第42話 雉肉の焼き鳥


 魔の山に近付くほどに、魔獣や魔物が多く出現した。兎や鹿、猪などの草食の魔獣は見掛けなくなり、代わりに狼やクマ、爬虫類系の魔獣が増えている。

 魔物はゴブリンとオーク、その上位種を含む群れが多い。一頭見掛けると、最低でも五~六頭は近くに潜んでいる。

 特にゴブリンは集落を作り、数を増やすので、見かけたら即座に殲滅しなければならない。


 集落を作ったゴブリンたちからは、なぜか上位種が生まれるのだ。──否、進化しているのか。

 ホブゴブリンはゴブリンより一回りはデカい。器用に武器を使うし、力も強い。魔法使いに進化するゴブリンもおり、これが地味に厄介だ。

 初級魔法くらいしか、ホブゴブリンは使えないが、集団戦の最中に魔法を放たれると、面倒だった。魔法攻撃自体は創造神の加護で弾くことは出来るが、打ち消すことはできないので、目眩しになる。


「ゴブリンは厄介だ。数だけはやたら多いし、そのくせ魔石くらいにしか価値がない」


 その点オークは良い。魔石と肉はかなりの高ポイントに変換できるし、何よりオーク肉はとても美味しいので。


「ハイオーク肉、アレに似ているんだよな。最高品質のイベリコ豚。肉の香りも味も極上で、特に生ハムが絶品だった……」


 家族で出掛けた隠れ家レストランで食べたイベリコ豚の生ハムを思い出す。

 薄くスライスされた赤身の肉は、まるで薔薇の花びらのようだった。

 程よい塩気の生ハムを舌に載せると、甘い脂が味蕾を刺激して、気が付けば夢中で皿を空にしていた。少量で、あの満足感。すばらしい。


「イベリコ豚なみに美味いハイオーク肉は、大量に確保しておきたいからな。オークの襲撃はむしろ大歓迎だ」


 これから大森林が梅雨のシーズンに入れば、狩猟が出来なくなるかもしれないので、肉はなるべく大量に確保しておきたい。


 もっとも、魔の山近くの大森林では、銀狐シルバーフォックス黒狼ブラックウルフ、マーダーグリズリーなどの魔獣が多かった。


「キツネやオオカミの毛皮は綺麗だけど、使い道はないし。肉は食えねぇし。素材が高ポイントなのは有難いが……」


 雑食や肉食の魔獣が増えた森の中では、手付かずの果実が鈴なりだ。

 ブドウに桃、梨にリンゴ。プラムやビワ、無花果いちじくにオレンジの木も生えている。

 熟れた果実を目当てに寄ってくる魔獣を狙い、肉食の魔獣も待ち構えていたが、それは美味しくポイントに変えさせて頂きました。


「お、今日もいるな。デカくて派手な鳥」


 黄金色の羽根が鮮やかな、丸々と太った美しい鳥は無邪気に桃をくちばしで突いている。

 鑑定によると、キジの魔獣──ゴールデンフェザント。肉は食用で、しかもかなりの美味との説明文に目の色を変えた。

 これを逃すのは勿体無さすぎる。

 気配に敏感な魔獣なので、慎重に魔力を練り上げて風の刃ウインドカッターで頭部を攻撃した。

 

「よし! 今日はゲットできた!」


 実は昨日、うっかり逃してしまったのだ。

 聡い魔獣で、周囲に違和感を覚えると、ぱっと飛び立って逃げてしまう。

 しかも、レアな雷魔法の使い手で、置き土産に落雷を寄越してくるのだから堪らない。


 丸々と太った雉の死骸を【アイテムボックス】に放り込む。ポイントはなんと五万!

 美しい尾羽はもちろん、肉も高ポイント買取り品。何より、魔石だけで四万ポイントだった。

 さすが雷属性。


「こいつ、レアだったんだなー…」


 貴重な魔石らしいので、肉と共に確保しておこう。尾羽だけポイント化した。

 魔獣や魔物の気配を探りながら、食べ頃の果実を収穫し、日当たりが良くなるように周囲の木々を伐採する。魔素を多く含む木々は、地球の神々が高く買い取ってくれるようで微妙にポイントが高くなっていた。


 そこから先は黒狼ブラックウルフとモニターリザードの群れを倒しながら進んで行った。




「今日の野営地はここにしよう」


 レモンの木を見つけたので、そこを拠点にした。野生のレモンは初めて見る。香りも良いので、採れるだけ捥いでおいた。

 邪魔な倒木や大岩を【アイテムボックス】に収納し、それから陽を遮る木々を伐採する。

 テントを設置して、昼食の準備だ。


「雉肉の焼き鳥が食べたいな」


 コッコ鳥の肉はもう完食していたので、久々に鶏肉が食べたい。

 土魔法で即席かまどを作り、網を載せて、あとは肉を焼くだけだ。

 せっせと串打ちし、塩胡椒で味付けて焼いていく。せっかくなので、採取したレモンを搾って食べよう。雉の魔獣はかなりの巨体だったので、肉は5キロ以上ありそうだ。

 作り置きもかねて、大量に焼いていく。


「ん、美味い。塩レモン合うな。タレよりも肉の味が分かりやすい」


 丸々と肥え太っていた雉肉は炭火で焼くと、脂がポタポタと零れ落ちていく。

 少し焦げた匂いが食欲を刺激する。堪らず、焼きながら口に運ぶ動作を繰り返してしまった。


「ヤバい。これはビールが欲しくなる……」


 なぜ、焼き鳥を昼食にしてしまったのか。

 ほんのり後悔しながら、せっせと串をひっくり返し、雉肉を満遍なく焼いていく。

 素材を自動解体し、取り出した肉にはレバーなどの内臓もしっかり付いていたのには驚いた。


「レバーは夜にでも食おう。野生のニラを採取していたから、レバニラ炒めだな。ハツと砂肝は焼き鳥に。ぼんじりも焼くか。ふんどし……? 食えるのか?」


 鑑定で確認したら、食用とあった。

 砂肝に繋がった器官で、牛タンに近い食感らしいので、塩レモンで食べることにした。

 モモ肉はローストチキンにしたいので、焼き鳥に使ったのは胸肉がメインだ。


「胸肉だけど、柔らかくて美味い。雉肉、なかなかやるな」


 レアな魔獣らしいが、果物が好きなようだし、また遭遇する機会はあるだろう。

 焼き鳥とおにぎりで腹を満たし、一息つく。

 今日はもうノルマのポイント分は稼いだので、のんびり休憩しようと思った。


「あ、そう言えばパウンドケーキが食べたいってナツが言っていたな……」


 現在、三人の従弟たちは絶賛ダンジョンブートキャンプ中。地道なレベル上げは、ゲームにあまり興味のない女子高生には相当キツいらしく、ストレスが溜まっているようだった。


「ホットケーキミックスと牛乳、卵と砂糖があれば生地は作れるけど、オーブンがないんだよなぁ……」


 がしがしと乱暴に後頭部を掻いていると、ふとテーブルに無造作に放り出してあったメスティンに気付く。

 

「そう言えば、メスティンでケーキを焼いていた動画を見たような」


 キャンプ動画をBGM代わりに部屋で過ごしていた時期に、なんとなく流し見た気がする。

 焦げ付かないようにクッキングシートで囲んで、弱火で焼いていけば出来るか?

 材料はたっぷりあるし、失敗しても自分で食べれば良い。


「よし、やるか。メスティンでパウンドケーキ作り!」


 ホットケーキミックスを使ったパウンドケーキ自体は何度か作ったことがある。

 プレーンなものと、ドライフルーツ入りと両方を作ってみるのも良いかもしれない。


「成功したら、肉入りのケークサレも作りたいな。ハルとアキはそっちのが食い付きそうだし」


 惣菜ケーキケークサレの存在を知った時には驚いたが、これが意外と美味いのだ。

 雉肉はもちろんウサギ肉などのジビエ肉を使ったレシピを何となく覚えている。


「カレー風味にしたら、食べやすそうだ」


 ウキウキしながら、パウンドケーキの材料を【アイテムボックス】から取り出して、テーブルに並べていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る