ、気にしないでくださいアカリ様」
――わたくしも、アカリ様のように強くあれたらよかった。
これがもし、自分のことだけだったらそうは思わないだろう。何ら気にせず、全力で記憶を取り戻すだろう。
でも。
今のアクアスティードのことを、忘れたくはないと……切に、願ってしまった。
「ティアラローズに涙は似合わないね」
「クレイル様……申し訳ありません、わたくし」
「黙って」
クレイルがハンカチを取り出し、ティアラローズの涙を拭う。
「まあ、ティアラローズが不安になるのも当然か。でも、そうだね……ティアラローズが今の記憶を忘れたくないのであれば、そういう風にすればいい」
「確かに、それがいいですね」
「……?」
クレイルとアカリがとんとん拍子に話を進めていき、ティアラローズはまったく内容についていけない。いったい何のことを言っているのかと首を傾げると、アカリが笑って「大丈夫です!」とだけ告げる。
とても不安に思ってしまうのは、いい笑顔だからだろうか……。
「クレイル様がいいと言えば、きっとアクア様も許可してくれるはず。なら、早速今から行きましょう!」
「え、今からですか……!?」
さすがにそれは、心の準備も何も出来ていない。
そもそも、もし怪物の封印が解かれてしまったらどうするのかなど、想定しなければならないことは山のようにあるはずだ。
頭が痛いと――ティアラローズはこめかみを押さえた。
◇ ◇ ◇
ぞわりとした感覚がアクアスティードを襲い、面倒事がくる……ということを察してしまった。
「アクアスティード様、どうしました?」
「招いていない来客だ」
「?」
執務室で書類の確認をしていると、ふいに部屋の空気が歪む。
ふわりと風にのってクレイルが転移してきた――まではいいが、続いてアカリまでが転移してきた。クレイルはいいが、アカリは厄介以外の何物でもない。
「クレイル様に、アカリ様……すぐに紅茶を用意しま――」
「それは必要ないわ! すぐに行くから」
「は、はい……」
エリオットがもてなしの準備をと動くが、それはアカリによって一蹴される。
ずいっとアクアスティードの前へ出て、もうすべてが決定しているのであろうことを話し始められて頭が痛くなりそうだ。
「……ということなんです」
「この王城の地下に、ね。許可するわけにはいかない」
――地下に何かあるなんていう話は、聞いたことがない。
国王である父も知らないだろうと、アクアスティードはため息をつく。そんな場所に、すぐ行きましょうはい行きましょうと言えるわけもない。
頑なに首を横に振るアクアスティードを見て、アカリはぷうっと頬を膨らませる。しかしその顔はすぐ真剣なものになり、違う情報をアクアスティードに伝える。
「……王の指輪を創る場所が、そこにあるとしてもですか?」
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