第23話 悪夢の中へ
ボスを倒した明日斗は、熱くなった呼吸を落ち着かせる。
明日斗の短剣術は中級に上がり、ステータスも実質Cランク分のポイントが割り振られている。
それに加えて、神咲の〈大征伐〉バフもあった。
おかげでDランクダンジョンのボス『エリートリザード』に圧勝出来た。
あとはインベントリに『夢見の滴』が入っていれば、ミッション完了だ。
「おいアミィ、ここのボスからの夢見の滴ドロップ率はどれくらいだ?」
「おおっ? オイラを頼るなんて初めてだな! いいぜ、よく聞け。33%だ」
「……低いな」
「これでもいい方なんだぜ? もっとレアリティが上がると1%を切るもんもあるからな」
ゲートクリア報酬やボスドロップは、討伐に参加したハンター毎に抽選が行われる。
なので大規模ギルドがゲートやダンジョンを攻略する場合は、毎回抽選に参加出来る最大人数の十六名でパーティを組む。それが一番儲けが多くなるからだ。
さておき今回、夢見の滴を1つでも得られる確率は、二人で約55%。
確実とは言いがたい確率だ。
ノーマルモンスターとは違い、ボスモンスターはリポップにかなり時間がかかる。早ければ一日でポップするが、遅いものだと一ヶ月かかる場合もある。
(これで出なかったら、〈リターン〉でやり直すか)
明日斗が祈るように、インベントリを開く。
そこには、
「あ、あった」
夢見の滴が入っていた。
そのアイコンを見て、明日斗はやっと肩から力が抜けた。
これで目標だった未来に到達出来た。
さらに喜ばしいことに、今回の討伐で偉業も達成出来た。
>>新たな偉業を達成しました
・同ランク以上のエリート級の魔物をノーダメージで討伐する。
報酬:敏捷+15
下位ランクも含めてノーダメージ討伐なら、達成出来る者は少なくないだろう。
だが、同ランク以上となると話は別だ。
これが出来るのは、縛りプレイが好きなハンターか、高ランクのバフが貰える回避型のハンターだけだろう。
(難易度が高い偉業なだけあって、報酬も格別だな)
これで、レベル3つ分ステータスが上乗せされた。
○名前:結希 明日斗(23)
レベル:33→34 天性:アサシン
ランク:D SP:0→5
所持G:145→376
○身体能力
筋力:48 体力:35 魔力:4
精神:4 敏捷:80→95 感覚:42
○スキル
・中級短剣術Lv1(1%→8%)
・致命の一撃Lv1(0%→40%)
・回避Lv3→4(74%→5%)
・跳躍Lv3→4(94%→2%)
・記憶再生Lv2→3(87%→0%)
・看破の魔眼Lv1→2(98%→1%)
・リターンLv1(31%)
「神咲さん、夢見の滴はドロップした?」
「えっと、ドロップはどうやって確認するんですか?」
「ああ。システムにある、ショップのカートを開くとみられるよ」
「そうだったんですね……ええと……あっ、ありました!!」
ダンジョンの壁に、歓喜の声が大きく響いた。
まさか二人同時に入手していたとは思わなかった。
「運がいいな」
夢見の滴はレアアイテムではないが、最低十万円から取引されている。
(神咲が手に入れたなら、これは売ってしまっても構わないよな)
十万円あれば、ネットカフェに50日は宿泊出来る。
しばらくの間は、寝床に困ることはないだろう。
「うん……うん……わかった。これを使えばいいんだね」
明日斗が皮算用をしている間、神咲が空中を見ながら何事かをつぶやいていた。
天使と会話しているのだ。
不意に、神咲が琥珀色の液体が詰まった瓶を取り出した。
――夢見の滴だ。
「ん? 神咲さん、それは別にいま取り出さなくても――」
「じゃあ、使うね」
「えっ、ちょっと待――」
明日斗が止めるより早く、神咲が瓶の蓋を開封した。
次の瞬間、花の香りが漂い……意識が……幻に包まれた。
『おね……がい……やめ……て……』
聞こえるのはベッドのきしみ。男の荒い息。
何度も殴られたのだろう、神咲の顔が無残に腫れ上がっていた。
母親を助けるために、夢見の滴が欲しかった。
そのために、来る日も来る日もハンターに助けて欲しいと声をかけ続けた。
母の命のリミットが近づいて来た頃だった。
ようやっと協力してくれるハンターが見つかった。
これでお母さんを助けられる!
喜んだのもつかの間、強面のハンターに連れられてきたのは、狭くて汚い地下室だった。
そこから神咲は、暴力で抵抗する意思をへし折られ、尊厳が奪われ、人格を破壊された。
神咲がずっと見ていたのは、男達の肩に刻まれた、オオカミの入れ墨だった。
数時間後、ゴミのように捨てられた神咲は、その足で母のいる病院に向かった。
もう何も考えられない。
今はただ、母の顔が見たかった。
――だが。
『誠に残念ですが――』
母は既に、亡くなっていた。
顔に乗せられた白い布。
電源が切られた心電図。
ぽかんと、その場だけ時間が止まったような、ベッドの上。
ふらふらとベッドに近づき、神咲は白い布をとった。
そこには、生前と変わらぬ母の顔があった。
死んだとは思えないほど、母は安らかに眠っていた。
『――あああぁぁぁあああ!!』
それ以来、神咲は二度と笑わなくなった。
ただひたすら魔物を討伐した。
あたかも、そうすることでしか、心の痛みを鎮めることが出来ないとでもいうかのように……。
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