プロローグ 女神との出会い(後半)

 「君、大丈夫だった?」


 空から舞い降りた少女はそう言って血を流しながら倒れている俺のところまで歩み寄ってくれた。


 「あなた……は、いったい?」

 「私はマキナ、神様だよ。100年前に天界から追い出されて信者もいない、わがままで自由奔放な神様さ」


 すこし寂しそうな顔でそう言った後、神様はそっと俺を抱きしめた。

 体中の痛みが和らぎ、もうろうとしていた意識は段々とはっきりしてゆく。


 「こんなにボロボロになるまで頑張ったんだね。君は強い子だ」


 気付けば俺は名も知らない小さな背丈の神様の前で泣きじゃくっていた。

 どれだけ努力しても、どれだけ他人と接しても、どれだけ本を読んでも救われなかったこの心が彼女によって救われていく。


 「どうしてあなたほど優しい神様が天界を追放されなくてはいけないのですか?」

 「うーん、他の神様との価値観の違いってやつかな?」

 「価値観の違い……じゃあなんで信者が居ないんですか?あなたを信仰していたのならほかの神との価値観が違ったとしてもまったくいなくなることなんて……」

 「あぁ、それにはちょっと込み入った事情があってね」


 彼女は困った顔をしながら頬を掻いた後にこう言った。


 「私、天界から追放されたときに色々な制約を受けちゃって……自分の神殿から動けないんだ」

 「でも、今はこうやって俺のことを……」

 「それは、君の助かりたいって強い祈りが私の力になったからだよ」

 「祈りが?」


 俺がそう聞くと彼女は静かに微笑んだ。


 「そう、制約を受けた今の私には強力な祈りや信者たちの信仰心がないとうまく力を使えないの。だから自分の信者たちの信仰心をあげさせるために色々なことをさせているうちに、信者の皆に愛想付かされちゃって……それから長い時間が過ぎたものだから私という神の存在を知る人もいなくなった」


 次の瞬間、彼女は大きな咳をしながら吐血した。


 「大丈夫ですか?!」

 「ありゃ……信者のいない状況でちょっと無茶しすぎたかな?」


 慌てて駆け寄ると彼女は苦しそうにしながらも笑顔を浮かべていた。


 「ごめんね、心配させちゃって。君はこのモンスターの爪を持って速くギルドに帰るんだよ……これで依頼達成でしょ?」


 彼女は無理やり笑顔を浮かべて俺にそう言った。

 自分の悲しみを押し殺しているような痛々しい笑顔、どうかお願いだからそんな顔をしないでほしい。今までの修行も努力も自分を救ってくれなかった中、唯一俺を救ってくれたあなたには幸せな顔をしていてほしい。


 「今の話を聞く限り、俺があなたの信者になったらあなたは助かるんですよね」

 「えっ?」


  彼女の驚いた顔を見ながら俺は続ける。



 「私、貴方からたくさんの物をもらうよ?それでもいいの?」

 「あなたの為ならば何であっても差し上げます」

 「私、すこし変わった方法じゃないと君を助けられないよ?」

 「それでも、俺は自分を救ってくれたあなたにどうか生きていてほしい」

 「そっか、わかった」


 彼女はそう言うと何一つ曇ることのない満面の笑顔でこちらを向いた。

 黒く長い髪がたなびくその顔があまりにも美しくて、俺はすこしのあいだうっとりとその顔を眺めていた。


 「そんなに私の顔がすき?」

 「え、あのその」


 何故か急に体が熱くなって、上手くしゃべれない。

 そんな俺の様子をみながら彼女はいたずらに笑った。


 「君、名前なんて言うの?」

 「俺の名前はレインです」


 彼女は俺の名前を聞いてうなずくと右手に何か黒い球体を生み出して、それを俺の口元へと近づける。


「それじゃあ、これからよろしくね☆これは信者の証みたいなものだよ、はい口開けて」


 そうして俺は彼女の言われるがまま口を開けてその物体を飲み込んだ。

 そんな俺を見ながら彼女は泣いている赤ちゃんを抱きしめる母親のような顔をして笑った。


 「これで君と私は一心同体、今の私はだいぶ弱体化してるから苦労を掛けるかも知れないけど……君が私を信じている限り、君の人生がハッピーエンドで終わることを約束するよ」


 この日から俺は彼女、マキナ様のたった一人の信者として第二の人生を歩むことを決めたのだった。

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