第3話 一念発起するソフィア


「金貨七枚..... うーむ」


 時を遡ること二年前。


 ジルベールとの婚約が白紙となり、ソフィアは手元の瓶を揺する。その中には金色の硬貨が七枚。チャリチャリと硬質な音をたてていた。


 何度か街に下りて散策ついでに色々と見学して回ったが、金策に使えそうな情報はない。

 街に店を出すには保証人が必要で、キチンとした書類を商業ギルドに提出しなくてはならなかった。

 それも、ちゃんとした起業目的と計画を添えて。けっこう堅実的な世界である。いきあたりばったりは出来ない仕様だ。

 十歳のソフィアにはハードルが高い。


 異世界ものの漫画とかなら、一攫千金や、チートで稼ぐとかあるのになぁ。世知辛いわぁ。


 ソフィアにあるのは、伯爵令嬢の身分と七枚の金貨と、洗礼で手に入れた水魔法のみ。

 それも特筆するようなモノではなく、ごく一般的で凡庸な力。

 街の教会に行けば、腐るほどいる神官らと同じくらいの能力だった。


 今までの人生や、読み漁った書物にも超人的な力を持つような人の記録はない。

 宗教の教義にありがちな奇跡の神業とかもなく、人々が努力し、今の国家を造り上げたなど、これまた堅実極まりない話ばかりが載っていた。


 逆に、当たり前に存在しているのが魔法だ。四大聖霊から賜る力で、攻撃や守りに特化してたり、回復や生産に特化していたりと、授かった人間によって千差万別に変化する。

 回復魔法は水系統で、これは守護だったり、癒しだったり、はたまた浄化とか色々分かれ、さらには攻撃にも転用可能。


 俗に万能の魔法と呼ばれていた。


 水は他の系統に比べ、自由度が非常に高い。風や土も生産系などに使えたりはする。

 その中でも異彩を放つのが焰だ。これは攻撃特化型。鍛冶などに利用する者もいるが、極少数。

 焰の温度をあげるだけなら、魔石や風の魔法で事足りるせいである。むしろ繊細な温度差を作るには、下手な高火力は邪魔だった。

 なので、どうしても威力を競う攻撃魔法へと特化してしまう。


 そんなせいか、焰の魔力持ちは百人に一人。水の魔力持ちは千人に一人と少々珍しい。


 あくまで珍しい程度。特筆するほどのことではない。


「冒険者ギルドで治癒師でもやろっかなぁ。それか、薬品でも卸すか」


 荒事だらけの冒険者ギルド。ここの治癒師は何時も人手不足。ソフィアの住む街には近場にダンジョンがあるため、冒険者の怪我人も多い。

 当然、薬品もいつも品薄で飛ぶように売れていた。


 ぶつぶつと独りごちるソフィア。


 そう、万能の魔法と呼ばれる水の魔力は容易く薬品を生み出せるのだ。

 薬効のみを薬草から取り出し、魔力の水に溶かすだけ。通常の水と違い、魔力の水は純粋な蒸留水である。含まれた魔力で傷むこともなく、長期の保存がきく、

 さらには抽出した薬効分をそのまま混ぜたり、組み合わせたりして、多くの薬品を作れるのが水魔法の特徴だった。

 薬効の中には熱に弱い成分もあり、煎じたり、擂り潰したりしただけでも失われる事がままある。

 それを水魔法で抽出出来る水の魔力持ちは、薬師としても活躍出来た。


 ただ、まあ、稀有ではあるが、どれもそこそこな器用貧乏。

 攻撃魔法としては風魔法に劣り、守護魔法としては土魔法に劣り、水魔法は完全にサーポート特化。

 効用が多岐にわたりはするが、これといって特出したところのない魔法だった。


 そこで、一番役にたつであろう調剤にソフィアは眼をつけ、練習中。

 ここだけは水魔法の独壇場。水魔法なしで調剤出来なくもないが、人の手のみで行おうとすると、血の滲むような努力が必要とされる。


 せっかく貰ったアドバンテージ。生かさねばもったいない。


 魔物もいる、ダンジョンもある、国家間のいざこざも頻繁で薬品の需要は鰻登り。


 生活に密着した生業だ。


 ソフィア十歳は一丸発起し、己の夢に向けて、コツコツと薬剤調合を始めたのである。


 目指すは下町の外れに佇む小さな御店。駄菓子や玩具をおいて、クジ引き一杯の賑やかな店。

 子供らの笑顔と笑い声がたえない可愛い御店で、駄菓子屋のオバちゃんと呼ばれるのがソフィアの夢である。


 想像するだけで緩む頬を引き締め、彼女はまず冒険者として登録に向かった。


 素材売買にも採取にも冒険者登録が必須である。お金には限りがあるのだし、むしろ遣うより貯めなくてはならないソフィアは、薬剤調合の素材を自力で集めた方が効率が良い。

 薬草のアレコレを知れるし、眼も利くようになる。まだまだソフィアはスタートラインに立っただけなのだから。


 幸いと言うか、ソフィアの住む街は、王都から馬車で一日ほどの距離で、ダンジョンを所有していた。

 王都ほどではないにしろ、多くの冒険者が集う賑やかな街である。周辺の森も深いので、薬草採取などにはもってこいの立地だ。


 ソフィアの父親の領地だから、いくらか融通も利く。


 むふふんっと足取りも軽く冒険者ギルドへ向かうソフィアの後を、何時からか護衛らがつけ回すようになっていたことを彼女は知らない。




「冒険者登録御願いします」


「はい、承ります。こちらに御名前と属性を書いてね?」


 言われたとおりソフィアは書き込み、登録用の針水晶に血を垂らした。

 すると二つの小さな輝石が生まれ、ソフィアの書いた書類とギルドカードに爪で固定される。夕闇を思わせる薄い紫の輝石。これはソフィアの瞳の色だ。

 

「はい、これで登録完了です。このカードは魔力登録してある本人にしか使えません。輝石同士を合わせることで、ギルドに預けられた金子のやり取りも出来ます。ご利用くださいね」


 説明を聞きつつ、ソフィアはカバンに入れておいた金貨を思い出した。


「これっ、預けられますか?」


 差し出された金貨を見て、受付のお姉さんが優しく頷く。


「預けられますよ。大金を持ち歩くのは危ないですから」


 これは良い。


 家にお金を置いておくと、いつメイドや家族に見つかるか分からない。安心して貯めておける場所が出来たと、ソフィアは小躍りしながら依頼ボードの前に行く。

 コルク木地の張られたボードには、幾つもの依頼書が貼られていた。


 等級で分けられた依頼ボード。


 ビギナー、アヴェレージ、アドバンストと分かれ、それぞれにあった依頼が貼られている。

 ビギナーのカテゴリーひとつでも難度はピンキリ。子供にやれるような採取もあれば、大人でも厳しい魔物討伐があったり。

 そのへんはギルド受付が、本人の討伐記録を元に振り分けてくれるらしい。


 ギルドカードの輝石には、そういった記録もされていくのだ。


 だから悪い事をやれば、すぐにバレる。このカードを破壊し隠滅をはかろうとしても、連動する輝石のついたギルドの書類に同じことが記録されているため無駄なのである。

 盗みを行えば窃盗。人に怪我を負わせれば傷害。殺せば殺人。そんな文字がカードに記され、ちゃんと解決された場合にのみ削除してもらえる。

 輝石は人の魔力を記録するモノだ。替え玉や誤魔化しは出来ない。

 おかげで冒険者の登録カードは、身元保証として絶大な威力を誇っていた。

 やらかしと、冒険者廃業は同意。そのせいか、下手な貴族よりも礼儀正しい冒険者が多い。


 作法ではなく、人として。


 なので、誰もが当たり前のように所持する冒険者カード。所持していない者は、逆に疚しい心当たりがあるのだろうと勘繰られる始末。

 これを所持する義務はないけど、持ってたら安心な一枚。濡れ衣などの冤罪からも身を守れる画期的な発明だった。


 まあ、貴族は所持しないけどね。


 後ろ暗い事の多い貴族らは冒険者カードを所持しない。平民の身分証としての認識しかなく、見下す振りをして忌避していた。

 一度所持してしまえば撤回は出来ないからだ。前述のようにカードを破棄しても書類につけられた輝石に情報が残ってしまう。

 過去にはそれを辿られ、有罪にされた貴族もおり、いつの頃からか貴族らは冒険者カードを持たなくなった。権力者にとって不都合が多すぎるカードなのだ。

 だが、それでも身分証としてはこれ以上ない優秀さ。自分達は持たないくせに、平民を雇う時などは、このカードの提示をしないと雇わない貴族達である。


 そんな事を脳裏に過らせつつ、ソフィアは自分に出来そうな仕事を探した。

 常設依頼の薬草採取や害獣退治。害獣といっても畑を荒らすホーンラビットやダンジョン上層の吸血コウモリなどで、難易度は低い。

 たまにボアやウルフの依頼も交じるが、そういったのは複数冒険者のパーティーで行う。初心者でもやれる討伐だった。

 細かい采配は受付がやってくれるので安心だし、今のところのソフィアには関係のない話。

 まずは安全な常設依頼からと、ソフィアはボードの紙を指差して受付嬢に微笑んだ。


「これ。この薬草採取をやりたいです」


 そこには薬草採取、常時受付と書かれており、各種薬草の相場が記されている。

 各種ポーションに必要な薬草は千差万別。ビギナーの常設依頼は初級薬品用の素材集めだ。


「承りました。こちらに載せられた薬草を御願いいたします」


 受付嬢が差し出したメモには複数の薬草が書かれている。

 基本の薬草、ポーションに使う活力草、ちょっと難易度の高い魔力草等々。森の外周付近で手に入る薬草ばかり。

 ふむふむと頷くソフィアを見つめ、受付嬢は森に踏み込み過ぎないよう注意する。


「森の奥は魔力が濃くなり、狂暴な魔物もいます。くれぐれも気をつけて」


「はいっ」


 こうしてソフィアは一丸発起し、己の夢を叶えるために冒険者としての一歩を踏み出したのだった。

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