第163話〈幕間〉勇者たち 7


 巨大な海モンスターの正体はクラーケンだった。

 ちなみに、この世界のクラーケンはタコではなく、イカタイプだった。

 キャラック船と同じくらいの大きさなのは厄介だが、魔法を使うこともない海獣モンスターなので、召喚勇者三人の敵ではない。

 素材を無駄に傷めたくはなかったので、魔法は使わずに倒した。

 船には夏希なつきの結界を張り、攻撃担当は春人はると秋生あきみ

 春人はメリケンサック型の武器を装着し、素手でクラーケンをぶちのめし、目を回したところを秋生がさくっと剣で締めた。

 

 そんなわけで、巨大なクラーケンを入手した三人はウキウキしながら、従兄に送り付けたのである。


『肉は半分進呈するから、イカ料理をよろしく!』


 アイテムボックス経由でクラーケンの死骸を送り付けた。春人の一言メッセージ付きで。

 送り付けたのは、まだ午前中の時間帯。

 これから解体して調理に取り掛かるとして、夕食には豪華なフルコースが送られてくるものだと期待していたのだが。


「届かない! なんでだ⁉︎」

「既読も付いていないから、スマホを見ていないんじゃないか」

「あー……」


 そういえば、今はどこかの街に滞在しつつダンジョンに挑んでいると聞いた。

 忙しくて、スマホを確認できていないのだろう。


「残念だけど、今夜はイカ料理を諦めるしかないわね」

「イカの刺身……天ぷらにフライ……」

「イカ焼きも食いたかったが、仕方ない。他の物をつくるぞ」


 嘆く兄は放置して、夏希は【アイテムボックス】の収納リストを確認する。


(ハル兄さんじゃないけど、すっかりクラーケンの口になっていたから肉料理よりは魚介料理が食べたい気分なのよね……)


 つらつらとリストを流し見していたが、ふと視線を止めた。


「サーモンの切り身か……」


 先日手に入れたサハギンの宝箱に入っていた、サーモン。

 そんな巨大な魚を捌く度胸はなかったので、冬馬に送って切り身にしてもらっていたものだ。

 半分は刺身や漬けにして楽しんで、その残りの切り身を収納していたことを思い出す。


「うん、今日の夕食はこれにしましょう。刺身は先日、嫌ってほど食べたし……」

「サーモンか。いいな。塩焼きにするか」

「焼き鮭もいいけど、どうせならホイル焼きがいいわ。あれなら調理実習で作ったことがあるから」


 オーブンを使って魚を焼くのは自信がないが、ホイル焼きならフライパンで作れる。

 よほどのミスをしなければ、そこそこ美味しく食べれるものに仕上がるはずだ。


「じゃあ、メインはナツに任せた! 俺は飯を炊く係な」

「ハル……」


 土鍋を取り出し、ドヤ顔の春人を秋生が呆れたように見やる。

 まぁ、下手に手を出されて食材を台無しにされるよりは良いだろう。


「なら、俺は味噌汁とサラダを担当しよう」


 ため息まじりに秋生が鍋を持ち上げる。

 料理が苦手な三人が一時間近く奮闘して、どうにか、この日のディナーが完成した。

 白飯とサーモンのホイル焼き、ワカメの味噌汁と野菜サラダがテーブルに並ぶ。


「おお、形になったんじゃないか?」

「俺たちにしては善戦したと思う」

「これはトーマ兄さんに報告しないとね!」


 夏希が写真を撮って、神さまアプリでメッセージと共に画像を送った。

 中学生の調理実習レベルではあるが、頑張ったのだ。これでも。

 ホイル焼きは玉ねぎとキノコをサーモンの下に敷き詰めて、味付けはバターと塩胡椒のみ。スライスしたレモンも添えたので、意外と美味しく仕上がっていた。

 味噌汁はコンビニショップで購入してもらった、乾燥ワカメと出汁入りの味噌を使ったので、作るのは簡単だ。最近の出汁入り味噌はとても美味しい。


「うまいぞ。少なくとも、この世界の飯屋の煮込み料理よりは」

「ああ、充分だ。白米がすすむ」

「サラダも美味しいわよ。この野菜、日本の野菜と遜色ない味よね」

「たしか、トーマと一緒にいる猫の妖精ケットシーが育てた野菜だったか」

「そう、それ。猫が育てたって聞いて驚いたけど、妖精って凄いわよね」


 既に飼い主バカを拗らせている冬馬からは、猫の写真が大量に送られてきている。

 可愛い上に強くて、野菜を育てる天才な猫らしい。意味が分からないが、従兄が楽しそうなのは伝わってきたので、まぁ良しとする。

 猫好きな秋生は既にメロメロで、再会したら冬馬よりも猫を抱き締めそうだ。


「でも、やっぱりクラーケンは食いたかったよなぁ……」


 春人はイカ料理に未練があるようで、まだぼやいている。面倒になったのか、秋生が何かを春人の顔を投げ付けた。


「うわっ、何だよ!」


 危なげなくキャッチすると、春人は手の中の物を見下ろした。


「お、イカフライスナックじゃん!」

「うるさいから、お前はそれでも食っとけ」

「くれるの? サンキュー!」


 ぱっと顔を輝かせて、さっそく食らいつく兄を夏希が冷ややかに見据える。

 

「アキはハル兄さんに甘すぎ」

「そうか? ナツも食うか」

「いらない」


 この時間から油で揚げたスナック菓子を食べるなんて、とんでもない。

 太るのはもちろん、お肌にも悪い。


(……でも、肌荒れやニキビなんかは、ポーションや治癒魔法で綺麗になりそうだけど)


 ファンタジーな異世界はそこらへんは便利かもしれない。


「私はトーマ兄さんが調理したクラーケンを楽しみにしておくわ」


 ダンジョンに潜っていて、通知に気付いていないのかもしれないが、少し心配だ。



◆◇◆



 冬馬から連絡があったのは、その翌日の深夜。

 予想通りに、泊まりがけでダンジョンにこもっていたらしい。

 しかも、ダンジョン氾濫スタンピードの発生に巻き込まれ、なし崩し的に魔族と戦うことになったのだと言う。


「そんな……! 大丈夫だったの、トーマ兄さん⁉︎」

「落ち着け、ナツ。大丈夫だったから、こうやって連絡してきたんだろう」

「そうそう。トーマ兄だぜ? マジでやばい状況だったなら、絶対に俺たちに教えないって」

「ハルの言う通りだ」


 従兄と兄に交互に宥められて、青褪めていた夏希はようやく冷静さを取り戻した。


「……ごめん。落ち着くわ」

「よし。とりあえず、トーマから詳細を聞き出すぞ」


 面倒がる冬馬から、秋生が詳しく聞き出したところによると、魔族の女はどうにか倒すことができたらしい。

 

『おかげで、かなりレベルアップできたし、ポイントもめちゃくちゃ貯まった!』


 文面からも喜びが伝わってきたので、夏希はほっと安堵の息を吐いた。

 創造神ケサランパサランの加護とやらは、それなりに良い仕事をしたらしい。


『おまけに、召喚魔法ネット通販もレベルアップしたみたいで、新しいショップが使えるようになったんだ』


 わーい、と喜ぶケサランパサランのスタンプが送られてきた。


「新しいショップか」

「おお、ついにか! 今度はどんな店なんだろうなー?」

「個人的には服屋がいい」


 秋生が切実な口調で言う。それに夏希も大きく頷いた。


「同意。私も新しい服が欲しいわ」


 キャンプ用に持参した着替えはあるが、それも五日分ほどしかない。

 上着はシャツやTシャツを何枚か用意してあったが、下はデニムパンツとハーフパンツくらいしかないのだ。

 冬馬の召喚魔法で買ってもらったので、下着や靴下には困っていないが、普段着が欲しかった。


「コンビニショップで買えたTシャツにトレーナーやジャージの上下はあるけど、外出着が欲しい……」


 シンプルなワンピースで良いのだ。

 なんなら、飾り気のないシャツとスカートでも良い。


「あー…俺たちは別に気にしないけど、ナツは女子だもんなぁ」

「こっちの世界でも買えるが、生地がゴワゴワで着心地が最悪だからな」

「……かと言って、質が良いドレスなんて着たくもないし」


 この世界で上等な服となれば、貴族階級の令嬢が身に纏う豪奢なドレスになる。

 ゴテゴテと装飾が施され、一人で着ることもできない上に、コルセットで締め上げられるなんて、嫌に決まっていた。


「ちゃんとした服屋でなくてもいい。もういっそスーパーでも嬉しいから!」


 だが、期待は裏切られた。

 ウキウキで教えてくれた新しいショップは、ホームセンターだった。


 

◆◆◆


更新遅くなりました…!

ギフトもありがとうございます。


◆◆◆

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