第66話 氷室青也の内心

「足止め……と言いましたけど、結希さん、すべて倒してしまっても構いませんよね?」

「えっ……」


 強気発言に、明日斗は固まった。


(先輩ハンター四人を前に、よく言えるな)


 さすがは天才といったところか。

 その自信が羨ましい。


「まあ、ハンター法を破らない範囲でね」

「承知しました」


 頷くと同時に、動き出す。

 明日斗は入り口へ、神咲はハンターに向かった。


「――おいあれ、まさか、結希明日斗じゃねえか?」

「マジでマスターが言った通り来やがったのか……」

「見てんな、止めろ止めろ」


 至誠ギルドメンバーの四名が、明日斗に歩み寄る。

 その間に、神咲が割って入った。


「結希さんには指一本触れさせません」

「誰だテメェは、邪魔すんじゃねぇ!!」


 ハンターたちが神咲に襲いかかった。


 一応、日本にはハンター法という建前がある。

 誰かが死ぬような結果にはならないはずだ。


 明日斗は神咲の力を信じ、入り口へ。

 館川正義からもらったIDを守衛に見せる。


「結希です。館川から話は伝わっていますか?」

「あ、はいはい。聞いてますよ。こちら、結希さんのカードです。どうぞお入りください」

「ありがとう」


 謝意を告げ、もらったゲストカードでセキュリティゲートを越える。


(さすがは権力者だな)


 明日斗は館川に『テレビ番組に飛び入り参加させてくれ』と要望を伝えた。

 普通ならばあり得ない願いだが、さすがはテレビ局社長の御曹司。鶴の一声であっさり番組への参加許可が下りた。


 無論、そこには番組制作側の『渦中の人物が登場すれば、より視聴率が稼げる』という思惑もあったに違いない。


 結果、こうしてテレビ局への侵入に成功した。

 残るは本番のみ。

 用意したJOKER(カード)を切るだけだ。


「なあ明日斗。さっきの姉ちゃん、一人で大丈夫か?」

「まあ、大丈夫だろ。神咲は天才だからな」

「あー、もしかしてあれがお前の言ってた天才か?」

「……よく覚えてたな」

「一度聞いたことを忘れるような下等生物とは出来がちげぇんだよ!」

「はいはい」

「で、どの辺が天才なんだ?」

「三週間前にあった時とは、比べものにならないほど成長してただろ? あれだけ一気に成長出来るハンターは他にはいない」

「お前、それ本気で言ってんのか? それとも天然か?」

「ん? どういうことだ」

「あの姉ちゃんよりも、お前のほうがよっぽど成長してるだろ」


 それは、その通りだ。

 アミィから見れば、明日斗の成長は一瞬だ。


 だがそれは、〈リターン〉あってのもの。

 命を失わずにあれだけ成長出来る神咲のほうがすごい。


「あれが天才なら、お前はバケモンだ」

「……そう、だな」




          ○




「いくら謝っても、被害者の悲しみとか悔しさって、絶対に消えないと思いますけど、かのハンターは逃げ回ってばかり」


 カメラに向かって雄弁に語った氷室青也は心中で、作戦の成功を確信していた。


 結希明日斗の勧誘に失敗して以来、氷室は天使エリゴスの指示に従い、彼が二度と表舞台に立てぬよう各方面に働きかけを行ってきた。


 民衆は常に、猛烈なストレスを抱えている。


『そんな人間の前に、わかりやすい悪人を提示するとどうなるかわかる?』


 ――面白いほどよく燃える。


『理性的な振りをしてるけど、人間っていうのは感情的な下等生物なの。〝結希明日斗なら殴っても許される〟と思えば、死ぬまで殴るのを止めない。だから、まだまだ燃えるわよ』


 エリゴスが言った通り、結希明日斗はよく燃えた。


 その炎上ぶりは、腰の重いハンター協会さえ動かすほどだった。

 たとえ真偽不明の事案でも、対応が少しでも遅れれば、今度は協会(じぶん)が市民の標的にされるからだ。


 しかし、一度動けば制裁を加えるまでは止まることを許されない。


『どうしてかわかる? 既に結希明日斗を殴った人間にとって、彼が無実だという結論を認めると、〝無実の人間を殴った自分〟も認めなくちゃいけなくなるのよ。だから、それは絶対に認めない。自分が悪人になりたくないから、必死に協会へのバッシングを続けるわ』


『世論に圧されて動いてしまったハンター協会にはもう、結希明日斗を断罪する道しか残されていないのよ』


 これも、エリゴスの言う通りになるだろう。

 人間をコントロールする能力が恐ろしく高い。


 このような上位生命体が自分の天使で良かったと思う反面、彼女の期待を裏切った時の反動が恐ろしい。


(でも、大丈夫。ぼくはうまくやってる……)


 氷室はエリゴスが企てた作戦を、一度だって失敗したことがない。

 だから今回もすべからく上手くいく。


 そう、自分に言い聞かせながら、氷室は口を開いた。


「最低ですよ、ほんと最低! もしぼくが間違いを犯したら、逃げ回らずに、まずはみんなの前で土下座しますね」


 強い口調で言い切った時、横にいるアナウンサーの机に、ADが紙を一枚乗せた。

 それを見たアナウンサーが目を丸くした。


「速報が入りました。なんとこのスタジオに、ハウンドドッグのパーティを壊滅させた容疑者の、結希明日斗ハンターが現われました」

「――ッ!?」


 氷室は目を剥いた。

 うっかり声を上げるところだったが、なんとか歯を食いしばり耐える。


 いま結希は、卯月の下にいるはずだ。

 今日の十二時まで足止めをし、ハンターライセンスを確実に奪う作戦だったのだ。


(なのに、なんでここに!?)

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