第79話〈幕間〉春人 5


 中級ダンジョンを攻略し、すぐに上級ダンジョンに挑戦した。

 上級のダンジョンには強い魔獣や魔物ばかりだったが、レベル100を越えた勇者一行である俺たちにとっては、もはや踏み台でしかない。


「さすが上級ダンジョンのフロアボスだな。ドロップアイテムは豪華だし、経験値もうまい」


 薄く笑うアキが宝箱から派手な剣を取り上げる。

 黄金の鞘と宝石でしこたま飾られた宝剣だ。ちなみに鑑定してみたが、実用性はゼロだった。

 たぶん、アキが一振りするだけで粉々に砕け散るだろう。


「武器を宝石で飾って何の意味があるんだ? 刃は水晶だってよ。何も切れなくないか、それ」

「見栄えだけが大事な芸術品なんだろう。ハル、あまり振り回して壊すなよ。そんななまくらでも、買取額は高いはず」

「そうだった。だけどよ、こんな宝剣、冒険者ギルドが買い取ってくれるかぁ?」


 傷を付けて査定額が下がると困る。

 慌ててアキに返すと、涼しい表情で【アイテムボックス】に収納した。


「宝飾品や黄金の延べ棒なんかは商業ギルドで買い取ってもらう方が、高値になるわよ」


 宝箱の底に敷き詰められていた黄金の延べ棒を拾い上げたナツが肩を竦める。

 これ一本で、大金貨三枚の儲けだ。日本円にしたら、三百万円。高校生にとっては大金だ。

 命を賭けた働きに見合う分の稼ぎなのかは分からないが。


「聖なる遺物とか、そういうドロップアイテムは神殿が高く買ってくれるみたい。あとは王冠とか王笏? そういうのは王家が欲しいって言っていたわ」

「俺たちに不要なアイテムは、一番高値をつけてくれた連中に売り付ければ良い」

「そうだなー。通貨に替えておいた方が、トーマ兄に買い物も頼みやすいし」


 これだけ稼いでいるのだ。久しぶりに贅沢がしたい。コンビニ弁当やホットスナック全種類制覇とか。カップ麺も新作が入荷しているかもしれないし、コミックスの新刊も気になる。

 

「ダンジョンで稼げるようになったし、もう王城にはあまり行かない方がいいかもね」


 ぽつり、とナツが言う。

 まぁ、もう王族やお城の連中に日本製のアレコレを売り付けて稼ぐ必要はなくなったか?

 呑気に首を捻る俺の傍らで、アキも眉を顰めて頷いた。


「そうだな。……なるべくなら、神殿にもあまり近寄りたくはない」

「何でだ? まぁ、神殿は待遇が気に食わなかったから分かるけど。城はそこそこ快適だったろ?」

「バカ兄。もうちょっと危機感を持ちなさいよ。個人的に親しくなった人たちのことはそれなりに信用しているけど、国としてはダメでしょ」


 妹のアキに叱られて、言葉に詰まる。

 俺たちを召喚したのは、宗教国家シラン。

 王家はあるが、実権があるのは創造神を崇拝する神殿の方らしい。

 神殿の連中は魔物や魔族を毛嫌いし、亜人も魔族のなりそこないだと見下している。


(エルフやドワーフ、獣人のことも嫌ってるもんなー。めちゃくちゃ有能だし、カッコいいのに)


「私たちのことを召喚勇者だと崇めてくるけど、ナチュラルに差別するような連中が、本当に異世界人のことを認めているかも怪しいわ」

「それは、たしかに……」


 親愛というより、どこかおもねるような気配を俺も何となく感じてはいた。


「神殿に従う王家も完全には信用できない。知っているか? 王城の奥には見栄えの良いエルフや獣人たちを閉じ込めてある後宮があるらしいぞ」


 潔癖症気味なアキが心底嫌そうに吐き捨てる。

 ナツも冷ややかな表情を隠さない。


「後宮って、ハーレムってやつか?」

「閉じ込めてあると言っただろう。奴らにとって、人以外の種族は奴隷か、良くて愛玩動物なんだと」

「はあぁ⁉︎ 何だ、それ。最低だな!」

「後宮には男も女もいるらしいわよ。それぞれを嬲って楽しむために」

「マジか……。デンカもそうなのか……?」


 脳筋で気の良い王子からは浮いた話は聞いたことがないので、違うと思いたかったが。


「奴隷制度もあるし、あんまり良い国ではないと思う。こんな国にトーマ兄さんを呼べないわ」

「あー……」


 誰が言ったか覚えていないが、トーマ兄のことをヤンデレホイホイと呼んでいた奴がいたな、とぼんやり思い出す。

 そっけない口調のくせ、面倒見が良くて、優しいお兄ちゃん体質の冬馬は粘着質な性格の連中にやたらと好かれていた。

 大抵は伊達家の親族ガードで事なきを得ていたが、中にはストーカー予備軍もそれなりにいたように思う。ナツとアキが丁寧に容赦なく、その執着心を粉砕して『説得』させていたが。


「ただでさえトーマは妙な連中に好かれやすい。転生してハイエルフになった今、面食いな好き者にも狙われやすくなっているだろう」

「あー……。俺たちに会いにホイホイこの国を訪ねてきたら、あっという間に奴隷かハーレムの一員にされそうだな、トーマ兄」

「冗談じゃないわ。そんなことになったら潰すわよ」

「ひぇ……」


 愛妹の冷ややかな一言にヒュン、とする。

 潰すってナニを? なんて聞けそうにない雰囲気だ。


「個人的には、発展性の少ない国の姿勢も気に入らない」


 アキが吐き捨てるように言う。

 どうやら、この世界の文化レベルの発展のためにと教えた知識をこの国は自分たちの特権のためだけに秘することにしたらしい。

 紙の作り方を筆頭に、調味料や茶葉の存在、調理法など。それらを国が独占するつもりなのだと知って、アキは呆れ果てている。


「知識を使って儲けたいと考えるのは、まあ普通だろう。だが、世界の発展をこの国は我欲で阻んでいる」

「衣食住のレベルアップは必須なのにね。特に食事!」

「そういや、調味料や茶葉とか色々売ったのに、街には全く流れてきてなかったな……」


 ダンジョンのある街は物流が盛んだと聞いていたが、召喚された神殿での質素な食事と変わらなかったのは、そういうことか。


「王族や高位貴族の間でだけ出回っているんだろうな」


 最悪だ。もともと俺たちを召喚したことにも腹は立っていたが、創造神のお告げによるものなので、直接怒りをぶつけることはしなかったが。


「あんまり国や神殿の中枢には近寄りたくないな」

「でしょう? だから、このまま魔族退治の旅に出たいなって」

「おお、いいな。それ」


 もともと窮屈な生活は嫌いな方だ。

 それに、せっかく異世界に転移したのだ。色んな場所を観光してみたい。


「ギルドを経由して神殿や王城に、たまに連絡を入れていけば良いだろう」

「ダンジョンの情報はもちろん、魔族に支配された砦やらの詳細も聞き出しているわ! ちゃんと働いていれば、向こうも文句は言ってこないでしょ」

「そうだな。こんな最低な国なら、俺たちが邪竜を封じた途端に背後から襲ってきそうだもんなー」


 ははは、と笑いながら冗談を口にしたのだが、二人とも神妙な面持ちで笑わない。


「バカ兄でも思い至るくらい、あるあるなのよね……」

「そうだな。脳筋のハルでさえ気付いているんだ。敵は魔族だけじゃないと、気を引き締めておこう」

「マジかー……」


 とは言え、ちゃんと知っておくことは大事だ。

 頭の良い妹と従弟が対抗策を考えてくれるだろう。俺はせめて、トーマ兄に褒められた野性の勘を駆使して二人を守れば良いか。


「よし! じゃあ、さっさと下の階層へ進もうぜ。この上級ダンジョンをクリアすれば、もう神殿や国からの『小遣い』も必要ないくらい稼げるから、そのまま街を出よう!」

「そうだな。ここを踏破して、大手を振って街から出て行こう」

「ここから馬車で三日行った先の砦を魔族が占拠しているみたいだから、まずはそこを目指さない?」

「いいな。もちろん、王都と逆の方向なんだろ?」


 ニヤリと笑みを交わし合い、転移扉に触れる。

 居心地が良くても窮屈な鳥籠は好きになれない。伊達家の家訓は、自由フリーダムなのだ。

 

「トーマ兄さんを助けるために、さっさと強くなるんだから……!」


 ぎゅっと拳を握り込んで、誓いをあらたにする妹の夏希。



 その後、当の従兄から『第一異世界人に遭遇!』と能天気なツーショットの画像を送られて、怒りと嫉妬に震えることになるのを、今はまだ知らない。

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