第12話

涼花は言葉を詰まらせつつも全て話してくれた。表情はとても辛そうで、途中で話を切り上げそうになったほどだった。


「本当に藤春先輩から何も聞かされてないのですか? カップルなのに?」

「ハイ。自分のことをもっと知って欲しいとか言っておきながら、全然話そうとしてくれません……。というか、カップルのことなぜ知ってるんですか?」

「つい先ほどラインで藤春先輩に問い詰めたら、素直に白状しました」

「ああ……」


涼花は笑顔で「おめでとうございます」と祝ってくれた。口は笑っているが、目が笑っていない。それもそのはず。自分を虐めていた奴が吞気に彼氏を作っているなんて常識的に考えられない。驚きのあまり吐き気を催す案件だろう——。まあ、こうなったのは全て俺のせいなのだが。


「桐島さんから藤春先輩に告白したらしいですね」

「ハイ……」

「一目惚れとかなんとか」

「ハイ……」

「転校2日目に告白とか凄いですね。勇気と行動力があって羨ましいです」

「ハ、ハイ……」


なんだか気まずくなってきた俺は猫のように身を縮ませる。

涼花は依然として目が笑っていない。やっぱり怒っているのかな。


「どうされました?」

「いえ、なにも!」

「なんか、さっきからブルブル震えてません?」

「気のせいではないでしょうか」


涼花は訝しげにこちらを窺う。頭に二つほど疑問符を浮ばせて。


「——別に私は怒ってなんかいませんよ。むしろ、二人を応援しています」

「?」


予想外の発言に呆然とする。


「心配しなくても大丈夫です。人の恋路を邪魔するほど野望じゃありませんから」


やっと少し目が笑った。どうやら、今の発言は噓ではなさそうだ。小さく息を吐き、安堵する。


「確かに色々思うところはありますが、人の幸せを恨むのは違うと思うんです」


よく出来た娘さんだ。常人なら考えられない感性の持ち主。世間ではこう言う人をお人好しと呼ぶのかもしれない。


「でも、決して藤春先輩を許したわけではありませんよ」


涼花の鋭く凛とした声音。場に緊張が走る。


「きっと今後も藤春先輩を許すことはないでしょう」

「——」

「心に受けた傷は年数が経てば、癒えるような傷ではありません。恐らく、一生残り続けると思います」

「——」

「イジメというものは皆が思うより残酷で卑劣なんです」

「——」


正論過ぎてぐうの音も出ない。当事者から聞くとより言葉に重みを感じる。


「——ですが」


涼花は不意に立ち上がる。何事かと俺は彼女の方を見上げる。


「藤春先輩には“尊敬”しているんです」

「尊敬——?」


綺麗に整った顔が少し綻ぶ。


「彼女は普段、後輩に気配りできる優しい先輩なんです。他の部員さんと比べて真っ直ぐなほど真面目でストイックなお方。外では平静を装ってますが、陰では人一倍努力を積み重ねてきた苦労人——。桐島さんもその姿を見て、惚れたのでしょ?」


夕焼けの下。汗を散らしてグランドを疾走する海凪の勇姿——。頭の中でもう一度あの場面(シーン)が再生される。


「私もそうです。藤春先輩の走りと人柄に惚れたんです」


涼花は頬を赤らめ、自然と笑顔をこぼす。


「いつも放課後夜遅くまで練習に付き合ったくださいました。自分の分析だけでなく私の走りも細かく分析して、的確なアドバイスも頂きました。時には部活とは関係ないプライベートな相談にも乗ってくださいました——。他にも色々ありすぎて、語り切れません」


涼花は再び下を俯き、笑顔に影を落とす。


「藤春先輩はずっと私の憧れなんです。今もその気持ちは変わっていません——」


俺には分かる。同じ者が好きな同士だから分かる。涼花が本当に海凪を心の底から尊敬し、慕っていることを。


「——だから分からないんです。どうして、私をイジメたのか」

「——」

「藤春先輩はほとんど毎日、私の家まで謝罪しに来られます。『ゴメンなさい。自分の身勝手で貴方を傷つけてしまった。もう許されないことは分かっている。一生、謝らせてくれ』と——。意味が分からない。謝罪が抽象的過ぎる。ちゃんと理由を教えてほしい。どうして先輩のような人間があんな事をしたのか、私には理解できないのんです」


涼花は感極まって涙をこぼす。透明な机に水滴が付着していく。

俺はそっと自分のハンカチを彼女に手渡す。


「桐島さん」

「はい」

「私は全てお話しました。なので今度は藤春先輩、本人の口からお話を聞きたいです——」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る