第2章 集まる幻獣や妖精、精霊たち

6.ホーリーフェンリルとその子供

 僕がメイヤの宿る神樹の元へとやってきてから2カ月あまりが経過しました。


 途中でやってきたリンともすっかり仲良くなり、いまでは昼間の訓練以外の時は一緒にいることが当たり前のようになっています。


 僕もリンも独りの時間が長く、人の温もりがほしかったのかもしれません。


 ただ、一緒に水浴びすることや寝ることまではいいことなのかわかりませんが……。


 そうそう、神樹の里に来てから1カ月ほど経った頃からは家で暮らすようになりました。


 僕は辺境の村のボロボロな納屋で寝泊まりしていましたし、リンは森を出るまでは檻に閉じ込められながら床に寝かされて暮らし、森を追い出されたあとはずっと野宿なので気にしていなかったのですが、メイヤが「いつまでも野宿なのは見栄えが悪いからやめて」と言い始めたので家を創造魔法で作りました。


 最初は普通の木の家を作ったのですが、これにもメイヤの注文が入り「せめてレンガ造りの家にしなさい」と言われてしまい悩んだものです。


 僕の村にもリンの記憶にもレンガの家なんてありませんでしたからね。


 最終的にはメイヤがどこかから小さなレンガの家の模型と実物のレンガを持ってきてくれたおかげで何とか実物の家になりました。


 それにもメイヤの細かい注文で3日ほどかけましたが……。


 そして、家ができても家具がないのでどうしたものかと考えていると、これまたメイヤがどこかから家具を持ってきてくれました。


 僕とリンの着替えをしまうためのチェストと身だしなみを整えるための鏡つきドレッサー、大型のベッドなどです。


 ベッドについては事前にリンから注文が入っていたらしく、ふたり一緒に寝ても十分ゆとりがあるサイズを用意したらしいですね。


 あとは、ダイニングルームという場所に置くテーブルと椅子も用意してあり、これも木でできた温かみのあるものとなっていました。


 メイヤに言われるまま調理用のスペースなども用意しましたが、誰が使うのでしょうか?


 あと、この2カ月間で起きた変化と言えば、リンが正式にこの地の守護者になったことですね。


 毎日の頑張りがメイヤに認められてこの神域の守護者になりました。


 守護者としての契約を果たしたあと、黄土色だった髪の色が若葉色に、赤かった瞳の色が萌葱色に変わりましたが神域との契約とはそういうものらしいです。


 僕の髪や目の色が変わったのと一緒ですね。


 そしてまた、神樹の里での新しい一日が始まります。


「……リン、起きてますよね?」


「起きてるよ?」


「先に起きているなら着替えて出ていてもいいって言っているでしょうに」


「だってシントと一緒にいたいもん」


 ……リンはずっとこの調子です。


 家で暮らし始める前から甘えている自覚はあったようですが、家ができたあとは更に甘えるようになりました。


 具体的には彼女が先に目を覚ましても僕が目を覚ますまで起き出さず、僕が先に目を覚ましても腕をしっかりと抱きしめられているので彼女を起こさずに身動きできないと言った状況です。


 僕もひとりじゃないことを実感できることは嬉しいのですが……やり過ぎなんじゃないかなと。


「それじゃあ、僕も起きましたし着替えましょう。僕は一度部屋を出ていますから……」


「どうして? いつもだけど一緒に着替えた方が早いよ?」


「いや、だから……恥ずかしくないのですか?」


「なんで? 水浴びだって夜寝るときだって一緒なんだし着替えるときも一緒でいいじゃない」


「いや、まあ……」


「と言うわけで、早く着替えよう!」


 ……彼女、森を出るまでは牢の中で暮らし、そのあとはずっと野宿生活だったので羞恥心がまったくないんですよ。


 特に僕には。


 誰にでもあの調子で接してしまうといろいろ不安になるのですが……どうしたものか。


「ほら、早く着替えよう。メイヤ様を待たせちゃうよ」


「そうですね。着替えましょうか」


「うん!」


 結局、いつも通り一緒に着替えることになって彼女は僕の目の前で寝間着姿から普段着姿に着替えたわけで……。


 下着や肌着越しでもわかる胸やお尻のラインが目に毒です……。


********************


『おはよう、ふたりとも。よく眠れた?』


「はい!」


「ええ、まあ。いつも通りです」


『あらあら、シントは大変ね。それで、今日はなにをして過ごすの?』


「私は短剣術の訓練を。魔法と弓の訓練ばかりやっていたので」


「僕は魔剣の扱い方に慣れます。いまだにうまく扱えないんですよね……」


『簡単に扱えないからこその〝魔剣〟よ。あなたなら今更反発で怪我する恐れもないし、頑張って扱い方を覚えなさいな』


 はい、僕もこの2カ月間で新しいスキルを覚えました。


 近接戦闘用のスキルとして〝魔剣術〟を覚えたんです。


 これは様々な力を秘めた武器、〝魔剣〟の効果を引き出しながら戦うための必須スキル。


 逆を言うと、このスキルさえあればどんな〝魔剣〟でも取り扱えてしまいます。


 メイヤからは初心者向けの〝魔剣〟として雷魔法を発生させることのできるショートソードを渡されました。


 いまはそれをうまく取り扱えるように練習中ですがこれがなかなか……。


 ほかにも、風の刃を生み出せるダガーと光の矢を飛ばせる弓の用意があるそうなので早くショートソードの取り扱いに慣れないと。


『さて、今日の食事は基礎能力強化の木の実ね。というか、これ以上覚えたいスキルもあまりないでしょう?』


「はい、メイヤ様。もうかなり覚えさせていただきましたので大丈夫です」


「僕もです。あまり覚えすぎても使いこなせる自信がありません」


『必要になりそうなスキルは覚えさせるけど、なにか覚えてみたいスキルの希望があったらいいなさいな。無理のない範囲で覚えさせてあげるから』


「よろしくお願いいたします。メイヤ様」


「よろしく、メイヤ」


『ええ。それでは朝食に……あら?』


「どうかしたのですか、メイヤ?」


『どうかしたというか……幻獣が一匹ものすごいスピードでこっちに飛んできているのよね。神樹のことも認識できているみたいだし、お困りごとかしら?』


「どれくらいで着きますか、メイヤ様?」


『もう間もなく……もうすぐ着地ね』


 メイヤが言うとおり、僕たち3人から少し離れたところに一匹の狼が着地しました。


 ただ狼と言っても普通の大きさではなく、背丈だけでも僕よりも高いですし、頭からおの長さまでは……どれくらいありますかね?


 毛並みも真っ白で日の光に照らされてキラキラ輝いていますし……一体、この狼は?


『ようやくたどり着いたか!? そちらがこの神樹の聖霊様とその契約者様とお見受けするが!?』


『ええ。私が神樹の精霊メイヤ。こちらが私の契約者、シントよ』


「初めまして。狼さんは?」


『失礼。名乗りが遅れた。私はホーリーフェンリルのハクガと申す。申し訳ないのだが聖霊様とその契約者様に我が子の治療を行ってもらいたいのだ!』


『治療? ホーリーフェンリルの子供を?』


『そうだ。つい先ほどまで〝名もなきモノ〟と戦っていたのだが油断して子供を襲われてしまった。〝名もなきモノ〟の穢れと傷の治療を行うには聖樹以上の治癒の実が必要。勝手な願いだが治癒の実を分けていただきたい!』


 このハクガというホーリーフェンリルには事情がありそうです。


 しかし、どう判断すればいいのか。


『シント、あなたが好きに決めていいわ』


「僕が、ですか?」


『私の主はあなただもの。〝名もなきモノ〟の穢れを祓うには私の雫が、傷を癒すには治癒の実が必須よ。あなたの好きに決めなさいな』


「……では、助けてあげてもらえますか、メイヤ」


『わかったわ。ただ、いまからそこのホーリーフェンリルだけが子供の元に戻っても、もう手遅れでしょうね。あなた方も一緒に行って手を貸してあげなさい』


「あなた方?」


『シントが行くのだもの。リンもついていくはずよ。もちろんよね?』


「はい! 当然です!!」


「そうですよね。わかりました。時間もなさそうですし急ぎましょう。メイヤ、あなたの雫と治癒の実は?」


『これよ。まずは雫を傷口に振りかけて穢れを祓いなさい。そのあとで治癒の実を食べさせるの。そこまでできれば治療できるわ』


 僕はメイヤの渡してきた小瓶に入った水と木の実を受け取り時空魔法の保管庫にしまいます。


 あとはリンを連れて出発するだけですね。


「わかりました。ハクガさん、でしたか。僕たちも一緒に行きます。案内してもらえますか?」


『すまない。我が背に乗ってくれ。最高速度で飛んでいくので落ちないよう、しっかりつかまっていてほしい』


「わかりました。行きましょう、リン」


「うん!」


 地に伏せてその背に乗りやすくしてくれたハクガさんに僕とリンが乗ると、ハクガさんが起き上がり一気に飛び上がりました。


 最高速度で飛んでいくと言う言葉に恥じないだけの速度で飛んでいき、神樹はすぐ見えなくなり途中にあった山も森も越えてぐんぐん進んで行きます。


 やがてハクガさんがたどり着いたのは森の中にぽつんとできた荒れ地。


 そこには草の一本すら生えておらず、周囲が深い森なのに対して一カ所だけ荒れ地というのが妙に気になります。


 ハクガさんは着地したあとも走り、森の中を進んで木々に覆われた広場へとやってきました。


 そこには目や腹に深い傷を負った白い狼が一匹倒れています。


 この狼がハクガさんの子供なのでしょう。


 傷口の周囲にはどす黒い霧がただよっています。


 あれが穢れと言うやつなのでしょうね。


『……よかった、まだ息はある。ついて早々申し訳ないが治療を!』


「はい。まずはこの瓶に入っている雫を傷口に振りまいて……」


 メイヤの雫というものを振りまいた傷口から黒い霧が消えてなくなりました。


 これで治療の第一段階は終了したということになります。


 問題はこのあとですが……。


「シント、どうしよう? この傷じゃ治癒の実を食べられないよ」


「ですよね。まずはある程度回復させないことにはどうにも。ハクガさん、命魔法をかけてみてもいいですか?」


『いや、無理だ。〝名もなきモノ〟によってつけられた傷は命魔法だろうと癒すことはできない。〝名もなきモノ〟とはそういう存在だ』


「そうですか……そうなると回復薬が効くかどうかですね」


『回復薬? 契約者様には失礼だが人間の作った回復薬が幻獣に、それも〝名もなきモノ〟によってつけられた傷に効果があるのか?』


「試すだけ試させてください。この薬の素材はメイヤからもらった木の実や葉、それに創造魔法で生み出したものですから」


『神樹様の素材で作った回復薬!? それに〝神霊魔法〟で生み出した素材まで!?』


 うん?


 僕が使ったのは〝創造魔法〟なのですが……。


 いまは治療が先ですね。


 一番出来がよかったこの薄緑色の回復薬、これにしましょう。


 メイヤからもらった若葉と果実、それにメイヤに教わりながら作った水を元に作ったポーションですがこれが一番いい気がします。


 飲ませるのは無理なので傷口にかけるだけですね。


 では失礼して……。


『おぉ!?』


 傷口がどんどん塞がっていき出血も止まりました。


 あとはこの子狼が目を覚ましてくれれば治癒の実も食べてもらえるのですが……。


「クゥン……」


『目を覚ましたか! 我が子よ!!』


「あ、目を覚ましました!」


「よかった。これで治癒の実を食べてもらえそうです」


 僕は保管庫の中から治癒の実も取り出して子狼に食べさせます。


 そうすると子狼も起き上がってハクガの回りを歩き回るようになりました。


 何とか治療が間に合ったようですね。


 本当によかった。

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