第8話 新作プレゼン2002

 松本雄二はとまほーくの社内に足を踏み入れながら、ここが異世界のように感じられるのは、地球上という視点から見ればゲーム会社という存在自体がめっぽう特殊な場所だからに違いない、などと考え、旅は人を詩人にするよな、いやどこが詩なんだ?と自分で突っ込みを入れていた。

 サウザンドトゥームスのプログラミングが終了した時、信楽は「次のゲームが立ち上がるまで何をしていてもいいぞ。だが、俺が召集をかけたら世界の端っこにいてもすぐに飛んで来い」といつものことながら芝居がかってメンバーに宣言した。アジアを旅したいと相談すると、無期限の有給を小林に取り次いでくれた。先週の木曜日、とうとう次のゲームが始まるから帰国するようにとのメールを受け取り、マレーシアの僻地から今日の朝、帰国したのである。

 アジアの国々の人間と自然が渾然一体となり地にはりついた風景を数ヶ月見続けてきた目には、地上二十四階から見下ろす東京が、ひどく危うい世界に見える。自分たちで食糧を作るわけでもなく、燃料を蓄えているわけでもなく、全てが外から流れ込み、流れ出していく交差点のような場所。おまけにゲームなどという実体のない商品を作っているこの場所は、いったい人間界にとってどんな位置付けなのだろう。

「松本!今着いたのか!」

 背中をどつかれて、眺めていた窓に頭をたたきつけそうになった。

「信楽さん。相変わらずむちゃくちゃですね」

「ああ?むちゃくちゃ?どういう意味だ?一時から会議室だからな」

 ああ、やっぱりこの人だ。この男が実体のない蜃気楼のような場所をむやみやたらと魅力的で人間的な場所に見せている。信楽の放つ輝きに新たな驚きを覚えながら、松本はどつかれた背中をわざとらしくさすった。

「旅行はどうだった?」

「自分がいかに地に足がついていない仕事をしているかが良くわかりましたよ」

 信楽はどこか羨ましそうに、しかし不安混じりの表情で額に皺をよせた。

「じゃあ、また今度、土産話を聞かせてくれよ」

 言うなり相変わらずせかせかと社長室のほうに去っていった。また今度か。辞めるなってことだろうな。たぶん。日本に帰ってきて確認した預金通帳にはサウザンドトゥームスの分配利益が二千万円振り込まれていた。それがどれほどの比率なのかはわからないが、ある程度は買ってもらったってことだろう。この会社の社員は皆、のどから手が出るほど信楽に認められたがっている。それは金の問題ではなく、自分の尊敬するクリエイターの眼鏡にかないたいという動機が強い。

 だがサウザンドトゥームスが終わった時、松本は自分が没頭した過酷な労働を振り返って、その動機と自分の行動に自信が持てなくなり、評価をまたずに旅立ってしまった。そして今、再びこの東京に縛り付けられて果てしのないコーディング作業を続けるのだと思うと、金を持ってもう一度旅行に出て、次に何をしたいのかをゆっくり考えたいと思っていた。

 一時?あと五分じゃないか。松本はフロアに人がいないのはその所為なのだと気付いて会議室に向かった。とりあえず次にどんなゲームを開発するのかだけは知りたい。ゲームだけでなく信楽という男の次の行動に興味を覚えずにはいられないのだ。


 会議室の机は全て片付けられ、四十数名の社員が思い思いに椅子に腰掛けている。松本が入ると、幾人かが後ろを向いて目を丸くした。さっき会った信楽がひとつも動じていなかったから忘れていたが、髭も髪も伸び放題で、体重も五キロ減った自分の姿は旅行前とずいぶん変わっているのだった。

 だが、松本が巻き起こしそうになったざわめきは、入ってきた信楽によって寸断された。見たことのない女性が後ろにくっついている。信楽の影に隠れそうな小柄で華奢な女だ。ただ、その姿はなぜか信楽とは違った意味で不思議な輝きを放っていた。

 二人が天井から引き出された大型プロジェクタースクリーンを背にして皆の前に立つと、全員が二人の姿に注目した。

「あの人、誰?」松本は隣に座っている青木久美子に小さな声で尋ねた。

「新入社員よ。八嶋さんっていうの」

「大ドンの秘書?」

「まさか。信楽さんに秘書なんか必要ないでしょ。小林さんがいるんだから。新人プログラマーよ。今回はデザイン担当になって、信楽さんと一緒に立ち上げをやっているの」

「へえ」いったいどういう経緯で、新人プログラマーをデザイン担当にしたのだろう。まったく、信楽のやることは常人には理解できない。

 信楽はぱんと手を叩き、ただでさえばかでかい体をもっと引き伸ばして、皆の視線を確認した。

「次の作品はマルチストーリー型アドベンチャーゲームだ。内容ゆえ年齢制限が付くかもしれない」

 会議室中がどよめいた。

「このゲームは現実の僕たちの行動が次々と自分の未来を開いていくように、プレイヤーの行動が次々に新しい物語をひもといていく。プレイヤー、ヒロイン、背景設定、どれもがやり直す度に変幻自在だ。もちろんコアとなる不変の設定はある」

 ストーリーてんこもりか。大ドンの独壇場になるな。松本は自分の活躍の場は少ないかもしれない、やっぱり辞めて旅行に行こうかと考え始めた。

「では、この作品のキーとなる人物にこの場を譲ろう」

 信楽は窓のほうに歩み去った。めずらしいこともあるものだ。こういう会議では最初から最後までしゃべりまくるのが常なのに。

 彼女は真っ黒いワンピースのフレアスカートをひらめかせて皆の前に歩み出た。襟元と袖口に鮮やかな赤のブラウスがのぞいて、スペインの闘牛士のようだ。まさに戦う女といった面持ちで、ひるむことなく満場を見渡した。

 ただ、彼女の顔はどちらかと言えばおっとりとした優しさに縁取られており、松本はタイの都会で見た女学生達の潔癖な美しさを連想した。

「私はとまほーくに入社し信楽社長に会ってすぐ、奇妙な命令を受けました。彼は命じました。ゲームの中に入って、プレイヤー達を誘惑しろと」

 良く通る落ち着いた声と奇妙な内容に、皆の口がぽかんと開いた。

「ゲームにはいろいろな快感がある。敵を蹴散らした快感。宝を見つけ出した快感。高速で疾走する快感。それらをインタラクティブな方法で追求していくのが、ビデオゲームのひとつの基本である。そして、次の作品の快感は」

 彼女が一瞬見せた、ためらいに、どきりとした男は松本だけではなかったはずだ。

「恋する快感」美しく微笑み、きっぱりと言った。

「そのために一人の女をモニターに閉じ込め、インタラクティブを作る。それが次の作品。私がその突拍子も無いアイデアになぜ同意することになったのかは、皆さんならご理解いただけるのではないでしょうか」ほんの少し首をかしげる。

「それは私が信楽武司のゲームにほれ込んでこの会社に入社したのだから。まだ誰も見たことの無い彼の作品に、重要なピースとして関わるチャンスをどうして退けることができるでしょう」彼女は挑むように皆を見回した。

「進んでその中に閉じ込められることを選んだ私は、今、モニターの中でプレイヤー達を待っています!」

 彼女の言葉が途切れた瞬間、信楽がブラインドを勢い良く閉め、松本の右隣にいた御堂が電気を消し、部屋の後方中央にいた赤池がプロジェクターの画像をスクリーンに投影した。流れるような手順で、ほとんどの社員はその術中にはまったろう。

 八嶋は体を低くし皆の視界から消え、まるで、一瞬で画像の中に入り込んだように、プロジェクタースクリーンの中から、こちらを見ていた。いや、彼女自身のはずはなかった。そこに映し出されたのは、まごうことなきアニメーションだったからだ。それなのに、さっきまで皆の前に立っていた八嶋の顔そのままで、微妙なゆらぎでまばたきし、口元を引き締めた。何人もの口から感嘆の声がもれた。松本も口の中で「何が起こっているんだ」とつぶやいていた。

「私をここに閉じ込めたツールの名は、RTAC。リアルタイムアニメーションコンバーター。開発したのは、彼と、彼、彼、そして彼」

 アニメーションの八嶋は、画面の中から聴衆を指差し、計算どおりに位置していたらしい信楽、赤池、御堂、斉藤は、それぞれ皆の視線を受けとめ、頷いた。

「この装置は現実の人物を即座にアニメーションに変換します。人間の容姿を数式化し、カメラから入力されたデータを元に二次元グラフィックを描画する。その作業をフレームごとに行うことで、このようなアニメーションが生成されるのです」

 画面には装置のシステム構成図や、グラフィックソフトのフローチャートが八嶋の顔にオーバーレイ表示され、深く考える間を与えず消えた。なんておもしろそうなことをやっていやがったんだ、御堂の奴。松本は嫉妬に歯噛みした。去年の秋、突然信楽組から赤池研にひっぱられた同僚を、皆、同情の目で見送ったのだが、こんなことをしていたとは露にも思わなかった。確かに御堂は最もグラフィック処理に強いプログラマーだ。

「私達が作るのは、プレイヤーの行動が大量のアニメーションを呼び出し、いくつものストーリーを体験する作品」

 一瞬、画面が暗転、闇の中から聞き覚えのある低い女の声が響いた。

「アヤナ」

 小林副社長だ。そして、画面には真っ白いスーツ姿で髪をアップにし、威厳たっぷりに腕を組む小林そのままのキャラクターが真っ黒い背景から浮かび上がった。

「巨大IT企業エレクトロエッジ。彼らの最新AIを探りなさい。あなたの出生の秘密もそこにある」

 小林の細面の顔に浮かんだ、いつもの人の心を見透かしたような表情、髪を上げたせいで強調された長く細い首が言葉に合わせて震える微妙な動き。

 これは、ただのアニメーションじゃない。誰もがその不思議さに目を奪われていた。モニターの中に女を閉じ込めてインタラクティブを作る、と言った八嶋の言葉を本当に実現できそうな証拠を目の当たりにして、これは凄いことが始まったぞ、と、低いささやき声や、うめき声、ため息などが会議室に充満した。

 再び八嶋のキャラクターが登場した。大きく胸の開いたシャツをはだけ、鏡にうつった自分をのぞきこむ。右胸に彫られた13という黒い入れ墨にスポットライトがあたる。

「この数字の意味、必ず探り出してみせる」

 白い胸の丸いふくらみが服の中にしまいこまれると、誰かが咳払いして、女性陣の失笑を買った。



 美紗緒はスクリーンの下を這い出して会議室の隅に移動した。皆は画面に釘付けで、その表情からこの動画のインパクトの強さが覗える。プレゼンは第2幕に移り、信楽が最初に作った実写のビデオが始まった。それが終わると、女性達の画像、佐々木、黒田、青木が次々に画面に現れ、信楽が演出した「美しい女達」が最後を飾り皆のため息をさそった。

 美紗緒は電灯をつけた。信楽はブラインドを開け、異様な雰囲気に包まれていた部屋は一瞬で明るく、活気に満ちて騒々しい会議室に変貌した。撮影に参加した女性達に真偽を聞く者もいれば、RTACの開発陣に話を聞こうとするものもいる。

 プレゼンをうまくやってのけたという手ごたえに、腹の底がむずむずした。

「付け加えるべきコンセプトが二つある」

 信楽は窓辺によりかかり、腕を組んだまま言った。

「この作品は選択によって変わるストーリーのバリエーションを楽しむものだ。破滅的な行動は破滅に行きつくのか。堅実な行動は堅実なエンディングに辿りつくのか。そしてヒロインはプレイヤーの行動にどのようなアプローチをしかけてくるのか。よって違いを際立たせるためシナリオは複数の人間がヒロイン役の八嶋さんと対話形式で作る。シナリオライターは、社内で募集する。つまりこの場でだ」

 信楽は一気にまくしたて、ようやく息をつくと、皆がざわついた。

「二つ目のコンセプトは、現実のタレントのプロモーションとのタイアップ」

 ざわめきをものともせず、信楽は声を一段大きくした。

「すでにいくつかのタレントプロダクションと話をしている。さっき見てもらったとおり、RTACは人間を美しくアニメ化することができる。だが、もちろんモデルが必要だ。今回は社内の有志諸君に手伝ってもらったが…」

 信楽はわざと小林の方を見て、彼女に睨みつけられると、計算どおり、ありがとう、と笑って手を振った。

「本番ではそうもいかないだろう。登場するキャラクターはプロのタレントを雇って撮影する。もしこれが当れば、この作品は現実のタレント達のプロモーション的な役割を果たすことができるだろう」

「でも、ヒロインは八嶋さんがやるのですね」

 佐々木庸子がおもしろそうちゃちゃを入れた。

「そうだ。それはストーリーに関わることであり、作品の一貫性に関わることでもある」

 それは美紗緒にとって皆の値踏みを受ける針のむしろのような瞬間だったが、「実を言うと、僕は彼女を見たときに、おおっこの子だ!と思ってしまってね。アメリカまで連れて行って口説き落としたというわけだ。彼女が僕好みの女性だってのは、そうだな、鈴木あたりだとよくわかるだろう」信楽が困った顔で言うと、キャラクターデザイナーの鈴木は納得した顔で大きく頷き、周りの笑いをさそってくれた。

 秦がひょろりとした腕を上げた。

「このコンセプトなら、全年齢向け美少女ゲームにしたほうがよくないですか」

「確かに。ただ、僕が作るゲームは、作る前からここらへんにある」

 信楽は頭の少し前方にある物体を掴むように両手を差し上げた。

「頭の中じゃなく、ここに存在していて、それを形にするんだ。ここにあるものがどんなものかを必死で知ろうとする。作るんじゃない。知る作業だ。今、僕が知っているのは、この作品のテーマである恋愛が子供向きじゃないということだ。年齢制限をつけてもいいというのは解放であって呪縛じゃない。つまり、もしシナリオができたところで、年齢制限を設けなくてもいけそうだとなればそういう結果もありえるだろう」

 信楽にかかったら、五十人でも、百人でも説得できる。後藤が言っていた言葉を思い出した。突然、聴衆の後ろから拍手が起こった。後藤である。

「面白そうだ。俺は全面的に支持する。この鬼っ子みたいな作品は、販売本数はかせげないかもしれないが、むしろとまほーくを一気にメジャーに押し上げる力を持っているかもしれない」

 信楽はむしろ緊張した顔で後藤を斜めに覗った。

「ありがとうございます。後藤さんに応援してもらえるなら百人力です」

「ところで傍から見ると、この作品は、移動、選択、アニメーションの連続であって、今までのゲームより、だいぶ作るのが楽そうに見えるがどうかね」

「それは…」

「RTACっていうのは、もう完成しているんだろう」

「いえ、まだ一フレームに複数の人物が入った時の処理ができていません。完成まであと二ヶ月ほどかかるでしょう」

 横から赤池が口を出した。

「だが、その後はどうだ。人物は撮ればいい。あとは背景を作るのかな?動画の選択はそれほど複雑なことじゃない」

 後藤は確信を持った口調で迫った。信楽は背筋を伸ばして立ち上がった。

「同時に別の開発を走らせろということですね」

「そうだ。エクスプローラーのパソコン版、虹の鍵のPS2版、いろいろ企画があるんだがね」

 社員たちから、やりたーい、いいねえ、などの声があちこちで沸いた。

「わかりました。話し合いはしましょう」

 彼は皆の前に歩き出した。会議室の前方中央に出ると、気を取り直したように明るい顔で皆を見回した。

「どうだろうか。質問が無ければ記念すべき新作プレゼンは終了する。坂巻組が次にこのゲームについて集まるのは、作品完成発表会かもしれない。だが、同じ会社の社員として、何か意見があれば遠慮なく僕に言って欲しい。信楽組は残ってシナリオライターを決める」

「信楽さん!」

 会議室の一番うしろで、見たことのないむさくるしい男が立ち上がった。伸びた髪は目にかかり、口の周りを髭が囲み、皺の寄ったアノラックにはしみがたくさんついている。まるでホームレスのようないでたちである。

「信楽さんのゲームの作り方が神がかり的だというのはよくわかります。理屈じゃなくひらめきだということも。だが今回の作品はあまりに信楽カラーを入れ込むのが難しくないでしょうか。シナリオは人任せだし、動画もそこの素人さんと、タレントまかせ。そんなんで本当に信楽作品にふさわしいものができるのでしょうか。信楽ファンはがっかりしませんか!?」

 信楽は並んだ椅子の間を縫うように、ずかずかと髭男の前まで歩み寄った。髭男も立ち上がり、二人は会議室の後ろで対峙した。

「確かに、俺はこれまで自分の理想のゲームを作るために重箱の隅をつつきまくるようなやり方で皆に仕事をやらせてきた。全部自分で管理してコントロールできないと気が済まなかった。ストーリーも、グラフィックも、キャラクターも」

 それらを体験しているらしい社員たちが、複雑な表情で顔を見合わせ、目くばせし合った。

「だが、今回、俺は神になる」

 強烈な発言に、男の隣に座っていた青木がぶっと吹き出し、男はぽかんと髭に囲まれた口を開いた。

「神は世界を作る。人物を作る。過去を作る。のがれられない運命を作る。だが作られた世界でどう動くかは人間たちに任せる。神は見守る。何かあれば天罰を下す。どうしようもなければ一度世界をぶっ壊して、最初から作り直す。神の責任において。…だがそうならないように見守り、導く」

 信楽はまわりの誰にも目をくれず、目の前の男だけに迫った。

「神としての俺を信じろ、松本。シナリオ担当になって、俺の世界で活躍してくれ」

 松本。彼は信楽組のプログラマーだ。やっとわかった。

「考えさせてください」

「だめだ。今ここで決めるんだ」

 松本は唇をゆがめて逡巡している。美紗緒は松本に共感して声をあげたくなった。待ってあげたらどうなんですか、と。だが、できようはずもない。まさに信楽は神だから。

「わかりました。参加します。あーあ、次は南米に行こうと思っていたのになあ」

「シナリオを仕上げたら、行っていいぞ」

「ういーっす」

 松本はすっかりあきらめた顔だった。そして、ほっとした美紗緒に目を合わせ、よろしく、と言うように指二本で敬礼をしてきた。美紗緒も同じ任務についた同僚に敬意を表するつもりで、にこりと笑って敬礼で返した。

「うわ、楽しくなりそう」松本が目を輝かせてつぶやき、「切り替えが速いなあ、おまえは」信楽がぽつりと言った。

「他にシナリオに参加したいものはいるか」

 信楽は呼びかけたが、皆顔を見合わせているだけで手を上げようとしない。もともとプログラマーとグラフィック専門の人間ばかりである。これまでのゲームシナリオは全て信楽が書いてきたから、そんな人員が必要なかったのだ。

「OK。それでは、僕が指名させてもらおう」

 信楽は楽しそうに手をぽきぽきと鳴らした。

「久保田」

「えええー!」

 指名された大柄な男は椅子の上でのけぞった。久保田は信楽組のメカニカルデザイナーで、机の上に宇宙船だの、バイクだの、ロボットだのの模型をたくさん飾っているような男である。

 信楽は自分の人選に文句があるか、といった表情で皆を見回した。

「信楽さん」

 会議室の後ろから低い声が響き、皆が一斉に振り返った。赤池が肩の高さほどに片手を上げていた。

「私も参加させてください」

 だれともなく驚きの叫びが巻き起こったが、一番驚いたのは信楽のようだ。さっき松本が発言した時よりもよほど驚愕の表情で固まってしまった。

「ああ…うん。わかった」

 かろうじて手を上げて答えると、目を白黒させている。赤池はどこか面白そうに、その信楽の狼狽ぶりを眺め、美紗緒と目が合うと、よろしく、というように小さく頭を下げた。

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