第27話 玉座に頂く王の名は:後編

 玉座の間に飛び込み、真っ先にアクアスティードの視界を埋めたのは淡いハニーピンク。

 ふわふわと揺れる綺麗な髪は、自分の青に染めたくなると――いつもそう思っていた。そして次に視界に入るのは、それを捕らえて離さない妖精王。


「……ティアラを離せ、妖精王」

「嫌だ――と、言ったら?」

「もちろん、力づくでも取り返させてもらう」


 2人のやりとりに体を震わせるのは、ティアラローズだ。

 キースの膝から抜け出したいのに、腰を押さえられていて下りることが叶わない。自分のせいで人間の王と妖精の王が争うなど、あってはならないことなのに。

 か細い声で「おやめください」と口にするが、2人の耳には届かない。


 ティアラローズが止めてと言ったとしても、すでにアクアスティードは引くことが出来ない。自分の愛する女性を攫われ、その膝に乗せられているのだ。

 馬鹿にするのも大概にしろと、怒鳴りつけたい衝動に駆られる。


「例え妖精の王といえど、ティアラに手を出すのは許さない」

「ふん。お前は、ほかに女などいくらでもいるだろう? それなのに、ティアラを返せとは笑わせる」

「何を――私が必要とするのは、ティアラだけだ」


 くつくつと笑い、余裕の表情でアクアスティードを見るキース。「ティアラはずっと不安だったはずだが」と、その髪に口づける。


「妖精王……っ!」


 ギリッと唇を噛み締め、切り掛かりにいきたいが――ティアラローズがいるため、それも容易に行えない。


 ティアラローズの髪も、瞳も、唇も、すべて、ずっとアクアスティードが恋いこがれたものだ。やっとやっと、ハルトナイツから奪うことが出来たのだ。

 まさかここで、妖精王というさらなる強者に狙われるなど。しかし、アクアスティードはキースに奪わせるつもりなど毛頭ない。

 それが例え国を大災害に導く可能性があるとしても、迷わずティアラローズを選ぶだろう。


「キース! 離してください!」

「……女が、男の戦いに口をはさむもんじゃない――だろう?」


 ティアラローズが声をあげるが、キースは聞く耳を持たない。

 それどころか、アクアスティードに告げるように、同意しろと言わんばかりに視線で問う。


 ――ティアラが欲しいのなら、奪い返してみればいい!

 玉座からすっと立ち上がり、キースはふわりと風を舞ってアクアスティードの前へと降り立つ。玉座に残されたティアラローズは、どうしたらいいのかわからずに2人を見ることしかできない。


 確かな情報があればよかったのに、と。

 アクアスティードと妖精王の対決なんて、絶対ゲームのイベント以外には考えられなかった。でなければ、このような国を巻き込む可能性のあることが起きるはずがない。

 ティアラローズはそう考えるのだが、アクアスティードはゲームのイベントなど知らず、関係なしに自分の意志で動いているのだ。


「妖精の王に、人間ごときが勝てると思っているのか?」

「例え厳しくとも、負けることは出来ない――!」


 シュッ、と。風を切るようにして、アクアスティードの剣がキースに向けられた。

 素早い閃光のような切っ先は、キースの喉をすれすれに宙を切る。「ほぉ……」と褒めるような声を上げて、キースは笑う。


「人間だというのに、なかなか良い剣をするな」

「弱い王が、この国を支えていけるわけがないだろう――!!」

「……ふむ。確かに、歴代の王も武術に長けていたな」


 二撃、三撃、四撃……と。次々に繰り出されるアクアスティードの剣。

 キースはそれを風のように軽々と躱していく。しかし次の瞬間、アクアスティードの重い一撃がキースの眼前へと迫る。


 ――キィン。


 アクアスティードの剣を受け止めたのは、キースの扇だった。

 いつも帯に挟み入れていたそれで、剣を受け止めた。まさか扇で受け止められるなんて、と。アクアスティードはそのまま剣を弾いて後ろに飛んだ。


「次はこっちも行くぞ!」


 キースが扇で風をあおぐと、疾風となりそれがアクアスティードへと襲いかかる。

 妖精王と言う名は伊達ではない。すぐに避けるが――風はアクアスティードの頬に小さな傷を作り、後ろの壁を突き破るほどの威力を見せた。


「……崖? そうか、ここは山の頂上付近か」

「ああ。一番高い山だ。この国のすべてを、ここから見渡すことが出来る」


 それではまるで、国を見守っているようだ。ティアラローズも、アクアスティードも、そんな風にキースの言葉をとらえる。

 もちろん、実際はわからない。森の妖精に祝福されるというのは、とても難しいことだからだ。


「落ちたら死ぬぜ?」

「ふん。落ちなければいいだけだ――水よ!」


 笑うキースを一蹴し、アクアスティードは自身の剣に水を纏わせる。

 魔法を剣に纏わすというのは、魔力の扱いに長けていなければ難しい。それだけで、アクアスティードが剣と魔法の両方を得意とすることが証明される。

 キースも納得したようで、「面白い」とアクアスティードを見据えた。


 ちらりと、取り戻すべきティアラローズの位置を再度確認する。玉座に座るという体勢のまま、はらはらとした目でアクアスティードとキースを見ている。

 この距離であれば、ティアラローズを攻撃に巻き込むことはないだろう。


 アクアスティードが剣を振るえば、纏った水が二重の刃となりキースへ向かう。

 さすがに躱すということが出来なくなったようで、それを扇で受け流す。アクアスティードは、その受け流すという一瞬の隙を見逃したりはしない。

 足に風を纏わらせ、ゼロ距離まで一気につめて剣を薙ぐ。


「……っ!!」


 あまりにも激しい攻防を目にして、ティアラローズはがたりと音を立てて玉座から立ち上がる。

 アクアスティードにも、キースにも、傷ついてなど欲しくはないのだ。2人ともに無事でいて欲しい。我がままかもしれないけれど、そう思う。

 アクアスティードの頬からしたり落ちた血が、ぽたりと床へ落ちる。浅い傷だけれども、大切な人が傷つくという姿を見たくはない。


「アクア様! キース! もうやめてくださいっ!!」


 少し距離をとり、次の攻撃を仕掛けようとタイミングを見ていた2人の間に――ティアラローズはその身を踊らせた。

 剣を振り上げていたアクアスティードと、扇から魔法を放とうとしていたキース。2人の悲鳴にならないような声が、玉座の間へと響く。


「……ッグ!」

「の、やろぉ……っ!」


 2人がとった行動は、ティアラローズを傷つけないというただ一点のみにすべてが注がれた。

 アクアスティードは自分の剣を止めるために、その刃先を自身の手で掴み勢いを弱める。キースは無理矢理魔法の軌道を反らして、その風は玉座の間を勢いよく吹き荒らす。


「……きゃあぁっ!」


 キースの魔法は直撃こそはしなかったが――吹き荒れる風が、ティアラローズの体を宙に飛ばす。

 戦っている2人の間に飛び込んだのはティアラローズだ。もちろん、無事ではすまないという覚悟だって、していたはずだ。

 しかしその恐怖は、そんな予想よりは遥かに大きいものだった。身を投げ出されたティアラローズの名を呼び、キースがその手を掴もうとするが、残念ながら宙をつかむ結果となる。


「ティアラ!!」

「……っ!」


 そして、誰もが予想をしたが、そうならないことを祈っていた結果が訪れる。

 吹き飛ばされたティアラローズの体は、ぽっかり大きく空いた穴から――地上へと投げ出されてしまったのだ。


「風よ――」

「ティアラ!」


 キースが風の魔法を使うよりも早く、アクアスティードはティアラローズを追い崖が見える穴へと身を投げる。風を使い、落下速度をあげてティアラローズの下へいき優しく包み込むように抱きしめた。


「あ、あくあ、さま……っ!?」

「――やっと。やっと、抱きしめることが出来た」


 空に投げ出され、落下しているというのに。

 アクアスティードはティアラローズをその手に抱きしめることがいっそう嬉しかった。もう離さないと言わんばかりに、強く抱きしめる。


「アクア様……っ」

「不安にさせてしまっていたね。私に力がないばかりに、すまない」

「いいえ。いいえ――そんなこと。アクア様は、毎日わたくしのために時間を作ってくださいましたもの。アイシラ様に嫉妬をするわたくしがいけないのですわ」


 ふるふると首を振って、アクアスティードのせいではないとティアラローズが告げる。


「……嫉妬を、してくれていたの?」


 ティアラローズの耳元で、アクアスティードが囁くように言う。

 しまった! と、ティアラローズが思ったときにはすでに遅い。嬉しそうなアクアスティードは、そのまま耳へ口づけて、髪へ、頬へと唇をすべらせる。

 それに慌てるのは、ティアラローズだ。


 ――こ、この状況でっ!


 現在、ティアラローズはアクアスティードに抱きしめられながら空中を落下しているのだ。

 このままでは、地面に叩き付けられて死ぬという運命が待ち受けている。それなのに、なぜアクアスティードはこんなにも余裕なのだろうか。

 もちろん、ティアラローズをその手にすることが出来たからではあるのだが。


「ごめん。ティアラにそう思ってもらえたことが、不謹慎だけど嬉しい」

「アクア様……」


 ちゅっと、今度は唇に口づけされる。

 優しくついばむようなそれはくすぐったくて、ティアラローズの口からは甘い声がもれる。


 ――もっと可愛い声を聞きたいけれど、それはまた今夜か。

 そろそろどうにかしないと、本当に地上へ打ち付けられて死んでしまう。


「ティアラ、しっかり私に掴まっていて」

「は、はいっ!」


 自分の胸に抱き寄せて、アクアスティードはすっと目を細めた。

 ティアラローズは、言われた通りにぎゅっとアクアスティードに抱きつく。

 こんな状況下だというのに、不思議と恐怖は消えていた。

 アクアスティードならば、絶対に守ってくれるという安心感がティアラローズにはあった。


「空の妖精よ、私の声に応えろ」

『まったく、無茶ばかりする。妖精王に立ち向かうなどと……』


 アクアスティードの澄んだ声に応えたのは、翼をその背に持った空の妖精だ。

 あきれた声は、しかしアクアスティードを心配してのものだ。

 空に祝福されているアクアスティードは、この空という領域が自分のテリトリーだ。


 空であれば、キースにも負けないだろうと自負しているほどに。


「空よ、翼となって受け止めろ」

「きゃぁ……っ!」


 アクアスティードが声に魔力を乗せ、空の魔法を使う。

 ふわりと風が揺れて、ティアラローズとアクアスティードの体は鳥のように空を駆ける。

 思わず「すごい」と、ティアラローズが声を漏らす。

 この国を、こんなに上空から見たのは自分たちだけではないだろうか。そう思ってしまうほど、上空から見たこの国は美しい。


 ――この美しい国を守るために、アクア様は頑張っているのだわ。

 アイシラへの嫉妬など、とてもちっぽけだと思えてしまう。


 この国を、アクアスティードとともに支えたい。

 自然にそう思ったら、とめどなく涙が溢れた。


「ティアラ?」

「……いいえ。わたくし、とても小さなことで悩んでいたように思います。けれど、これからは――アクア様と、もっと一緒に頑張れそうです」


 はにかむように微笑んで、今度はティアラローズがそっとアクアスティードへ口づけた。

 一瞬で離れたそれを少し寂しく思うけれど、今はこれで充分だった――……。




 ◇ ◇ ◇


「もう、今回のようなことはおやめくださいませ!」


 ぷん! と、ティアラローズが頬を膨らませてアクアスティードとキースへ怒りをあらわにする。

 2人ともが素直に謝ったので最終的には許したのだが、ティアラローズのお説教は1時間にも及んだ。


「すまなかった、ティアラ。これからは今以上に、一緒にいよう」

「仕方ねぇから、こまめに遊びに行ってやるよ」


 ――何か違う気がする!

 アクアスティードが時間を作ってくれるのは嬉しいけれど、あきらかにキースはふざけているだろう。


「ティアラは私との時間が忙しいので、妖精王と面会するという公務の時間は残念ながらとれそうにありませんね」

「言うようになったなぁ、お前。なら、夜にでも遊びにいくか」

「ならば、寝室を一緒にしておくだけです」


 火花を散らすように言い合う2人。

 冗談のような素振りなのに、ティアラローズはとても冗談だとは思えなかった。「やめてくださいませ!」と、何度目かの声をあげる。


「まぁいいか」


 キースがティアラローズの髪に触れようとすれば、アクアスティードがその手を払う。

 妖精王だからと、遠慮をする気はもうないようだ。


 そんな2人のやりとりを、ティアラローズは玉座に座りながら見る。


 ――仲良くなってくれたみたい。

 2人の王が手をとれば、この国はもっと豊かになるだろう。


 そんなティアラローズを見て声をあげたのは、森の妖精だ。


『ティアラ、王様みたいだね〜!』


 きゃらきゃらと笑いながら紡がれた言葉は、その場にあるすべての視線をティアラローズに向けさせた。

 玉座に座り、片側にアクアスティード。反対の片側には、キース。


 まるで2人の王を従えているかのようだ。


「ははっ! やっぱり、ティアラはいいな」


 ――人間と関わるのも、たまにはいいな。

 くつくつと笑い、キースはこの国の未来が少し楽しみだと思った。

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