第51話 海の指輪

 こっそり出かけたことをアクアスティードに怒られ、大好きなスイーツを禁止にされてしまったティアラローズ。

 だがしかし、妖精王の隠しステージはどうしても気になってしまう。レヴィに教えてもらった隠し通路の奥に行き、何があるのか見てみたいと。


「でもアクア様に怒られてしまうし……でも行きたい、でも怒られて……うぅ、どうしよう」


 自室のソファにころんと寝転がるようにして、ため息をつく。フィリーネがいたら行儀が悪いと怒られてしまうけれど、今は幸い自室に一人。気にせず寝転がりながら、さてどうしようかと考える。

 そしてふと、頭がクリアになる。


「やっぱり行かないと駄目だ……!」


 ばっとソファから体を起こして、どうしてこんな肝心なことに気付かなかったのだろうとティアラローズはうなだれる。妖精王の隠しステージに行かなければならないことに、気付いたのだ。


 ――本来なら、アイシラ様が行くべき場所。


 しかし、ヒロインであるアイシラは妖精王の祝福を得ていない。つまり、本来行くべきはずのアイシラが行けないのだ。

 もしかしたら、この国の未来にとって大事な何かがあるかもしれない。なんせ、妖精王の隠しステージという一大イベントだ。


「もし、妖精王の隠しステージが必要なものだったら……アクア様も祝福があるから、行ってもらえばいい」


 自分が行くよりも、王太子であるアクアスティードが行くべきだとティアラローズは考える。ただ、問題はなぜティアラローズがそんな場所を知っているか……ということを説明しなければいけない点だろうか。

 とりあえず、そのときがきたら考えればいいと結論付けた。


「でも、問題はどうやってお城を抜け出して妖精王の隠しステージに行くか……よね」


 ティアラローズがこっそり抜け出してしまったため、さりげなく護衛が増やされたということは知っている。もちろん出かけたいと素直に告げれば許可は下りるだろうが、それではいけない。

 悪役令嬢であるティアラローズが、大々的に隠しステージをプレイするわけにはいかないのだから。

 もしそれで、本来あるべきゲームのシナリオがくるってしまっては申し訳ない。……もうすでに、かなりくるってしまってはいるけれど。


 ――それに、わたくし以外にゲームを知っている人間がいる。

 あの執事、レヴィは間違いなくこの乙女ゲームのことを知っているはずだ。あまり話をすることは出来なかったから、詳細はわからないままだけど。


「夜はアクア様がいるから、抜け出せない。かといって、昼間はフィリーネやタルモがいるし……」


 それに何より、妖精王の隠しステージに行き、どれくらいで帰ってこられる のかがわからない。アリバイを作ることも出来ないし 、詰んでいるんじゃないかと考える。

 さて、どうしたものかと考えていると窓をコンコンと叩く音がする。


「……?」


 いったいなんだと、自室の窓をじっと見る。外には見回りの騎士がいるはずだから、不審者がここにこられる はずがない。


 ――もしかして、アクア様?

 以前、まだ結婚をする前……ラピスラズリの自室の窓へやってきたアクアスティードのことを思い出す。そのときはベランダで話をして終わった。

 でも、今は別に忍んで来る理由がない。どうしたのだろうとカーテンを開けて様子を伺うと、そこには不機嫌そうなレヴィが立っていた。


「ひぃっ!」


 え、え、え、なんで続編悪役令嬢の執事がこんなところにいるの? 王太子であるアクアスティードの妃であるティアラローズの部屋の窓に、容易くたどり着けるはずがない。

 思わず声をあげると、レヴィは指を口元に持ってきて静かにと意思表示する。


「どうしてこんなところにいるんですか、レヴィ……」

「ちょっと王城の隠し通路を拝借して」

「え……」


 それって国家機密なんじゃと思いつつも、ゲームのことを知っているのであれば関連した内容なのかもしれないと思い問い詰めたいのを我慢する。

 何をしにきたのかと訝しんでいると、レヴィは「早く指輪を手に入れましょう」と言い放つ。


 ――レヴィは、指輪がほしいの?

 もしかしたら、仕える悪役令嬢……オリヴィアが欲しがっているのかもしれないけれど。ティアラローズが返事をせずにいると、レヴィは遠慮なくティアラローズの部屋へと入ってくる。


「ちょ、あなた……! 勝手に部屋へ入らないでちょうだい!」

「今はちょうど、午後の二時ですね」


 懐中時計を確認しながら、「いけそうですね」とレヴィが呟く。

 いったい何がいけそうなのかまったく聞きたくないティアラローズだが、ここでいういけそうとはそれしかないだろう。


 そう。

 王城を抜け出して、海の妖精王の隠しステージに行くということ。


 レヴィは部屋の壁を、白の手袋をはめた手でゆっくり何かを探すようにたどっている。ティアラローズはタルモを呼ぼうか迷いながらも、自分が知らないゲームのことを知っているレヴィを追い出すことは出来なかった。


 ――もしかして、この部屋に隠し通路があるの?

 王太子妃の部屋なのだから、聞いてはいないがあるだろうとティアラローズも思う。案の定、すぐにレヴィが「ここですね」と言ってくるりと壁を回転させた。


「……驚いた。こんな仕掛けが、ここにあったなんて」

「王族の避難経路です。ここから城を抜け出して、海の妖精王の指輪を手に入れましょう。でないと、私はそろそろオリヴィア欠乏症になってしまいそうです」


 レヴィがティアラローズに手を伸ばし、「早く行きますよ」と告げる。


「でも……」

「内鍵をかけておけばよろしいでしょう。何食わぬ顔で、戻って来てから寝てたと告げればいいのですよ」

「……わかったわ」


 どうしようかと悩みつつも、結局は妖精王の隠しステージに軍配が上がった。急いで帰ってくれば、今度こそばれはしないだろうと……隠し通路を使い王城を抜け出した。




 ◇ ◇ ◇


 海の妖精王パールの隠しステージに入れるのは、その祝福を受けているティアラローズだけ。 レヴィは入り口で待つと言い、ティアラローズは一人中へ入った。


「アイシラ様にお会いしなくてよかった……」


 アイシラの屋敷に面している場所なので、出逢う確率は高い。今回は王城を抜けたところにレヴィが馬車を用意していたため、それでここまできた。

 王城の地下通路を通ったのは初めてだったけれど、ティアラローズの予想以上に入り組んだ作りになっていて覚えるのは大変そうだな……というのが正直な感想だった。


 ――でも、アクア様に教えていただく前に知ってしまった。

 申し訳ないけれど、知れたことは素直に嬉しい。

 よかったのだろうかと思いつつ、まぁ何かあったときの備えにと思っておくほかない。


「……それにしても、ここは寒いのね」


 肩の出たドレスを着ているため、ひんやりとした空気がティアラローズの肌に触れる。

 初めて足を踏みいれた 妖精王の隠しステージは、海底洞窟のような作りになっていた。確かに、隠された海の道……と言われたら納得するものだろう。

 ひんやりして湿ってはいるけれど、その壁に生える珊瑚は淡い光を発していて明かりの代わりになっている。暗くなかったことに安堵しながらも、ゆっくり先へ進む。


 悪役令嬢である自分では、もしかしたら何も起きないかもしれない。

 ――まぁ、そのときは大人しく引き返そう。

 何がなんでも指輪がほしいというわけではないし、指輪がどういった効果を持っているのかということだってティアラローズは知らない。


「もしかしたら、アイシラ様が祝福を得て、来られるようになるかもしれないもの……」


 望みは限りなく薄いだろうと思いながら、ティアラローズは苦笑する。

 ただ、もしアカリが自分のポジションにいたのならば――アイシラのことなんて気にも留めず、妖精王の隠しステージを制覇するのだろう。


「そう考えたら、わたくしってかなり控えめかしら?」


 勝手に妖精王の隠しステージに来ている時点で、アクアスティードにしてみれば控えめどころかおてんば姫であるのだが、残念ながらここに突っ込み役は不在だ。

 自分はアカリに比べて控えめだと思い込んでしまえば、気持ちがだいぶ軽くなった。 さすがに、アクアスティードにおてんば姫だと思われたくはない。


「妖精の指輪って、どんなものかしら」


 ゲームタイトルに指輪とあるくらいだから、きっと綺麗だろうなと思いを馳せる。


 しばらく歩いていると、洞窟のようだった壁すべてが珊瑚へと姿を変えた。驚くのも束の間で、その珊瑚に護られているかのように扉が姿を現した。

 ここが妖精王の隠しステージだろうと、息を呑む。

 しんと、物音ひとつないこの空間に、悪役令嬢である自分が存在しているのはなんだか異質だと思う。けれど自分は隠しステージに入る資格を持っているのだからいいかと、その扉に手をかける。


 ひっそり佇む扉は、金色の装飾がされている荘厳なものだった。パールを象徴するように、魚が模られている扉で、ティアラローズの気持ちをより高ぶらせる。


「……パール様の、隠しステージ」


 こんな短期間でたどりつけるとは、思ってもみなかった。

 ゆっくり扉を開き――ティアラローズは、中へと足を踏み入れた。




 ◇ ◇ ◇


「あっちゃぁ……」


 アクアスティードが席を外している執務室で、エリオットは一人頭を抱えていた。

 優秀なこの側近は、諜報活動を得意とする。気を付けていたつもりではあったのだけれど、ティアラローズが自室からいなくなっていたことに――今、気付いた 。


「でも、城の中に気配がない? もしかして……また抜け出した?」


 アクアスティードに無断で抜け出したいほどの何かが、あの奥方にあるのだろうかとエリオットは首を傾げる。この国を、妖精のことを知りたいとしてもティアラローズは森の妖精に愛されている。

 別にこっそり抜け出さなくとも、毎日のように妖精たちは遊びに来るのに。


「それとも、ほかに何か秘密がある?」


 ティアラローズが何を考えているのか、わからない。

 王族のみ立ち入りが許された書庫などはあるけれど、ティアラローズはそこに入ったことはない。そうなると、別ルートからティアラローズが情報を得ている……ということになる。


「とりあえずアクアスティード様に報告、か」


 絶対に不機嫌になるということが分かり切っているが、教えないと不機嫌どころの話ではないだろう。馬を用意し、すぐにでも城から出られる ように準備を整える。

 もちろん、この後に予定していたアクアスティードのスケジュールはすべてキャンセルすることも忘れない。


 ああ、どうか無事でいてくださいとエリオットは行方をくらませたティアラローズに祈ることしか出来なかった。

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