第4章 隠された道と妖精の指輪

第46話 続編ゲームの隠しステージ

 乙女ゲーム『ラピスラズリの指輪』は支持が高く、様々なイベントはもちろんのことだが――いわゆる、隠しイベント・ステージと呼ばれるものも用意されていた。

 それは公式で発表をされているものとされていないものがあり、より女子をゲーム漬けにしていったのだ……。


「まさか、この続編ゲームにも隠しステージがあったなんて……」


 震える声で呟いたのは、隣国の王太子と結婚し、続編ゲームの舞台へ嫁いだラピスラズリの指輪の悪役令嬢。

 発した内容からわかる通り、彼女は前世でこのゲームをプレイしていた。ゲーム世界に転生することがあるのかと当初は驚いたが、今はとても幸せに暮らしている。


 彼女は、ティアラローズ・ラピス・マリンフォレスト。

 ラピスの名を祖国ラピスラズリから贈られ、森と海の妖精王に祝福を受けた悪役令嬢だ。



「んん……」

「っとと、いけない。大きい声を出したらアクア様が起きてしまう」


 時計の針が深夜を指しているこの時間、自分の夫であるアクアスティードは隣で眠っている。一日執務で疲れているのに、ティアラローズが起こしてしまっては申し訳ない。

 ティアラローズとアクアスティードの寝室は、互いの部屋から行き来が出来るようになっている。大きな天蓋のベッドに、整えられた室内。窓から見える月はとても綺麗だ。


 アクアスティードのダークブルーの髪を優しく撫でると、気持ちよさそうな柔らかい表情になる。金色の瞳は閉じられているけれど、今はゆっくり休んでほしい。


 という深夜の時間だというのに、ティアラローズが起きている理由は……というと、隠しステージの存在を知ってしまい興奮しているからだ。

 ラピスラズリの指輪のヒロインであるアカリは、日本人だった。乙女ゲームが大好きな人種で、今の舞台であるゲームもやり込んでいる強者だ。

 そんな彼女からきた手紙に、妖精王の祝福を受けた者だけが入れる隠しステージがあると書かれていた。その存在を知り、妖精王からの祝福を得ているティアラローズが行きたくないと思うだろうか? 否。


「わたくしだって、このゲームが大好きだもの。隠しステージに行けるのなら、行きたい……!」


 何か秘密のアイテムがあるのだろうか? それとも、イベントが発生するのだろうか? どちらだったとしても、楽しみなことに変わりはない。

 けれど、問題はある。

 前世のティアラローズは続編ゲームが発売する前に亡くなったので、情報がまったくと言っていいほどないのだ。続編もばっちりプレイしているアカリがたまに情報をくれるくらい。


 ――アカリ様は、自分でプレイして楽しんでっていうだろうし。


 つまり、ティアラローズは自力で情報を集めなければいけないのだ。


「でも、隠しステージの情報がそう簡単に手に入るとは思えない……。歴史を調べて、妖精たちにそれとなく聞くのがいい?」


 小声で呟きながら、どうしようか考える。

 本来であれば、隠しステージに行くべきなのは続編ゲームのヒロインである公爵令嬢――アイシラ・パールラントの役目だろう。

 それを前作の、しかも悪役令嬢が行くなんてゲームの開発者はきっと誰も考えていないだろう。なので、ティアラローズはあまり大事にせずこっそり隠しステージを堪能して帰ってくるつもりなのだ。

 本当は森の妖精王であるキースあたりに聞けるといいのだが、どうして隠しステージの存在を知っているのかと問われても上手く説明できる自信がない。


「うーん……とりあえず、図書館と妖精に聞いてみよ――きゃっ」


 一応の結論を付けたところで、ぐいっと腕を引っ張られた。いったい何事だと瞳を瞬かせると、綺麗な金色と視線が合う。


「ティアラ、何してるの」

「アクア様……ごめんなさい、起こしてしまって……」


 気を付けていたつもりだったが、アクアスティードは気配に敏感だ。空の妖精王と海の妖精王に祝福されし、続編ゲームのメイン攻略対象。

 ヒロインであるアイシラの想い人であったが、アクアスティードはティアラローズを選んだ。

 アクアスティード・マリンフォレスト。

 マリンフォレスト王国の王太子である彼は、日々忙しい毎日を過ごしながらも――とても、ティアラローズを愛し溺愛している。


「ああもう、体が冷たくなってる」


 アクアスティードは自身の体温を分け与えるように抱きしめて、ティアラローズその冷たさに顔をしかめる。頭を撫で、「眠れない?」と問いかける。


「……いえ。すみません、妖精のことを考えていました」

「うん?」

「妖精やその王は、わたくしたちとは違います。……どういった世界で生きているのだろうと、思ったのです」


 隠しステージを用意出来る世界がとても気になるのですとは言わずに、やんわりと伝える。すべて嘘のように誤魔化すと、アクアスティードにはきっとすぐばれてしまう。

 ティアラローズの言葉を聞き、アクアスティードは「なるほど」と頷いた。


「確かに、私たちは妖精が普段どのように過ごしているか知らないし、過度な干渉もしない……まぁ、ティアラという例外はあるが」

「わたくしは例外ですか……」

「そうだろう? 普通、妖精たちは祝福を贈ってもその相手の下にわざわざ遊びにくるようなことはしない」


 そんなことはないと反論しようとしたティアラローズだったが、アクアスティードの言葉を聞いてうっと言葉に詰まる。

 よくよく考えてみれば、妖精と妖精王がくるのはティアラローズの下だけだ。アクアスティードも空の妖精王クレイルに祝福されているが、空の妖精やクレイルが直接訪ねているのを見たことがない。


「確かに、わたくしのところにばかりきますね……」

「まったく、ティアラは自分のことには疎いな。心配で仕方ない」


 誰かに取られないか、不安になるとアクアスティードは抱きしめる腕に力を込める。そんなの自分も一緒ですと反論しながら、ティアラローズもぎゅっと抱きしめ返す。


「……あったかいですね」

「ああ」


 ゆっくり目を閉じると、深夜ということもあり眠気がティアラローズを襲う。そんな様子を見ながらアクアスティードは優しくあやすように背中を撫でていき、「寝ようか」とティアラローズの額にキスをする。

 頷いてしまえば、あとは心地よい体温とまどろみに身を任せるだけだ。


「おやすみなさい、アクア様……」

「おやすみ、ティアラ」




 ◇ ◇ ◇


 翌日になり、午前中に用事を済ませたティアラローズは図書館へと足を運んだ。調べるのは、妖精王の隠しステージに繋がる情報だ。


「ティアラローズ様は、相変わらず熱心ですね……」


 少しはお休みしてくださいと声をかけたのは、侍女のフィリーネだ。嫁ぐ前からティアラローズの侍女として仕えてくれている彼女は、しっかり者で頼りになる存在だ。

 ティアラローズに婚約破棄を突きつけた元婚約者のハルトナイツを未だに相当恨んでいるのは、ここだけの話にしておこう。


「妖精のことをもっと知りたいの」

「たしかに、わたくしたちの祖国には妖精がいませんでしたからね」


 妖精が住むのは、ここマリンフォレストだけだ。そのため、隣国に住んでいたティアラローズも妖精たちとは今まで接点が何もなかった。

 そのため、嫁いできたティアラローズは妖精たちの知識が少ない。


「ですがティアラローズ様……以前、かなり妖精の本や資料を読んでいましたよね? もう、読んでない本がないかもしれませんよ?」

「確かに、そうね……」


 本棚を見ると、どれも読んだことのある本ばかり。隠しステージの情報があれば気付かないわけがないので、きっと有益な情報はないだろうとため息をつく。


「いっそ、マリンフォレストの地図でも見てみようかしら」

「地図ですか?」


 妖精の本がどうして地図にと首を傾げながらも、フィリーネは地図の描かれた本を手に取ってティアラローズに差し出した。

 細かくマリンフォレストの建物や山などが記載されており見やすいが、隠しステージにつながるようなものはない。発行日を確認すると、つい最近の本だということがわかる。


 ――でも、妖精王の隠しステージには誰も行っていないと思うのよね。

 でなければ、ゲームの隠しステージにならない。ヒロインが一番に踏み込む場所だからこそ、隠されているのだ。


「そう考えると……最近のものより、古い地図の方がいいかもしれない」

「古い地図ですか……? ですが、ここにあるものは比較的新しいですね」


 目当てのものがなく、ティアラローズはがっくり肩を落とす。


「でも、古い地図が破棄されるということはないと思うのよね。国の歴史にも関わるでしょうし……そうだ、タルモなら知ってるかしら」


 少し離れたところで、ティアラローズの護衛をしている騎士のタルモ。元々はアクアスティードの側近だったが、ティアラローズが婚約者としてマリンフォレストに来たときから専属の護衛として付いている優秀な男だ。

 タルモに声をかけると、すぐに「ありますよ」と返事がくる。


「古い地図は、騎士団で管理しています」

「そうだったの」


 どうやら図書館とは管理が別だったらしく、いくら本棚を眺めても見つからないはずだと苦笑する。

 本当ならすぐに取りに行きたいが、騎士団は王太子の妃であるティアラローズが行くような場所でもない。かといって、護衛のタルモがこの場を外して取りに行くわけにもいかない。


「明日、お持ちします」

「本当? ありがとう、嬉しい!」

「ですが、古い地図にまで興味を示されるなんて珍しいです。特に、女性はあまり興味を持つ事柄ではありませんから」


 タルモの言葉を聞き、確かにとティアラローズは頷く。


「確かに、今のマリンフォレストもいいと思うの。けれど、古い地図だとより妖精のことがわかるのではないかと思って。どの辺りに森が多くて、自然が多かったのか。今は街になっていて妖精がいなくても、昔はそこにいたのかもしれない……そんなことが、知りたいと思ったの」

「そうでしたか」


 今はあまり妖精たちを見ることがないけれど、もっと自然の多かった昔は違ったかもしれないと思う。


 ――現代日本と比べたら、自然はかなり多いけどね。

 あくまでこの世界の今と昔というだけなので、どちらにせよ自然はとても大切にされている。魔法が主体の世界のため、空気も綺麗だ。


「ティアラローズ様、地図を明日見るのであれば……明日に予定したものを本日中に行ってしまいますか?」

「そうね、そうしましょう」


 優秀な侍女の言葉に頷いて、ティアラローズは図書館を後にした。

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