第34話 空からのお客様

 ティアラローズの朝は早い。

 基本的に毎日何かしらの予定が入っているため、髪を結い、ドレスを整えるのにもかなり時間をかけておこなっている。

 侍女のフィリーネが毎日準備をしてくれるけれど、いったいいつ休んでいるのだろうかと思ってしまうほど。


「フィリーネ。全然お休みを取っていないわよね? あまり無理をするのも良くないわ」

「まぁ……。お気遣いありがとうございます、ティアラローズ様。けれど、わたくしは大丈夫ですわ。ティアラローズ様のお世話をするのが好きなんです」

「…………」


 それもどうかと思うが、フィリーネはティアラローズの髪を整えながら楽しそうに微笑んだ。

 二人を微笑ましく見ながら、メイドが紅茶を用意する。朝は身体が冷えないように、暖かい飲み物が用意されるのだ。


 それを一口飲み、今日の予定はなんだっただろうかと思い返す。

 午前中に、貴族の令嬢を招いた小さなお茶会。午後からはフリーだ。予定が半日しかない日は久しぶりなので、午後はゆっくり過ごせそうだ。


「フィリーネ、お茶会のお土産は用意出来ている?」

「ええ。可愛らしい形のマフィンを用意していますから、皆様満足されると思います」

「ありがとう」


 伯爵家の令嬢三人を招いているので、帰りにはお菓子をお土産として渡すのだ。ティアラローズの作ったお菓子は、見た目も味も評判が良い。

 正直少しは休みたいところだが、ティアラローズはこの国に嫁いできてまだ日が浅い。この国になじむために、お茶会を頻繁に開いている。

 加えて、少しでも情報を得たいという思いもあった。


 この国で、純粋にティアラローズの力になってくれる貴族がどれくらいいるだろうか。

 アクアスティードの力になれるよう、少しずつ、ティアラローズなりに頑張って基礎を作ろうとしているのだ。

 もちろん、彼がすべてからティアラローズを守る予定ではあるけれど。




 ◇ ◇ ◇


「まぁ、ティアラローズ様は本当にお菓子作りが得意ですのね。素敵ですわ」

「わたくしも、今度挑戦してみようかしら」

「ええ、ぜひ。お菓子は作る過程も楽しいですから」


 きゃぁきゃぁと、花のような声で話をしてるのは、ティアラローズを含む女性四人。話題は女性らしく、お菓子や流行のドレスについて。

 政治についてはそれほど感心がないのか、令嬢たちの口からは話題にあがらない。


 ――なら、妖精の祝福はどうかしら。

 お菓子を盗んだ犯人が、海の妖精だったのだ。妖精たちの情報も、可能な限り欲しいところ。例え常識的な内容だったとしても、隣国から嫁いできたティアラローズが知りえていないものがあるかもしれない。


「皆様は、やはり幼い頃から妖精とともにいるのですか?」


 ティアラローズが三人の令嬢に問いかけると、皆がこくりと頷いた。


「そうですわ。妖精の祝福は、子供のうちにいただくことが多いです。ですから、子供時代は外で遊ぶということがとても多いのです」

「妖精がいるのは外ですものね。健康的ですし、素敵ですわ」


 なるほどと頷く。

 ティアラローズのように国外からという場合を除くと、子供の頃に祝福をもらう人が多いようだ。


「それに、子供の方が祝福を受けやすいのです。……大人と違い、純粋ですから」


 困ったように、口元を扇で隠しながら令嬢が言う。

 確かに打算にまみれた大人よりも、純粋で可愛い子供を祝福したいというのはよくわかる。大人になってからでは、祝福される確率がぐっと減る。


 ――なら、森の妖精に祝福された私はラッキーだったのね。

 令嬢たちに確認をすると、二人が海の妖精の祝福を。もう一人は空の妖精から祝福を受けていた。


「普段は、妖精たちと何か話したりするのですか……?」

「まぁ、いいえ。ティアラローズ様、そう頻繁に妖精とお話しが出来るものではないのです」

「そうなのですか?」


 ティアラローズのもとには、頻繁に森の妖精が遊びにくる。そのため、彼女と妖精の距離はとても近い。


 ーーでも、確かにフィリーネはあまり妖精と話をしていないわね。

 フィリーネは海の妖精に祝福をされている。けれど、海の妖精と話をしているところは見たことがないし、今回の犯人が海の妖精だったということも知らなかった。


「ティアラローズ様は、森の妖精王に祝福をされていらっしゃいます。それは、とても特別なことなんですよ」

「……そうよね。他国から嫁いだわたくしに祝福をくださったのだもの、大切にしないといけないわね」


 ふわりと微笑んで、ティアラローズは窓の外へ視線を向ける。

 きっと植木や花の近くに森の妖精がいるのだろう。かさりと葉をゆらし、笑い返してくれた。


 それから令嬢たちに妖精のことを聞き、いかに森の妖精王に祝福されることがすごいのかを聞かされてお茶会は終わった。


 令嬢たちを見送り、ティアラローズはその足で自分専用の小さな庭園へと向かう。

 午後の予定がないので、ゆっくり読書をしようと思ったのだ。

 読む本すべてが、この国マリンフォレストの歴史や資料なので、果たして休みと言っていいのか不思議ではあるけれど…。


 フィリーネの淹れた香りの良い紅茶を口に含み、本日読み進めるのは歴史書だ。

 乙女ゲームの世界だというのに、はるか昔までしっかりと歴史があるのは感慨深い。

 やはりこの世界は、ゲームであったとしてもちゃんとした現実なのだということがわかる。

 そのため、ティアラローズは歴史書を読むのが好きだった。

 ゲームに囚われず、きちんと自分の足で生きていると思えるから。


「……へぇ、そんな時代があったんだ」

「あら、面白いことでも書いてあったかしら?」

「ええ。お菓子の大会があってーーえ?」


 ティアラローズ専用の庭園であるここに、第三者の声。

 フィリーネは席を外しているとはいえ、護衛のタルモはいるはずだ。

 ティアラローズは声の主を確認する前に、その視線をタルモへと移す。


 ーーちゃんと護衛をしてくれている。

 しかしその顔は驚愕に目を見開いていた。


 改めて声の主を見たティアラローズは、その美しさに息を飲んだ。

 腰まで伸びる、青色のストレートロング。瞳は金色に輝いて、まるですべてを見通す王のようだ。

 にこりと微笑んだ美女は、ティアラローズの向かいの椅子に腰を落ち着けた。


「ええと、あなたは……?」

「挨拶がまだだったわね、ごめんなさい。私はクレイル、空の妖精王よ」

「っ‼︎」


 ーー妖精王!

 まさか、森の妖精王であるキースだけではなく空の妖精王にも会える日がくるなんて。

 タルモが驚いているのも頷ける。


 どきどきしながらも、ティアラローズは立ち上がって最上級の礼をした。


「あら、そんなに硬くならなくていいのよ」


 堅苦しい雰囲気が好きではないのか、空の妖精王クレイルはにこりと微笑む。

 そしてその視線は、用意されていたティアラローズお手製のお菓子へと移る。


「よろしければ、召し上がりますか?」

「ありがとう、嬉しい!」

「ーー紅茶もご用意できましたから」


 事態を察知したフィリーネが、クレイルの紅茶を持ってきてセッティングをしてくれる。

 なんて出来た侍女だろうと、ティアラローズは純粋に嬉しく思う。


 クレイルがミルクを入れたのを見て、ティアラローズはお菓子の説明をする。


「これは、わたくしが焼いたチーズタルトです。数種類のチーズを合わせて使っているので、そのまま食べるチーズとは違った味わいが楽しめると思います」

「美味しそう。チーズは大好きなの。……うん、やっぱり美味しいわ!」


 ティアラローズが用意していたお菓子は、チーズタルト。

 大きいものではなく、一口サイズ大に作られた可愛らしいものだ。

 さくりとした生地は、キースも大変気に入っている一品だ。


 クレイルが二口にわけ、上品にチーズタルトを食べる。

 自分の作るお菓子を食べてもらえるのは嬉しいと思いつつ、なぜこの場に彼女がやってきたのだろうと考える。

 首を傾げていると、ふいにクレイルと目があった。


「ふふ、アクアスティードのお姫様を見にきたのよ」

「……!」


 ーーまさか、アクア様関連!

 それを聞くと、とたん自分が審査をされている感覚に陥り緊張感が走る。

 空の妖精王から相応しくないという烙印を押されたら、いったいどうなってしまうのか。


 ふるりと、ティアラローズの体が震える。

 どきどきする心臓の音がとてもうるさかった。

 けれど、そんな心配もクレイルによって払われる。


「大丈夫よ。別にとって食ったりしないもの」

「あ……。すみません、わたくしったら」

「いいのよ。突然きた私がいけないんだもの。でも、アクアスティードのお姫様がいい子で良かったわ」


 二つ目のチーズタルトに手を伸ばして、クレイルは少しお話がしたかっただけだと言う。

 それならばと、ティアラローズも肩の力を抜いた。


「このお菓子、ティアラローズの魔力が宿っているのね。不思議だけど、心地良い」

「お恥ずかしい話ですが、わたくしは魔法が得意ではなくて……。唯一うまく出来るのが、自分が作るお菓子にほんの少し魔法を入れることです」


 通常、お菓子にそのようなことをする人はいない。いや、出来る人がいないと言った方がいいだろう。

 スイーツ愛に溢れるティアラローズだからこそ、成せる技と言ってもいい。


 なので、自分が作るお菓子をよく食べているティアラローズは健康そのものだ。

 小さな怪我などは、すぐに自然治癒をする。かなり便利だが、心配をかけてしまうのでとてもではないがフィリーネに伝えたりはしない。

 間違いなく、そんなことは関係なく怪我をするなと怒られてしまうはずだ。


「妖精は、別に何か食べなきゃいけないっていうのがないのよ。だから、こんな美味しいものを作れることが羨ましいわ」

「クレイル様……」


 少し寂しそうに笑う姿が、ティアラローズの瞳に儚げに写る。

 そして同時に、もっとたくさんのスイーツを知ってほしいという思いが湧き上がってくる。

 こんなに幸せになれる食べ物なのだから、もっともっと広まればいいのにと。


「わたくしでよければ、いつでも力になります! 美味しいお菓子も、クレイル様のためにご用意いたしますわ」

「ティアラローズ、優しいのね。……なら、甘えさせてもらおうかしら」


 嬉しそうに笑うクレイルは、女の子の友達も欲しかったのよと、恥ずかしそうに言う。

 それを言うならば、ティアラローズだって同性の友達は欲しい。

 けれど、ティアラローズの王太子妃という身分がその邪魔をするのだ。

 お茶会に招く令嬢たちは、決してティアラローズのことを友達だとは思わないだろう。


 そう考えるのであれば、ティアラローズとクレイルも身分差はあるけれどーーどちらの気持ちも理解出来るので、クレイルの言葉に甘えることにした。


 突発的に行われたティアラローズとクレイルのお茶会は、とても穏やかな楽しい女子会になった。

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