あいのことだま

聖河リョウ

片翼の少年

氷河草が綿毛を飛ばす季節、空は途端に騒がしくなる。

 子孫を残そうと空を旅する綿毛とともに、卒業を間近に控えた少年たちの声が青空を占領する。

 子ども達は、羽使いと呼ばれ、背に生えた翼で自由に空を泳いでいた。個性溢れる翼は、かつて羽使いの街を邪神から救った聖エルフィスが、子どもたちに与えた加護の証とされている。

 羽使いの街では、翼が権力の象徴となる。少年達の間では、翼の大きさがものを言う。空を飛び交うスピードも競い合いの対象となった。

(……うるさいな)

 パーシバル・ティーグは、眼鏡のブリッジを指で押し上げ、空を仰いだ。

 我が物顔で空を独占しているのは、聖エルフィス学園で暮らす級友たちだ。

 最上級生となった彼らは、一週間後に控えた卒業の儀の練習をしていた。

 少年の黒髪に一枚の羽が付着する。鳶色の翼は、学年テストでトップ争いを繰り広げている委員長のものだ。普段は校則に煩い彼も、空の誘惑には敵わないらしい。

 パーシバルは読みかけの本に羽を挟み、立ち上がる。空に一番近い屋上が、唯一安らげる場所だった。

 視界に、天高く聳え立つユニフスタワーが入る。青水晶の塔を見るだけで、気分が重く沈んでいく。

(卒業、できるのかな)

 卒業の儀をクリアした子ども達は、天上都市ユニフスに迎え入れられ、新たな学びの道を歩む。ユニフスタワーは天上都市への入り口だ。

 パーシバルには、ユニフスの高等学校に進めるほどの充分な学力が備わっている。体力は他の生徒に劣るが、羽使いが持つ癒しの力―聖術力は誰よりも強い。

 将来有望な聖術師として期待され、パーシバル自身も己の進路に疑問を抱かなかった。

(聖エルフィスに見放された子ども、か……)

 卒業の儀の詳細を初めて聞いたあの日から、パーシバルの胸に巣食う靄は晴れない。優秀な成績だけでは、どうしても越えられない壁を見せつけられた。担当の教師も、困惑した表情で首を横に振るばかりだ。

 卒業の儀は、生徒たちがユニフスタワーの頂点を目指す儀式。翼の性能がすべてだった。

 鈍色のコンクリートに濃い影が伸びる。

 漆黒の片翼が、少年の未来を暗示していた。

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