因縁話
カケルとナガトの関係が始まったのは高校時代からだったのには驚いた。そんなに前からだったんだ。ただクラスの立ち位置はかなり違って、カケルはパティシエを目指すぐらいのスウィート・オタクで、
「ナガトは陽キャのリーダーです」
陽キャとオタクだったら、ナガトの方がスクール・カーストで上位になるはずだけど、
「それが・・・」
アニメとかゲーム・オタクの陰キャならそうなるはずだけど、カケルはスウィート・オタクだったので女子にも人気があったそう。これはわかる気がする。女は甘いものには弱いものね。
オタクと言うからネガティブ・イメージになるけど、スウィート男子になると得意技とか、必殺技扱いになったぐらいで良さそう。それはそれで良いのだけど、
「ナガトがライバル心と言うより、敵愾心をなぜか燃やしまして・・・」
これはカケルが後から聞いた話だそうだけど、ナガトが好きだった女がいたんだ。高校生なら好きな女の一人や二人いない方が不思議だけど、
「えっと、経緯だけ話すと・・・」
ナガトは告白したそうだけど、好きな人がいるからと断られた上に、その好きな人がカケルって告げられたそう。よっ、この色男と言いたいところだけど、
「ボクも告白されたのですが、タイプじゃないから断っています」
ありゃ、もったいないと思わないでもないけど、好みは人それぞれあるものね、
「これがナガトの逆鱗に触れたようです」
逆恨みだろそれ。
「そうとしか思えないのですが、ナガトはむやみにプライドが高いところがあって・・・」
社長の息子が貧乏人を見下すパターンかと思ったけど、それもあるけど家柄自慢なのか。どっちもしょうもない自慢だけど、
「なんか男爵の家とかなんとか」
「ちょっと待った、苗字が平野で男爵か」
なにか関係があるのかな。
「そう言えば、ナガトは長人、親父も長文、片諱と考えたら・・・」
親子だから一字使うのは、今では少なくなってるけどあるじゃない。
「初代は平野長泰や」
誰よそれ、
「平野権平、賤ヶ岳の七本槍の一人や」
そんなのいたっけ。
「加藤清正や福島正則は有名やけど、そやな七本槍の中で唯一江戸時代を生き永らえた家や」
それだけじゃなく、七本槍で唯一大名になれなかったのが平野権平だそう。そういう意味ではマイナーだね。この権平の子孫だけど大和の田原本に五千石の領地を持っていたのだけど、明治維新のドサクサの時に明治新政府から特例で一万石の藩に昇格したそう。
「もっとも三年だけやったし、廃藩置県の時に知藩事にもなっとらへん」
それでも元大名だから男爵になったのか。言われてみれば平野社長にも会ったことがあるけど、良く言えばプライドが高いだけど、
「横柄で、傲慢で、人を見下すタイプや」
そうだった。その源泉が元大名で元男爵みたいだけど、今じゃ価値ないよ。
「元男爵だけやったらそうやけど、平野グループは大きいからな」
たしかに。準大手ぐらいとしても良いよ。そういう親と言うか、そういう家庭で育てば似たような性格になってもおかしくないけど、それでも話が見えにくい。カケルは、
「あくまでも結果からですが、ナガトはボクを生涯のライバルみたいに思い込み、ボクの上に立ち、ボクを蹴落とし叩き潰すことにしたで良さそうです」
なんて小さなやつ。余計な事をしなくても、社長の息子だからカケルより上と思うぐらい出来るじゃないの。どっちが上なんてどうでもよい話だけど、カネぐらいなら持ってるだろうに。
カケルはそれからナガトにストーカーみたいに付きまとわれる事になる。カケルは高校卒業後にパティシエを目指してドゥーブル・フロマージュに入店するのだけど、ナガトは大学卒業後に追いかけるように入店している。あれ、コトリ、なにを計算してるの。
「いや、ドゥーブル・フロマージュが投機で経営が傾いた時期とナガトの入店時期の関係がどうもやねん」
あら、そう見える。まるでカケルがドゥーブル・フロマージュに入店するのを見定めたように例の危険な投機に手を出している。行き詰って、平野のグループの救済融資を受けた状態で大学を卒業したナガトが入店してるじゃない。これって偶然なの、
「偶然やないとしたら経営危機を招いた投機に平野社長も関与しとる事になる。それとやけど、ド素人が大学卒業してからパティシエなんか目指すかい」
事実関係だけ追うとカケルはナガトが大学に行ってるうちに、
プルミエ・コミ ← コミ ← アプランティ
こうやって地位を高めてる。これはドゥーブル・フロマージュでの経歴だから価値あるものだよ。じゃあ、遅れて入ったナガトがアプランティから下積み修業を重ねたかと言えば、
「入店時からプルミエ・コミでした」
これをやるためにすべて仕組まれていたのか。でもだよ、そんなもので得たプルミエ・コミなんて値打ちがないよ。これはプルミエ・コミと呼ばれるのに価値があるのじゃなくて、プルミエ・コミになる実力に価値があるってこと。
でもおかしいよ、絶対におかしい。コンペに勝ったナガトはプレデンシャル・ホテルのシェフになってるじゃない。さらにその実力も業界誌とか週刊誌でも取り上げられるぐらいになってるじゃない。だったら、ナガトはスウィートの天才だとか。
もしかしてナガトは、大学四年の内に鍛錬を重ねて、ドゥーブル・フロマージュのプルミエ・コミどころかそれ以上の実力を既に持っていたとか。でもだよ、そこまで実力があるなら、コンペの時にあそこまでの小細工をする必要もないじゃない。
圧倒的実力差でカケルを退け、下位に立たされたカケルを嘲笑えば良いだけだよ。それがナガトの望みだったんじゃない。
「ユッキー、そんな綺麗なもんやないと思うで」
そうだと思うけど、まだなにかカラクリがあるとか。
「今の平野家は知らんけど、初代の平野権平は不遇を嘆いて、そうとうヒネた人物やったと言われとる」
賤ヶ岳の七本槍は秀吉の政治的軍事的アピールでもある。それだけの勇士が秀吉の麾下にいるってね。秀吉もアピールの裏付けに七人は優遇してるのは間違いない。とくに優遇されたのは福島正則と加藤清正だ。これは秀吉の親戚と言うのもあるはず。
もちろんそれだけじゃない、七人のうちでとくに出世したのは正則、清正と加藤嘉明。理由は個人の武勇だけでなく将才もあったから。秀吉も無暗な贔屓はしていないのよね。それでも権平以外は大名にはしている。
権平が出世せず大名になれなかったのは将才の不足もあったけど、性格的にも難があったとの話も残っている。どうも可愛げがなさすぎて、気前の良かった秀吉でも権平を大名にする気は起こらなかったぐらい。
権平は関ヶ原の時は会津攻めに参加してそのまま東軍に加わっている。ただ秀忠隊に所属していたから関が原に間に合わずにそれで終わり。せめて関が原に参加していたら、一人でも味方が欲しかった家康に大名ぐらいにはしてもらえたかもしれない。
「権平は賤ヶ岳の七本槍に加えられてスターになったけど、その後は不遇の連続みたいなものや。考えてもみいや、七本槍って今でいうたら、七人組のアイドル・グループみたいなもんやんか」
仲間でもあり、ライバルでもあった他の七本槍が、大名の栄爵を受けているのに、自分だけ旗本待遇なのは割り切れないかもね。最後のチャンスの関が原も東軍に参加できて生き延びただけ。
「最後の最後に権平は意地を見せようとしたのかもしれへんけどな」
そんな事があったんだ。大坂の陣の時になんと秀頼に味方すると家康に直訴したとなってるけど、これって史実なの。
「ホンマらしい。そんときに権平は五十六歳や。今の五十六歳ちゃうで。いつ死んでもおかしない歳や。家康は陰険やら、なんやら言われとる部分はあるけど、こういう部分もあるから天下を取ったんやろな」
権平が直訴したのは駿府みたいだけど、家康は権平をもてなして、宥めたと言うか丸め込んで、江戸留守居役にして追い返してしまったとなっている。家康と権平は相通じるところがあったとか、
「家康も三河の田舎者やんか。権平みたいな融通の利かへん朴訥な男と気が合う部分があったんかもしれん」
家康が権平を気に入っていた傍証になるかどうかわからないけど、権平の息子の代で平野家は断絶になりそうになるのよね。要は跡取り息子がいなかったってこと。
「この辺はようわからんが、娘もおらんかったみたいや」
この時に将軍家綱は権平の家が消えるのを惜しんで、家綱の生母の弟を養子にするように命じたとなっている。権平も秀吉じゃなく家康に仕えていたら運命が変わっていたかもしれないな。
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