第86話 ミノ肉のすき焼き


「っし! ラスボスも倒した! 魔の山ダンジョンクリアだぜ!」


 わっと二人と一匹で歓声を上げる。

 多少、攻撃を喰らってしまったが、命に別状はない。結界ごしに吹っ飛ばされて岩肌で傷付いた箇所も、治癒魔法で既に完治している。

 

 魔の山ダンジョンのラスボスは、グリフォンだった。上半身が鷲、下半身がライオンの雄々しい魔獣。雷魔法と風魔法を駆使して攻撃してくる厄介な相手で、かなり苦労させられた。

 魔法だけでなく、鋭い嘴や爪の攻撃も降ってくるので創造神の結界で弾きながら、どうにか倒すことが出来た。

 自力で制したかったので、今回ばかりはレイの手助けは断っていた。

 苦労したが、おかげでレベルはかなり上がった。


「レベルが125になったんだけど、これってこの世界じゃ結構強いほう?」


 ちょっとワクワクしながら尋ねてみたが、齢千才越えと考えられる神獣はこてんと首を傾げた。


「さて。種族によって強さも千差万別だからな。ハイエルフならば普通だと思うが」

「マジか……。めちゃくちゃ頑張ってレベル上げたのに普通」

「ハイエルフは長命種だからな、レベルが高い者は必然的に多くなる。ドラゴンの血を引いた竜人族も強いぞ?」

「だろうねー」


 軽口を叩きながら、ドロップした宝箱を開けてみる。かなりの大きさの宝箱だったので、自然と期待してしまう。

 高ポイントに変換できるお宝か、使える魔道具カモン!


「おっ、すごいな。黄金の装飾品に宝石、魔石がざっくざくだ。魔剣もあるぞ。付与された属性は雷。カッコいいな」

「ニャッ」

「ん? これ? 鑑定によると、聖水が尽きることなく満たされる皮袋らしい。魔道具の一種かな」

「どちらかと言えば、聖なる遺物だな。シラン国の教会に持ち込めば高値で引き取ってもらえるぞ?」

「いや怖い怖い怖い。シラン国って、アイツらが召喚された国だろ? そこの教会って、亜人差別の総本山じゃん。無理!」

 

 慌てて首を振って拒否する。

 丁寧に鞣された飴色の皮袋の中身は飲んでも減らない水筒か。

 聖水? 浄化された綺麗な飲み水のこと?

 これはポイント化せずに、ありがたく使おうと思う。

 水魔法があるから不要と言えば不要なんだけど、飲んでみたら、ほどよく冷えて美味しい水だったのだ。飲みやすい軟水で、とってもまろやか。

 料理に使うにも良さそうだった。

 錬金素材としても重宝される清らかな水なのだとレイが教えてくれた。聖水は上質なハイポーションの原材料にもなるらしい。


 治癒魔法、回復魔法が使えるため、今のところポーションは使う予定はなかったが、この魔道具が貴重な物であることは、なんとなく分かった。

 ポイント数が気になるが、確保しておいた方が良い気がする。聖水の皮袋はそっと【アイテムボックス】にしまっておいた。


 宝物漁りに興味津々なコテツが宝箱に入り込み、可愛らしい前脚でぺたりと陶器の瓶を掘り出した。

 大きさは500mlペットボトルサイズで、白地に濃紺の筆で花柄が描かれている。


「この瓶は何だろな? 鑑定。神の酒ソーマ。…………なんか、どっかで聞いた覚えがあるような」


 ゲームか小説だったか。アニメかもしれないが、それなりに有名なアイテムな気がする。

 何だったかな。首を捻る俺に、呆れた風なレイが答えを教えてくれた。


「ソーマは神の庭の果実から作られた特別な酒だ。一口飲むと寿命が一年伸びる、それはそれは甘露なる薬酒と聞く」

「んー? 寿命が一年ずつ伸びる酒か。特に必要ないかな。ポイントにしよう」

「人の国の王族はその一瓶を求めて争うものなのだがな……」

「だって俺ハイエルフだし? どうせ寿命も長いんだろ。これ以上伸ばしたくないって」

「ならば、余計必要なのではないか? 伴侶に選んだ相手が違う種族なら、寿命も変わってくるだろう」


 澄んだアメジストの瞳の持ち主が淡々と言う。

 ああ、そうか。そういうこともあり得る世界なのだった、ここは。


 ハイエルフは気難しく、排他的な種族。

 長命種なため、出生率は低く、ここ百年ほど子供は産まれていない。

 エルフの寿命はハイエルフの半分以下。

 獣人は長生きしても、百年の寿命が限度だと聞いた。人族なんて言わずもがな。

 高レベル冒険者や魔法に長けた者の寿命は数十年ほど伸びることがあると、創造神から貰った魔法書には記されてあったが。


「……うん。レイの助言通り、神の酒ソーマは取っておくよ。何かあった時のために」

「ああ、それがいい。……長命種の宿命とでも言うのか。私たちは見送る側だからな。伴侶でも親友でも、家族でも。救う手段があるなら、使うべきだ」


 に、と笑うレイ。

 イケメンかよ知ってた。


 そっと視線を外すと、わざとらしくレイは宝箱を覗き込む。


「グリフォンは肉を落とさないのか。残念だ」

「いかにも肉食獣っぽいもん。ドロップしないだろ」


 あの、おっかない魔獣の肉を喰らうのは、ちょっと勇気が必要そうだ。

 上半身は猛禽類、下半身なんて百獣の王なのだ。


 肉はなかったが、宝箱の中身はひと財産ある。

 対になった手鏡は通信の魔道具で、こちらも聖なる遺物だとレイが教えてくれた。

 黄金の装飾が施されており、とても美しい手鏡だが、これが神器なのか?


「この手鏡に魔力を通せば、国を隔てた相手とも会話が交わせる、奇跡の神器だ」

「スマホじゃん」

「…………スマホだな」


 従弟たちとは自前のスマホで連絡が取れるので、必要がないと言えば必要ないが。

 しゅん、と心なしか元気のないレイの様子が気になる。ちらちら、と寂しそうに手鏡を見詰めているのだ。


「あー…。このスマホ、じゃないや手鏡? レイが片方持つか?」

「! ……いいのか?」


 ぱっと顔を上げたレイ。今日一番の笑顔だ。

 どうやら正解を引いたらしい。


「うん。これがあれば、いつでも連絡が取れるんだろ?」

「ああ、そうだ。スマホのように声も姿も送り合えるぞ。なにせ、神器だからな!」


 にこにことご機嫌で頷くドラゴン。

 ちょっとかわいいじゃねぇか。

 

 その他にも高価そうな大盾や豪奢な宝飾品がざくざくと詰め込まれていた宝箱の中身をごっそり【アイテムボックス】に収納する。

 ポイント化するのは、帰ってからで良いだろう。

 

「よし、帰るか! 今夜はダンジョン踏破祝いだ!」

「ミノ肉祭りか?」

「まかせろ、嫌ってほど食わせてやる」

「ニャー!」


 ダンジョンコアは虹色の水晶群のオブジェに隠されていたが、そのまま放置して、転移陣に乗った。

 この世界のダンジョンは創造神から世界への贈り物。破壊したら、その恩恵はもう手に入らなくなる。

 二人と一匹の心は同じ。

 美味しいミノタウロス肉を手に入れるための牧場だと思えば、大事にするのが当然!


「ダンジョンボスが復活するのは、どのくらい?」

「一月もあれば、また新しい迷宮の王が生まれる」

「なら、その時にまた挑戦しようかな」

「トーマなら、もう一人でも踏破できるだろう」


 転移陣が輝きを放つ。はぐれないよう、コテツをしっかり抱き締める。

 一瞬の浮遊感の後、固い地面の感触を足裏に感じて、ほっと息を吐く。

 魔の山ダンジョン入り口のすぐ前、つまりは我が家の敷地内に転移していた。



◆◇◆



「今夜はミノタウロス肉のすき焼き食べ放題だ!」

「おお……! これが、すき焼き…ッ」

「ニャー!」


 土鍋は三つ用意した。

 メインはダンジョンで手に入れたミノタウロス肉。畑で育てた春菊とネギ、コンビニショップで召喚購入したシイタケとシラタキ、焼き豆腐をすき焼きのタレでくつくつと煮込んだ。

 もちろん〆用の冷凍うどんもしっかり用意してある。


「これが漫画や小説で読んだ、念願のすき焼き……!」

「感動しているところ悪いんだけど、レイは生卵イケる派?」

「むしろずっと生で食っていた派だが」

「おっけ。じゃあ、コレ溶き卵ね」


 コテツは猫舌なので、もちろん溶き卵派だ。

 ネギと春菊はよけて、ミノ肉とシラタキ、シイタケを皿によそってやる。シラタキの食感にハマっているらしく、器用にすする様は大変愛らしい。


「じゃ、食うぞー! いただきまーす!」

「いただきます!」

「ごあんっ!」


 まずはやっぱり、ミノタウロス肉からだ。

 菜箸で拾った綺麗な赤身肉を慎重に溶き卵にからめて口に運ぶ。

 甘めのタレとミノ肉の相性の良さを身をもって実感した。うっとりと噛み締めている間に、肉はいつの間にか消えている。

 

「うま……ふわぁ…口の中が幸せすぎる……」

「分かりみが深いぞ。すき焼きとはこれほど美味なるものか」

「んにゃあ」


 油断すると肉ばかり拾おうとするレイとコテツに教育的な指導を施しながら、もりもりとすき焼きを食べ尽くした。〆のうどんも忘れずに堪能する。

 肉うどんにしたかったので、もちろん最後にミノ肉を追加して食べた。

 なんたる贅沢な! と感動に震えながら、レイが肉うどんを啜る。

 

 ダンジョン踏破祝いは、肉うどんとホールのお高いアイスで締められた。

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