第76話 水曜日の決意
水曜日。オリビアは朝食後すぐに自室に戻り、呼んでおいたセオが来るのを待っていた。
「オリビア様、そろそろお茶を用意いたしますね」
「ありがとう、リタ。お願いね」
「リタ、ついでにお菓子かなんか厨房でもらって来てくれねえ?」
ソファでくつろぐジョージが片手を上げ、リタに笑顔を向けていた。それに対し彼女はチッと舌打ちをして睨みつける。やっぱり恐い。オリビアはまた始まったかと二人のやりとりを呆れ顔で眺めていた。
「欲しいならお前が厨房に出向け。私はお前の小間使いじゃないぞ」
「どうせ行くならついでじゃん。ケチだな、リタさんはさ〜」
「うるさいぞ! クソジョージ!」
リタが拳を握った。止めないととオリビアが口を開いたとき、ドアをノックする音が聞こえた。リタとジョージもその音に反応して休戦したので、オリビアは「どうぞ」とドアに向かって声がけする。
「失礼いたします。お待たせいたしました」
「セオ。いいえ、ちょうどよかったわ。仕事もあるのに朝から呼び出してごめんなさいね」
ドアの向こうにはセオがいた。彼はいつも通り執事の制服をきちんと着こなし、爽やかな笑顔で主人に挨拶をした。その後ろにはティーセットが乗ったワゴン。オリビアはだらしない格好でくつろぐ護衛や、拳を構え眉間にしわを寄せる物騒な面持ちの侍女と見比べ、心の中でうなだれた。
「昨日のうちに今週の仕事はほぼ済ませてあります。オリビア様がクリスタルにいる間は、なるべくお側にいますので、何かあればすぐにおっしゃってください」
「セオ、あなたのように真面目で穏やかで働き者の部下をもって、私は幸せだわ」
オリビアは目を輝かせセオを褒め称えてから、横目でジョージとリタを見やった。彼らも主人が言いたいことを察したのか、ジョージは背筋を伸ばし、リタは拳を後ろ手に隠した。セオがワゴンを押して入室する。
「身に余るお言葉、光栄です。お茶と、実家で試作品として作った焼き菓子をお持ちしました。みなさんよかったら味見してください」
「ありがとう、セオ。いただくわ」
「オリビア様、私がお茶を淹れますね」
「ありがとう、セオは座ってちょうだい」
リタが慌ててお茶を淹れる準備を始める。セオがジョージの隣に座り、向かいに座るオリビアに一枚の紙を差し出した。
「解析魔法が使える者に、先日の事件で少女が持っていた生地を調べさせました。こちらに結果が書かれています」
「ありがとう。早かったわね」
解析結果の紙を受け取り内容を目で追う。予想していた通りの内容に、オリビアは眉を寄せた。
「解析の結果、生地は素材がハイランドシープ、染料はマルズワルト製黒色染料と判明。なおこれは以前解析した黒色の生地片と同様である……やっぱりね」
「では、これはセオ達騎士団を襲った連中のものと一致したということですね!」
「なるほどね〜。これでやつらとペリドット、ラピスラズリが繋がったわけだ」
リタとジョージの言葉に、オリビアは頷いて話を続けた。
「ええ。ただこれだけじゃ逃げられる可能性が高い。ペリドットと黒ローブの連中は、領地にいたという繋がりしかないし、ペリドットが知らないと言ったらおしまいね」
「まだ追い詰められないなんて、悔しいです」
リタが唇を尖らせる。ジョージも険しい表情で頭を掻き、苛立っているようだった。
「もっと、決定的な証拠が必要ってことっすね」
「そう。例えばペリドットと黒ローブ、ラピスラズリが結託して集会を開いているとか、あり得ないとは思うけど彼らが自白するとかね」
オリビアは三人の従者と目を合わせ、一緒に大きく息を吐き出した。彼らの悪事を証明するのは骨が折れそうだ。それでも諦めるつもりはなかった。
隣の領地に王立騎士団を襲撃した犯人とその協力者がいる可能性がある。リアムやセオが襲われ、命の危機に瀕した。国の重鎮、格上貴族が容疑者となれば自分もただでは済まないかもしれない。
権力に挑む恐怖を、信頼できる従者たちや恋人が和らげてくれた。死の直前まで諦めず、証拠を持ち帰ってくれた今は亡き少女が、立ち向かう勇気をくれた。
「木曜日、リアム様がクリスタル家に駆けつけてくれる。まずは待ちましょう。それからペリドットに乗り込むわよ!」
「「はい!!」」
オリビアは三人に向かって意気込んで立ち上がる。ついてきてくれる彼らのためにも、必ず成果を上げると心に誓ったのだった。
>>続く
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