ソラ伯爵令嬢(仮)爆誕

1-1 オカマと罪人の取引



 ソラ・アボミナティオ──20歳・女性。



 自村を有する領主であるリザリンド伯爵夫妻を殺害後、残酷にも彼らの頭部を領主家の門に括りつけた容疑で逮捕。


 伯爵による、自身への暴力や性的被害等の情状酌量が認められ、終身刑に処される。


 私生活では狩りで得た動物や、採集した森の薬草を売り、生計を立てていた。



 目の前の男は、わざわざ私の罪状と実刑、私生活を読み上げると、書類をテーブルに置いた。



「まさに、アタシの婚約者にピッタリね」



 男の名は、『ミゼラビリス・マレディクトス』というらしい。

 男は胡散臭い笑顔で握手を求めてきた。



「ぜひ、ミゼラと呼んでちょうだい」



 指の先まで丁寧に手入れされた、ゴツゴツの手が私の前に伸びる。

 私は鼻で笑って握手を拒んだ。



「良いとこの坊ちゃんが、こんな牢獄に来てんじゃねぇよ。嫁さん見つかんなくて気が狂ったか? ご愁傷さま」


「あら、思っていたよりも口が悪いのね。まぁ、いいわ。後で何とでも出来るし」



 私の嫌味も、ミゼラはしらっとして受け流す。

 彼は、テーブルの端を指でなぞり、溜まったホコリに顔をしかめた。



「別に、女性に困ってるわけじゃないわ。見て分かる通り、アタシそこそこ高貴だし、見た目が輝いてるでしょう?」


「あぁ。本当にな。ケバくてビカビカしてる。顔を洗って出直したら、ちったぁマシになるんじゃねぇの?」


「そのせいで、周りからはちょっと浮いて見えるのね。嫌がらせとか、悪意に溢れたイタズラとか。目に余るものが多いわけ」


「聞けオカマ野郎。その格好やめたら無くなるに決まってんだろ」


「そのクセに、“そろそろ身を固めろ”って騒がれるのよ。やんなっちゃうわ」


「みーみーがーとーおーいーのーかー!?」



 私の文句を頑として聞き入れない態度は、癖の強さが表れている。ある意味、見た目通りの男だ。


 ミゼラは人差し指を私に向ける。

 手錠がなければ折ってやれたのに。残念だ。



「だから丁度良さそうな人を探してるの。あなたは身寄りもいないし、友達もいないし、立派な前科持ち。アタシが探していた人ドンピシャよ」


「良かったなぁ。おかげで寝首かかれるリスクが爆上がりだ。

 自分勝手な理由で、私を好きに扱えるとでも? 勘違い甚だしい奴め」


「あら、難しい言葉も使えるじゃない。出来るのよ。婚約者……と言っても、本当にアタシの伴侶になれってことじゃない」



 ミゼラは含みのある言い方をした。

 テーブルに乗り出し、声を落として話す。


 聞かれたら困るような話を、わざわざここでするなんて、注意が足りないようだ。



「婚約者ってのは建前で、アタシの用心棒になって欲しいってコト。ガードマンは足りてるし、これ以上増えたって困る。それに、ガードマンだけじゃ、隙が大きすぎるのよ。

 その点、婚約者なら護衛だって気づかれないし、交流とか行事とか、何かと便利だし」



 ミゼラの言い分に少し納得してしまった。

 護衛は必ず離れる瞬間があるし、あまり近くにいると、『警戒してますよ』感がダダ漏れだ。


 でもその問題は、別の方法で十分解決出来る。



「それなら、武芸に秀でた令嬢と婚約すればいい。そのくらい、お前なら捕まえられるだろ」



 そういうことだ。


 別に罪人で偽装する必要はない。

 女の方の爵位が低くても構わないはずだ。


 女が爵位を得ることはほとんど無いと聞くし、貴族と結婚したい奴なんて腐るほどいる。


 でもそれが、仇になるようで。



「アタシに言いよる女は沢山いるわ。でも、アタシに守って欲しいタイプなのよね。アタシを守ってくれるタイプじゃなくて」


「そらご愁傷さま」


「それに、貴族社会って、ちょっと厄介なのよね。ゴマすりとマウントの世界、っていうのかしら? 狐と狸が蔓延はびこる所なのよ」


「猟師でも雇えよ。儲かるじゃねぇか」


「あら、うふふ。面白いこと言うわね。でも、アタシが欲しいのは、そういうことを平気で言える人なのよ」



 やっぱり褒められた気がしない。

 バカにされているようにしか思えない。



(つま先踏んで、骨折ったろうかな)



 ミゼラは苛立つ私を放っておいて、話を続けた。



「やって欲しいことは単純よ。仕事の付き添いや、行事に一緒に参加するだけ」


「それ、私にメリットがあるのか?」



 オカマに連れ回されて、ヘラヘラ笑って? 興味もない話に相槌打って、適当に褒めて?



 ──何が楽しいのやら。



 そんなことするくらいなら、一生牢獄で暮らしている方がマシだ。


 衣食住は事足りてるし、仕事も何もしなくていい。

 死ぬまでそこにいるだけの、快適な【お仕事】だ。


 ミゼラは艶やかな唇を、三日月の形にする。

 余裕そうな微笑みは、殺した貴族の面が思い出されて、余計に腹が立った。



「メリット? あるに決まってるじゃない。そうでなければここに来て、お話なんてしてないわ。あなた、貴族殺しの罪でここにいるんでしょう?」


「さっきひけらかした事を、わざわざ口に出すなんて。お前は随分暇なようだな」


「減らず口はもう閉じなさい。さっきは終身刑って言ったけれど、あなた……」




「本当は死刑よ。一週間後に処刑されるわ」




 ──死刑?



 ────一週間後!?




(どうして実刑が変わってるんだ!?

 裁判所を通した判決が、塗り替えられるはずがない!)



 驚く私を前に、ミゼラはヒントと言わんばかりに言った。



「言ったでしょ。『貴族殺しの罪』って」



 私はそれを聞いて納得した。



 貴族だから、出来たのだと。



 遺族が、判決にゴネていたのは知っていた。判決が出た直後から、大声で怒鳴っていたし、何度も裁判のやり直しを叫んでいた。


 無駄にある金を握らせて、私の実刑を変えたのだ。


 いくら積んだかは知らないが、人の生き死にを勝手に変えるなんて。



「クソッタレ」


「ご愁傷さま♡」


「黙れ」



 ミゼラは私の前に二枚の紙を置く。

 何か難しいことが書いてあるような物で、私は見もしなかった。



「アタシなら、あなたを釈放出来るわ。住む場所も、食事も服も、全部提供するし。あなたにはこの上ない好条件だと思うのだけれど」



 ミゼラは自信たっぷりに言う。

 他の囚人なら絶対に断らないであろう条件を提示しているのだから、それもそうか。


 その笑みを崩してやりたかった。



「お生憎様。私はもう、この世に未練なんてないんでな。死んだって構わないんだよ」



 そう言って、私は席を立った。

 ミゼラは一瞬、驚いたような顔をするが、その表情もすぐに消え去る。



「断るの?」


「そう聞こえなかったのか?」



 私は外にいる看守に、自分の檻に戻る手続きをさせる。

 ミゼラはテーブルの紙を回収して、「振られちゃった」とおちゃらけた。



「じゃあ、今度はもっと違う形でアプローチさせてもらうわね」



 ミゼラはウインクして面会室を出ていった。

 その言い方に少し引っか理があるが、どうせもう来ないだろう。


 私はそのまま、堕落した生活に戻った。

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