第17話「最多討伐者」
◇ side:《糸目の冒険者》ゼイン
「討伐数が確定しました。大鼠の魔石21個──計21体の討伐報酬として、銀貨6枚と銅貨3枚が支払われます」
冒険者ギルド──【共通依頼】受付。
討伐成果を発表する受付嬢の声に、周囲で見物していた冒険者から感嘆の声が漏れる。
「21体か……流石にこれは勝てん」
「ゼインだっけか? 今回はアイツが最多討伐だろうな」
「まだ駆け出しだろ? なのにこれだけの成果とは……あいつ有名【クラン】からお呼びが掛かるかもな」
三級冒険者と言えども、手放しに褒め称えられるのは中々どうして気分が良い。
ゼインは得意気に鼻を鳴らし、報酬を渡さんとする受付嬢に片手を突き出す。
「……どうされましたか?」
「いや、すまない。報酬は追加報酬──最多討伐報酬と一緒に渡してくれ。別々に受け取るのは面倒だ」
最多討伐者は自分だと確信しているからこそ言えるセリフ。
周囲で問答を見守っていた冒険者が「ヒュー」と
「現在時刻は19時50分です。最多討伐者の確定まで少々時間を頂きますが」
「構わない」
期限は本日20時。
残り10分で自らの記録を越す者など現れる
駆け出し冒険者から羨望の眼差しを一身に受けるゼインは、入口近くの椅子に悠々と腰掛ける。
「……ゼインさんやりましたね」
取り巻きの一人が喜色を浮かべて近付いてくる。
「まだあまり近付くな。万が一共謀がバレれば面倒な事になる」
「あ、申し訳ございません……!」
すっかり従順になった取り巻きをあしらいながら、ゼインはゆったりと足を組む。
気付けば現在時刻は19時57分。
【共通依頼】を受けた冒険者が帰ってくると言っても、残り一人か二人が関の山だろう。
ゼインは未だにその姿を見かけない一人の冒険者の顔を思い浮かべる。
「……逃げたか?」
顔を思い浮かべるだけでも憎たらしい──唯一ゼインの誘いを断った馬鹿な冒険者。
まさか地下水路でも遭遇するとは思わなかったが、どうやら時間内にギルドに戻る事は無さそうだ。
ゼインは一人ほくそ笑みながら今日の依頼を振り返る。
大鼠討伐──Lv.制限すら存在しない駆け出し冒険者向けの討伐依頼。
複数人で共闘すれば最多討伐など容易に成し得る──そう思っていた。
しかしながら大鼠は思いの外にすばしっこく、1匹討伐するだけでも中々に骨が折れた。
「僕の勝ちだな」
19時59分。
最多討伐を確信したゼインは、報酬を受け取る為にその場を立ち上がり──
「──すみません。遅れました!」
期限ギリギリ──ギルドへと駆け込んできた冒険者の顔に目を見開いた。
◆side:アレン
「すみません。遅れました!」
現在時刻は19時59分。
別に遅刻した訳ではないのだが、僕はそう叫びながらギルドに駆け込む。
大鼠討伐の【共通依頼】専用の受付に並んだ僕は、全力疾走で乱れた呼吸を落ち着かせる。
「只今をもちまして、【共通依頼】──大鼠討伐の受付を打ち切らせて頂きます」
僕が並んだのとほぼ同時刻。
打ち止めを示す木製の立看板が列の最後尾に置かれる。
「うわぁ間に合わなかったー!」
「後1分有れば……」
遅れてギルドに飛び込んできた冒険者に同情しながら、何とか間に合った事に僕は胸をなで下ろす。
「……この後何食べようかな」
受付までの待ち時間。
地下水路での長い緊張状態から解放され、僕は一気に空腹感に襲われていた。
「……奮発しちゃおうかな」
大鼠討伐の報酬と普段は手が出ないごちそうを天秤にかけていた僕。
そんな僕の元に一人の冒険者が近付いて来た。
「やあ」
糸目の冒険者──ゼインが薄気味悪い笑みを浮かべ僕の前に立ちはだかる。
最多討伐が確実視されているゼインが動きを見せた事で、何事かと周囲の冒険者が遠巻きに周りを囲む。
「全然帰ってこないから逃げたのかと思ったよ」
「……」
「相変わらずつれないなぁ」
無反応の僕に対してゼインは「やれやれ」と頭を振ってみせる。
「あのさ、ここは大鼠討伐に成功した冒険者が並ぶ場所だ。場違いな君が並ぶ場所じゃない」
至極真っ当な調子で非難の言葉を向けるゼインに、僕は当惑する。
僕が大鼠討伐を受けた事は知っている筈だが、一体何を言っているのだろうか──要領を得ない僕にゼインが口を開く。
「おいおい、依頼内容を読まなかったのか? 討伐証明は大鼠の魔石を参照──君が討伐した大鼠の魔石は一体どこにあるんだい?」
ゼインの視線が僕の背中から腰回りへと舐め回すように向けられる。
「いやぁ戦果0で列に並ぶ気概は認めるけど、恥をかくだけさ。さっさと列から外れた方が良い」
ゼインはギルド出口へと指先を向け、なにやら思い直したのか受付近くの腰掛けへと指先を向け直す。
「まあ最多討伐者が誰かくらいは気になるだろうから、そこに座って見物でもすると良いさ」
「──次の方どうぞ」
自信満々にゼインがそう言い切ると同時に僕の番が来た。
全く意に介さず受付へと向かう僕に、ゼインは不服そうな顔を浮かべる。
「【共通依頼】──大鼠討伐の達成確認及び討伐数確認でよろしいでしょうか?」
「はい」
「では達成の証明として大鼠の魔石を提示してください」
魔石を載せるトレイが眼前に差し出される。
(大丈夫かな……?)
思いの
少しの間、召喚を躊躇していた僕の肩に手が置かれた。
「だから恥をかくだけだと言っただろう? すみませんね受付嬢さん。こいつ魔石なんか持ってませんよ」
周囲の冒険者にも聞こえるよう、わざと大きな声で告げたゼインの言葉に周囲から失笑が漏れる。
「おい、あいつ討伐数0で受付並んだってよ」
「参加賞でも出るって勘違いしてんのか?」
「まあまあ駆け出し相手にそう笑うなって」
嘲笑が、陰口がギルド内を
「──まあ、
小さな声で呟いた僕は、全ての魔石をトレイ上に召喚した。
「……は?」
遠くからでも見てとれる受付の異様な光景。
都合50を超える魔石の小山が一瞬の内にトレイ上に築かれた。
いつも冷静で滅多に感情を表さない受付嬢すらも動揺したように動きを止める。
「おい……おい、何だこれは?」
嘲笑も陰口も一瞬の内に止み、静寂が支配する冒険者ギルド。
いち早く声を出したのはゼインだった。
「おいお前なんだこの魔石は!?」
「大鼠の討伐証明ですよ」
聞かれている事はそうではないと分かっているが、僕は意趣返しのつもりではぐらかす。
「違う! なんだこの魔石の量はと聞いているんだ! まさか全てお前が討伐したとでも言うのか!?」
僕の胸ぐらを掴み、唾を飛ばして問いただしにかかるゼイン。
「そうですよ」
「そんな筈がない! こんな大量の大鼠を時間内に討伐できる道理がないだろうが!」
未だに状況を認められないでいるゼインは、口角泡を飛ばして僕に食ってかかる。
「これは不正だ! きっと昨日以前に倒した大鼠の魔石に違いない! おい、受付嬢! さっさと鑑定しろ!」
どっちが不正なんだか──受付嬢へ見当違いの怒りをぶつけるゼインにいい加減耐えきれなくなった僕は、ゼインの手を払い除ける。
「お……お前!」
「不正じゃありません。全て今日僕が倒した大鼠の魔石です」
「そんな筈が無い! お前みたいな駆け出し冒険者がソロであれだけの大鼠を討伐できるはずが無いだろうが!」
休む事なく喚き続けるゼインの横、受付嬢が魔石の鑑定を終わらせる。
「……鑑定の結果、全て本日討伐された大鼠の魔石と判断しました。大鼠の魔石53個──計53体の討伐報酬として、銀貨15枚と銅貨9枚が支払われます」
受付嬢によって伝えられた規格外の討伐成果。
ギルド内を激震が走る。
「5、53体だと……!?」
「おいおい、どういう手を使ったんだ……」
「おい、お前あの冒険者知ってるか?」
「もしかしてあの冒険者【朱雀】の
騒ぎが収まらない冒険者ギルド。
その喧騒を破ったのは白髪に実直そうな顔が特徴的な《ギルド副長》──ローガン・スペンサーだった。
「本日
20時15分。
時間内に帰還した全冒険者の討伐数確認が終了した。
100名を超える参加を記録した【共通依頼】に対して、代表として《ギルド副長》──ローガンが追加報酬の対象者を読み上げる。
「最多討伐者は討伐数53体でアレン・フォージャー。追加報酬として銀貨10枚を進呈する」
討伐報酬と合わせて銀貨25枚と銅貨9枚。
望外の報酬に僕は頬を緩める──が、
「絶対におかしい! こんなの不正に決まっている!」
自身の最多討伐報酬を諦めきれないゼインはまるで赤子の様に騒ぎ立てる。
「……どこが不正なんですか?」
「お前一人が討伐した訳ではないだろう! 絶対に協力者が存在する筈だ!」
「それは貴方だろうが!」
ゼインのあまりの身勝手さに思わず本音が口を突いて出る。
事の成り行きを見守っていたギルド職員含め周囲の冒険者が一斉にゼインへと視線を向ける。
僕のいきなりの反論に虚を突かれたのか、呆然とするゼインをよそにローガンが口を開く。
「次点討伐者は討伐数9体でアレックス・フォンタナ。追加報酬として銀貨3枚を進呈する」
「は?」とゼインが声を漏らす。
最多討伐はひとまず置いておいて、次点討伐者にすら選ばれていない事に気付いたゼインは、烈火の如く怒り出す。
「おい!次点は私だろうが!!」
ローガンはゼインをちらと見ると、その奥──ゼインと共闘していたはずの一人の男へと視線を向ける。
顔を真っ赤にして怒り狂うゼインに対し、ローガンは静かに口を開いた。
「他の冒険者が討伐したにも
「なっ……!?」
ゼインが──ゼインに協力した冒険者の顔が一斉に青褪める。
「きょ、虚偽の報告だと……? どこにその証拠がある!?」
過呼吸を起こしかけながらも、なんとか去勢を張り続けるゼイン。
ローガンは呆れたように大きく息を吐くと、先程目を向けた一人のギルド職員を呼び出す。
「お、お前は……!?」
「地下水路ではお世話になりました。私、駆け出し冒険者ではなく実はギルド職員なんですよね」
ゼインが選んだ5人目の協力者──ギルドに所属する戦闘員の思いがけない
「ギルド……職員……だと」
「ええ。実はアレンさんから不正な相談を持ち掛ける冒険者がいると言う事を聞き及びましてね。ギルドとして状況を確認しない訳にはいかないと」
見事に駆け出し冒険者の格好に
あくまで僕がした事は【共通依頼】を受ける際にゼインという男が不正な手段で追加報酬を狙っていると告げ口をしただけ。
正直なところ僕の話を受けてギルドがゼインを調べたところで、証拠は何もない。
口裏を合わせたゼイン達に上手く
(まさかギルド職員自らオトリ捜査に加わるとは……)
不正の証拠を抑えるためとは言えこうしてゼインと地下水路まで帯同したギルド職員には頭が上がらない。
僕が心の中で平身低頭している
「という訳だゼイン・ルーサー。本日をもって冒険者資格を剥奪する。今後3年間ギルドを通して依頼を受ける事、
「……」
ゼインはもう話を聞いているのか分からないと言った様子で焦点の合わない目を天井に向けていた。
「すみません。僕はもう離れても良いですかね?」
「ええ、アレンさん。不正発見への協力並びに最多討伐おめでとう」
「ありがとうございます!」
僕はローガンに深々と礼をすると、借りていた長剣を受付に返す。
冒険者からの好奇と畏怖が入り混じった視線に気まずさを覚えながら、僕は夜の迷宮都市に繰り出す。
「うーん。何食べようかなぁ……」
流石にあれだけ注目されている中でギルドの酒場を利用する強心臓は持ってない。
僕は気の向くままに飲食街へと足を向けた。
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