悪役令嬢は隣国の王太子に溺愛される
ぷにちゃん
第1章 目覚めた記憶と王子の求婚
第1話 前世の記憶と乙女ゲーム
王立ラピスラズリ学園。
ここは12歳から16歳の王族、貴族、魔力を持った一部の平民が通う学び場だ。
学業と社交を学び、卒業後は1年間、それぞれが進む道の見習いとなる。騎士になるもの、侍女になるもの、それぞれが先輩に教えを請い一人前になるのだ。嫁ぐことが決まっている令嬢は、婚家へ1年間通い花嫁修業をする。
――現在は午後の授業中ではあったのだが、生徒の1人である少女が音を立てて椅子から立ち上がった。
彼女はティアラローズ・ラピス・クラメンティール。この国の侯爵家の娘であり、王太子の婚約者でもある。
何事かと生徒が注目をするが、ティアラローズは無言のまま息を荒くし、苦しそうに顔を歪めた。
「どうしたんだ、ティアラ」
「……うぅっ」
同じクラスであり、ティアラローズの婚約者であるハルトナイツが真っ先に立ち上がりティアラローズの下へと向かう。それに続くのは、心配そうにしている彼女と仲の良い令嬢だ。
しかし、ハルトナイツの呼びかけも虚しく、ティアラローズはその場でふらりと揺れる。
ハニーピンクのふわりとした髪が舞い、綺麗な瞳はきつく閉じられる。すぐさま上がった悲鳴は、どの令嬢のものだったか。
「やだ……。わたくし、悪役……っ」
誰にもわからない呟きを残して、ティアラローズは意識を手放した――……。
◇ ◇ ◇
『やった、新しいスチルだ! これでハルトナイツのルートは完全攻略ね!!』
うきうきした声で、少女が乙女ゲームをしている光景がティアラローズの脳内に浮かぶ。
そしてそのゲームの舞台はここ、〈ラピスラズリ王国〉だった。
思わず「え?」と、彼女は声を上げる。しかし、その疑問は一瞬にして解かれる。なぜなら、ティアラローズの脳内に大量の情報が入ってきたからだ。
――これは、私の前世の情報だ。
人気だった乙女ゲーム《ラピスラズリの指輪》の世界に転生したのだ。
中世を思わせる、魔法有りのファンタジー乙女ゲーム。
攻略対象者は、王子、義弟、騎士、魔術師、学園の治癒師。
瞬時にそう理解することが出来たティアラローズだが、すぐに自分の立場も理解した。
彼女はこのゲームでヒロインを邪魔する存在――……悪役令嬢だと。
この乙女ゲームのヒロインは、辺境伯爵の養女だ。強力な魔力を持っていた彼女は、平民から貴族の養女になり……王都にあるこの学園へ、編入生としてやってくる。
ヒロインが編入したのは、2年前。ティアラローズは前世の記憶を思い出したが、もちろんティアラローズとして生きている今生のこともしっかりと覚えている。
日付を計算して、ゲームのエンディングまでをカウントする。そしてすぐに、もう手遅れだということを知る。
何故ならば、今日はエンディングである卒業パーティーの前日だからだ。明日のパーティーで、ティアラローズは婚約者であるハルトナイツに婚約破棄を突きつけられるのだ。
ハルトナイツ・ラピスラズリ・ラクトムート。
この乙女ゲームのメイン攻略キャラであり、ラピスラズリ王国の第1王子だ。
ヒロインと結ばれるまでは、悪役令嬢であるティアラローズの婚約者である。
「…………最悪」
ゆっくりと目を開き、ぽつりと呟いたティアラローズの声は空中に消えるはずだった。けれど、その声に返答があった。
「起きたか。……まだ、寝ていて良い。今、馬車の手配をしている」
「え? ……ハルトナイツ様? わたくし、ええと」
「君が倒れるなんて、初めてだな。……俺がアカリにばかり構うから、気でも引こうと思ったのか?」
「…………」
ハルトナイツの言葉に声を上げそうになるのを、ティアラローズはぐっと飲み込み耐える。失礼なことを言われたように思うが、仮にもハルトナイツはこの国の王太子だ。
しっかりとヒロインに攻略されている彼がどういう行動にでるか、ティアラローズは不安だった。何か気に障ることを言えば、不敬だとでも言われてしまうのではないか。
「……いいえ。あまり体調が良くないようで、ご迷惑をおかけ致しました」
「一応、俺はティアラの婚約者だからな」
――
その言葉に、ティアラローズは俯く。仕方がない。なにせ、今のハルトナイツはヒロインであるアカリに夢中なのだから。
――まるで、日本人のような名前ね。
《ラピスラズリの指輪》は、プレイヤーが名前を入力する。そのため、ヒロインには公式設定の名前がないのだ。日本人向けのゲームだから、きっとその名前なのだとティアラローズは思うことにした。
「……明日は卒業パーティーだが、少し所用があってな。すまないが、入場のエスコートが出来そうにない」
まったく申し訳なさそうにせず、ハルトナイツがベッドへ寝たままのティアラローズへと伝える。
金髪の髪に、青い瞳。誰が見ても絶賛するその容姿だが、今は酷く冷たい目を見せている。何の返事もしないティアラローズを見て、しかしハルトナイツは何も言わない。
「…………承知いたしました。明日は、1人で会場へ向かいます」
しばらくした沈黙の後、口を開いたのはティアラローズだ。
婚約者にエスコートをされないパーティーが、どれほど屈辱的だろうか。
……しかし、彼女は知っているのだ。1人で入場したパーティー会場に、ハルトナイツとヒロインが待ち構えており、自分の断罪イベントを始めることを。
ゲームで何度もプレイしたのだ。どのような展開になるかも、もちろんティアラローズは把握している。
プレイルートは、ラピスラズリ王国の第1王子である王太子のハルトナイツ。
1番人気だった彼は、それはもう、ひたすらに……ヒロインを溺愛する。優しい笑顔で甘い台詞を囁き、エンディングの後は王族のみが使用出来る大聖堂で盛大に結婚式をする。
ヒロインと出会う以前は、ティアラローズが婚約者ポジションにいる。しかし、ティアラローズはハルトナイツを渡すまいと、きつい言葉をヒロインにぶつけるのだ。
それを断罪されるのが、明日の卒業パーティー。
――でも、いったいどう断罪する気なのかしら。
ティアラローズが転生した魂を持っていたからだろうか。記憶しているゲームほどには、酷いことをしていないように思えるのだ。
確かに、夜会の時は「婚約者でもない男性と、2回もダンスをするものではありません」と注意をした。
婚約者の居る男性にボディータッチをした際は「その方は婚約者がいるのですよ」と伝えた。
きつい口調になってしまったかもしれないが、それは常識であり、男性の婚約者であった令嬢は不安に顔を揺らしていたのだ。
ラピスを賜る侯爵家の令嬢であるティアラローズが、伯爵家の令嬢に注意をすることに、何の問題があるのだろうか。もちろん、これが逆の立場であったならば話は別である。
しかも、ティアラローズは“ラピス”の称号を得ている侯爵家だ。逆らえる者など、この国には数えるほどしかいないだろう。
ラピスの称号。王家のために多大なる功績を残した家は、家名にラピスラズリ王国の“ラピス”を加える名誉を持つ。
これは大変に誉れ高いことで、そうそう得られるものではない。そのため、王家の次に権力を持つのが“ラピス”を賜った貴族だ。
その次に、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵と続く。
「随分、素直に頷くのだな」
驚きに目を見開いたハルトナイツの顔が、ティアラローズの視界に入る。
ティアラローズは、今まで婚約者としてしっかりと振舞ってきた。きついところがあったことは認める彼女だが、その分、小さな頃から王妃となるための教育をされてきたのだ。
身分の低い者に、軽く見られることはあってはならない。また、王太子であるハルトナイツが軽はずみの行動を取ることもあってはならないのだ。
ティアラローズは完璧に社交をこなし、ハルトナイツの行動をしっかりと見なければならない。そうでなければ、ハルトナイツは「社会勉強だ」と、街へお忍びで出かけるようなこともある。
ゲーム内では悪役令嬢とされたティアラローズ。しかし、その辛辣な言葉の中には、王太子であるハルトナイツへの愛情がしっかりと込められていたのだ。
そのことに気付けたのは、転生し、彼女自身がティアラローズとなったから。
――でも、それはちゃんとハルトナイツ様に伝わっていないようだけどね……。
「ハルトナイツ様にわがままを言い、困らせるわけにはまいりませんから」
「いつもならば、婚約者を伴わないなど非常識だと言うであろう?」
「…………」
――何を、当たり前のことを言っているのだろうか。この王子は。
それが分かっているのに、それでも1人で入場をしろというのか。ありえない。ティアラローズはハルトナイツの言動にあきれてしまう。
今までであれば、もちろん注意をした。婚約者として、王太子として、決して恥ずかしい行いをしてはいけないと。
けれど、今は違う。前世の記憶を取り戻したティアラローズは、すでにあきらめてしまっているのだ。
明日のエンディングを迎えるのは、決定事項だ。そして、ハルトナイツの態度を見てもティアラローズを重要視していないことがわかる。
今、ハルトナイツに彼女の声が届くことはないだろう。
「まぁ、いい。こちらとしても納得をしてくれた方が助かるからな」
「はい」
「では、俺は戻る。この後、外せない約束があるからな」
「倒れたわたくしをお気遣いいただき、ありがとうございます」
医務室の扉を外に控えていた従者が開く。ハルトナイツはそのまま出て行き、室内にはティアラローズ1人が残された。
「……わざわざ、人払いをしたのね。そうよね、そうでなければ、わたくしに嫌味のひとつも言えないものね」
しんとした室内で、ティアラローズの声はよく響く。ため息をひとつついて、これからどうしようと頭を悩ませる。
いっそ、明日の卒業パーティーを欠席してしまおうか? そんな考えが脳裏をよぎるが、すぐに打ち消す。ラピスを賜る侯爵家の娘が出席しないのは、外聞がよろしくない。
両親に迷惑をかけるのだけは、嫌なのだ。
「断罪された悪役令嬢は、どうなるのだったか。……そうだ、確か国外追放だった!」
ゲーム内では、断罪後のティアラローズに関する詳細な記述はない。だが、エンディングロールで国外追放をされたという一文があったことを思い出す。
死刑などにされるのではなくて良かった。そう安堵して、それならば開き直って国外で生活をするのも楽しいかもしれないと考える。
侯爵令嬢とはいえ、王太子に婚約破棄をされれば……幸せな結婚を望むのはなかなかに厳しい。ラピスの称号や、権力に群がってくる男は大量にいるだろうが、そんなのはお断りだ。
「国外で、恋をして、平民として暮らす……。うん、それも幸せかもしれない」
ぽつりともらしたティアラローズの言葉は、今までハルトナイツと話していた硬い口調ではなく、とても柔らかいものだった。
――それに、あんな王子と結婚をしたら……絶対将来は苦労の連続に違いない。
ティアラローズはもうひとつため息をつく。
「明日は、いったいどうなるのかしら……」
胸のうちに不安はあるが、展開はわかる。
おとなしく婚約破棄を受け入れて、そっとパーティー会場から退場をしよう。そう決意し、ティアラローズは準備された馬車を待って家へと帰った。
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