第96話 タイニーハウス


 外観はミニサイズのログハウス。

 所謂いわゆる、タイニーログハウスというやつなのだろう。

 小さめの窓がドアの両脇に二つある。

 まるでおもちゃの家のようで可愛らしい。

 初期設定ではシャワールーム付きだったが、俺にはダンジョンで手に入れた魔道具がある。


「コンテナハウス住みになって、あんまり使わなくなったけど、ドロップして良かったよなートイレルーム……」


 てのひらサイズの長方形の箱だが、設置すると高級ホテルのサニタリールームが顕現するのだ。

 初期設備は洗面台とトイレだけだったが、色々と買い足して今は充実している。

 従弟たちに頼んで送って貰った樽風呂はもちろんのこと、大型家具ショップで購入召喚したお風呂セットに棚やワゴン、タオルに着替えも置いてある。


「狭いシャワールームより、こっちの魔道具を設置した方が断然快適だよな」


 箱型のトイレルームは中に入ると拡張機能が付与されており、タイニーハウスとそう変わらない広さだ。

 幅や奥行きが1メートル、高さ2メートルのボックス型のため、部屋の中に設置すると少し嵩張るが、普段は【アイテムボックス】に収納しておけば良い。


 シャワールームは外して、代わりに付けて貰ったのはミニキッチンだ。シンクとコンロが一口ついただけのシンプルなキッチン。

 旅の途中の宿代わりに使うには充分だろう。

 幸い、追加のポイントは不要だった。

 なかなか良い買い物が出来たと、タイニーハウスの外観を眺めながら悦に入っていると、焦れたコテツに足を突かれた。


「なぁん?」

「ああ、ごめん。入ろうか。旅の間の我が家に」


 ドアを開けると、狭い室内が全て見渡せる。新築の木材の香りが心地よい。

 フローリングの床が敷き詰められた、シンプルな部屋だ。設備はミニキッチンだけで、収納スペースもなく、かなり狭い。


「まぁ、寝るためだけに使う家だし、こんなものか……?」


 部屋の探検が一瞬で終わってしまったコテツは詰まらなそうにしている。


「仕方ない。ちょっとだけ広くしておこう」


 もう少しゆったり過ごせるように、空間魔法で部屋の中を拡張する。

 増やしたのは一畳分ほどのスペースだ。

 このタイニーハウスには人を招く可能性があるので、あまり外観と見た目で違いが違いすぎないように気を付けた。


「眠るための家だからな、ベッドは良い物を使いたい。コテツと使うからダブルサイズのを買おう」


 大型家具ショップではナチュラル系、クラシックモダン系なるコーディネート販売をしており、ありがたく利用させてもらった。

 壁際に沿って、寝心地の良さそうなベッドを設置し、シーツや枕をセッティングする。

 布団セットは天然素材の物を選んだ。シーツや枕も無地で生成色。違和感がないように、その内キルトのベッドカバーを街で仕入れたい。


「ナチュラルな暮らしっぽく、……ちょっとアンティーク風が良いか。こっちの世界でも違和感がないような、木造の家具だな」


 ベッドの他に置く物はそう多くない。

 食事用のテーブルセットと最低限の調理道具や食器類を収納するための棚とワゴンを購入した。

 ソファは置かずにベッドで寛ぐことにして、あとはコテツ用のキャットタワーを設置する。


「シェルフはテントで使っていたやつでいいか。……うん、なかなか良い感じじゃないか? これなら、誰かを招いてもそんなに変には思われないよな」


 ぐるりと室内を見渡して、大きく頷く。

 ベッド以外に大きな家具を置かないことにしたので、スペースには余裕がある。

 シャワールームがあった場所には、そのまま魔道具のトイレルームを設置した。


 なかなかに良い感じだ。

 キャンピングカーの内部みたいで、何となくワクワクしてくる。

 暇そうにしていたコテツが上目遣いで甘えたように「なーん」と鳴いた。

 

「ん、そうだな。風呂に入るか。旅の最中はゆっくり入れなかったからな」


 主人に似たのか、コテツも綺麗好き。

 毎日きちんと浄化魔法クリーンで汚れを落としていたが、のんびりと風呂に入るのはまた別の楽しみなのだ。

 今夜はのんびり樽風呂を楽しんで、早めに就寝することにした。

 


◆◇◆



 狭い家は意外と快適だった。

 広いベッドでゆったり眠れたので、朝から爽快な気分で起きることができた。

 だらしなくヘソ天姿で熟睡するコテツの柔らかなお腹に顔を埋め、やる気を充填する。

 んみゃおう、と肉球パンチを喰らってしまったが、ご褒美だ。存分に猫吸いを堪能すると、ミニキッチンに立つ。


「今日はサラダたっぷりのサンドイッチにしよう」


 大森林の拠点で作っていた野菜は【アイテムボックス】にたっぷり収納してある。

 レタスとトマト、キュウリを使い、野菜メインのサンドイッチを作っていく。

 野菜だけだとコテツが拗ねてしまうので、ゆで卵とハム、照り焼きチキンも挟んだ。

 照り焼きチキンはダンジョンで入手したロックバードの肉を使っている。

 マヨラーの猫のためにマヨネーズソースもたっぷりのサンドイッチは我ながら美味しく出来上がったように思う。

 余った分はランチに回すことにした。


「さて、定期報告をするか」


 従弟たちに念押しされているので、一日置きに連絡を入れるようにしている。

 面倒なので、近況報告は大抵が写真を撮ってメッセージアプリで送るだけだった。

 今回は旅用のタイニーハウスを手に入れたので、ちょっと自慢したい。

 玄関前にコテツと立って自撮りを一枚。

 小さいけれど自慢の小屋もしっかり収まっていることを確認して、グループメッセに送っておいた。


「タイニーハウス買いました、っと」


 写真はなるべく現地の、とくに女性と写したものは送らないようにとアキとハルに念押しされたので、送るとしたらコテツとのツーショットくらいだ。なんでもナツが怒り狂うらしい。


「女性とイチャついているように見えたのかな。そりゃナツも怒るか。真面目に勇者修行してるもんな……」


 従弟たちへの連絡の後は、黄金竜のレイへの報告だ。通信用の魔道具、手鏡を取り出して、対になる手鏡へと呼び掛ける。

 しばらく待つと、手鏡が光ってレイが映し出された。わざわざ人型に変化してくれたらしい。


「トーマか。どうした?」

「ん、久しぶりだな、レイ。何もないけど、一応定期報告な」

「そうか。無事で何よりだ。……随分と楽しそうだな?」

「分かる? じゃーん! 旅用のタイニーハウスを手に入れたんだ!」

「ほう。小さいな」

「そりゃ、タイニーハウスだもん。テントよりかは快適だぞ?」

「そうか。また今度会った時に見せてくれ」

「おう。……そういや、レイは今は何処にいるんだ?」

「帝国の領土内にいる。上級、特級ダンジョンが幾つかあるから、その確認に行くつもりだ」


 生真面目で勤勉な神獣らしく、きちんと働いているようだ。

 こっちはまだ大森林内を移動中だと伝えて、近況報告は終わり。

 美味い飯と本に飢えている、と切なく訴えられてしまったが、旅に出る前に結構な量の食料と本は渡しておいたはずだ。

 自信満々に胸を張られて「全部食ったし、読破した」と宣言されてしまう。

 我慢ができない子供か!


「もっとじっくり味わえ」

「仕方がないから、今は本を再読している」

「飯は調味料を譲ってやったから、肉を焼いて食えばいいだろ」

「自分で作るより、トーマに作ってもらった方が美味い……」

「あーもう! 帰ってきたら、腹いっぱい食わせてやるから!」

「約束だぞ、トーマ。楽しみだ」


 にっこりと微笑まれてしまった。

 うまく誘導された気がしないでもないが、手料理を気に入ってもらえているのは、素直に嬉しい。

 

「じゃあ、またな」

「ああ。何かあれば、すぐに連絡しろ」

「なに? 飛んで助けに来てくれるのか?」


 くすりと笑って茶化すと、大真面目な表情で頷かれてしまう。


「どんなに遠く離れていても、すぐに駆け付けてやろう」

「お、おう」


 危ない危ない。ちょっとキュンとしそうになってしまった。

 イケメンはこれだから!

 本竜ほんにん的には何てことない発言だろうが、こんなキラキラの顔面でそこらの女性に同じように語りかけていたら、修羅場待ったなしだ。


 手鏡の魔道具通信を終えて、次の集落へ行く準備をする。人気商品の髭剃り、ハサミ、裁縫道具を中心にショップで購入した。

 今回は調味料やジャムを用意するのはやめて、ガラス製の小瓶を多めに持って行くことにした。

 野菜の種も忘れずに。


「森の終わりも近付いてきたから、そろそろ獣人以外の集落があるかな」


 近くの集落の場所を聞いて、移動しながら寄り道しているため、まっすぐ森を抜けるよりも時間が掛かっていた。

 どうせなら、色んな種族と交流してみたかったので、行商ついでの遠回りを楽しんでいる。


「他のエルフも気になるけど、ドワーフも会ってみたいよな。ついでにコテツの仲間の妖精も探してみるか」

「ニャッ!」


 次の目的地は集落よりも大きな村だと聞いている。新しい出会いが楽しみだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る