第28話〈幕間〉秋生


「救世主、勇者さま方」

「王宮へようこそ。歓迎致します」



 召喚された地は、創造神を崇拝するシラン国の神殿だった。石造りの見事な彫刻が彫られた美しい建物だが、俺たちは早々に根を上げてしまった。

 掃除も行き届き、清潔な部屋には好感を抱いたが、現代日本で甘やかされて育った身には静謐せいひつすぎる神殿とは相性が悪かったようで。


 与えられた衣食住、全てに困惑した。

 中世ヨーロッパ風だとぼんやり認識はしていたが、まさか寝台に藁が使われているなんて思いもしなかったのだ。


 食事は神殿だからか、精進料理に近い素朴なメニュー。上級神官用の衣装を借りてみたが、ごわごわした生地が不快だったので、結局自分たちの服のままで過ごしている。

 幸い、創造神から与えられた【生活魔法】のおかげで、全身だけでなく服も綺麗に保てていた。


「ねぇ、アキ。私もう無理。しんどい」

「さすがに俺もキツいな。塩味だけのスープと硬いパンじゃ力も出ねぇよ」


 春夏兄妹ハルとナツが嘆き、俺もそれに同意する。神殿での生活にはうんざりだ。

 魔法やスキルアップの指導をしてくれるのはありがたいが、何となく監視されている気がして落ち着かない。


「王宮で暮らせないか、交渉してみよう」


 国王夫妻は召喚された初日、王宮でのディナーに招いてくれた。壮麗さは同じくらいだが、神殿よりも王宮の方が過ごしやすそうだった。

 

(食事もハイオーク肉のステーキが出されたしな。あれは美味かった)


 シラン国は宗教国家だ。

 元々、初代の王がこの国で初の聖女であったらしい。女王の子孫が今の王族で、神殿とも密接な関係だと聞いた。民も熱心な信者が多いため、統治においても神殿は無視できない存在なのだ。

 国のトップは国王だが、祭事を司る神殿長の権威はかなりのものらしい。


「だが、あの毛玉は召喚勇者の意志が何よりも優先されると言っていた。多少の我儘も聞いて貰おうじゃないか。何せ俺たちは無理やり誘拐された被害者なんだから」


 口の端を歪めて笑うと、ハルもにかりと笑った。ナツは少し呆れた表情をしていたが、異存はないようで、こくりと頷いている。



 交渉の餌にしたのは、紅茶と砂糖だ。

 食後に出された不味いハーブティーを国王夫妻は美味しそうに飲んでいた。

 ならば100均商品とは言え、日本製の紅茶で釣れば、宮殿に部屋を三つ用意してくれるのではないか。そう期待して。

 結果、期待以上の歓待ぶりだった。


『ぜひ、王宮へいらして下さいな』

『歓迎しますぞ、勇者さま方』


 紅茶のティーパックが気に入った王妃が笑顔で招いてくれ、精製された砂糖に驚愕した国王が鼻息も荒く迎え入れてくれた。

 神官たちも勇者の意志は尊重してくれるらしく、不満そうではあったが、王宮行きを止められることはなかった。


「え、そんなに美味しかったのかな、紅茶。それに、お砂糖であんなに喜ぶもの?」

「砂糖は南の国の一部でしか作っていない代物で、かなり高価らしいぞ。小さなシュガーポット一つ分で金貨五枚はするとか」

「えっと、金貨一枚が大体十万円なんだっけ? じゃあ、五十万……?」

「マジか。そりゃあ歓迎もしてもらえるか」


 ハルはお気楽に笑っているだけだったが、ナツは何事か考え込んでいる。

 従兄弟同士、似たようなことを考えているな、と小さく笑ってしまった。


「……ねぇ、なら甘い食べ物はかなり需要があるのかしら? ジャムとか蜂蜜とか」

「あるだろうな。お前も売り付ける気か?」

「やっぱりアキも考えていたのね。じゃあ、被らないようにしましょ。私はジャムや蜂蜜、チョコレートもいけるかな? さりげなく口にさせて虜にしてみせるわ」


 ナツは紅一点ということで、高貴な女性が世話役をしてくれることになっている。国王夫妻の愛娘、十五歳になる王女が直々にだ。砂糖の高価な国なので、すぐに陥落することだろう。


 神殿からは準備金名目で「お小遣い」は貰っているが、どうせなら自由に出来る金銭は多い方が安心だ。トーマから日本製の品物を買うためにも。


「なら、俺は国王夫妻相手に吹っ掛ける。紅茶や砂糖の他にも香辛料──胡椒も希少なようだから、そのあたりだな」

「ああ。世界史の授業で習った気がする。胡椒が同量の砂金で買われていた時代があるんだっけ?」

「天国の種と呼ばれていたらしいからな」


 元手は鉄貨1枚、百円だ。

 人の良いトーマは上乗せした金額で請求することなく、ショップの値段そのままで自分たちに売ってくれている。


「その内、何かで還元しないとな」

「ああ、トーマ兄さん? そうね。でも、今のところ兄さんの方が快適に過ごせているみたいなのよね……」


 創造神謹製のアプリ『勇者メッセ』に送られてくる画像はどれもキャンプを満喫しているらしき物ばかりで。

 

「あー、トーマにぃのキャンプ飯、美味そうだったよな」


 からりとハルが笑う。ナツはずるいわ、と少し拗ねている。まぁ、羨ましいのは俺も同じだが、今は我慢するしかない。


「幸い、トーマから調味料やソース類を送って貰えたから、食生活は確実に改善されるぞ」


 マナー違反かもしれないが、出された料理に自分たちが持ち込んだソースを使う気満々だ。

 塩と油だけのサラダも、しょっぱいスープも懲り懲りなので。王宮は肉料理がメインなので、それだけでも神殿と比べれば天国だと思う。


「でも、王宮のベッドも基本は藁敷きとは思わなかったわよね……。まだ分厚いキルトや毛皮のおかげで神殿よりはマシだけど」

「そうだな、驚いた。なるべく早めに、この世界に綿がないか相談してみよう」


 寝藁を麻の袋に詰めたマット。

 王宮ではさすがにそのまま使わずにキルトや毛皮、何枚も重ねた布を敷いてくれているので、神殿よりはよほど快適だが。


「トーマ兄さんが送ってくれた100均のクッションのおかげで、ようやく熟睡できるようになったけど」


 縫い合わせて敷布団にするのは面倒だったが、おかげで快適なベッドになった。

 

「王さまが用意してくれた客室、神殿よりは快適だよなー。もう戻りたくはないけど、しばらくは魔法の勉強のために通うしかないか」


 ハルにしては珍しく、ため息を吐いている。

 神殿の教師役の神官がかなり厳しいらしく、辟易としていたのを思い出す。


「しばらくの我慢だ。基本を覚えたら、あとは実践訓練に入ることにして、王宮の兵士に混ざって特訓すればいい」

「すぐにダンジョンに潜ってレベル上げに入ると思っていたけど、意外と慎重よね?」

「創造神サマに託された大事な救世主だからな。万一を恐れているんだろう」


 自由に動けるようになるために、まずは力を付けなければ。後は味方を増やす。

 なるべく敵も作らないよう、どうにかやり過ごして生きていく。


 不自由な生活だとストレスが溜まるので、トーマからの物資支援は本当にありがたい。

 欲を言えば、100円ショップ以外でも買い物ができるようになれば嬉しいのだが。


「ダンジョンで魔物を倒せば、ドロップアイテムが手に入るんでしょう? 買い物のお礼に、便利な魔道具や武器をゲットして、トーマ兄さんに送ってあげたいな」

「それ、めちゃくちゃ喜びそうだよな。トーマにぃ、武器が手斧とか鎌しかないって嘆いていたから」


 加護があるとは言え、それでは確かに不安だろう。ダンジョンでドロップを期待するよりも、転売で儲けた金で武器を買って送った方が早いかもしれないが。

 今はまだ護衛と名のつく監視役がそこかしこにいるので、街への買い物は難しそうだ。


(トーマのことは、絶対に気付かれないようにしなくては)


 数日の滞在だけで、この国が亜人種を差別していることは嫌というほど理解できた。

 獣人、ドワーフにエルフ。力に秀で、工芸を得意とし、魔法にけた彼らを人種ヒューマンが蔑む理由はさっぱり分からないが、ハイエルフ族に転生した従兄が捕まれば、どんな扱いをされることか。


 彼と連絡が取れ、物資のやり取りが出来ることも秘密だ。シラン国だけでなく、魔族にも情報が漏れないように気を付けなければ。

 考えることがたくさんあって頭が痛いが、彼を取り戻して日本に帰るために、出来ることをするだけだ。


「まずはレベル上げか。死ぬ気でやるぞ」

「おう! 任せろ」

「当然ね」


 体育会系エリート一族で育った三人は気負うことなく、頷いた。

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