ナイチンゲールの日


 ~ 五月十二日(木) ナイチンゲールの日 ~

 ※男女平等だんじょびょうどう

  百パーセントそういう訳にはいかないもの




「看護師さんになってみたい……、かな?」



 ぴくん!



 クラス中の男子一同の背筋を。

 ぴくっと伸ばす発言をしたのは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 でもすまん、お前ら。

 心の底から謝っておく。


 今、お前らの頭の中に浮かんだミニスカで胸元が開いたナース服を着た秋乃の姿を。


「お前が?」

「立哉君が」

「「「おええええええええ!!!」」」


 気持ち悪いクリーチャーに変えてしまったことを。


「…………男子全員立ったまま授業を受けろ」



 女子が至る所で体を傾け。

 黒板が見づらいよとアピールする中。


 秋乃は、一人飄々と。


「看護師さんになってみたい?」

「なってみたくない」


 戦犯を自覚して、片足で立つ俺に。

 進路の押し売りを続けていた。



 いつまで経ってもやりたいことが決まらず。

 俺のために頑張ってくれるのはありがたい。


 でも。


「ファミレス店員も可愛いかも……」


 ぴくん!


 これ以上。

 彼らを苦しめるんじゃない。


「お前がか?」

「立哉君が」

「「「おええええええええ!!!」」」

「男子全員。その場でスクワット百回」


 先生にしては。

 温情に満ちた罰。


 それにいささか。

 教壇の向こうで上下運動しているようにも見えるとか。


「あいつは……」


 そんな命令の直後。

 授業は終わったんだが。


「何をほっとしとるんだ? 指示した回数終わらん奴は休み時間など無いと思え」


 休み時間返上で教室内を汗臭くさせろと。

 先生はそう言い残して去っていった。


「今、教室出てく時も上下運動しながら歩いてた気がするんだが」

「キャビンアテンダント……」

「やめねえか。みんなの悶絶する姿を少しは察しろ」

「なんで苦しんでるの?」

「全員の脳内で、エロよりオモシロが勝利した結果だな」


 そんな解説に首をひねりながらも。

 この状況を何とかしたいとわたわたする秋乃。


 やれやれ、しょうがねえな。

 ならば知恵を与えてやろう。


「全員から、希望の職業を聞いてこい」

「希望の職業?」

「そう。そしてみんなが口にした職業に、お前が『なってみたい』と答えるだけでこの症状は治まる」

「りょ……、了解?」


 理屈もまるで理解できずに。

 首をひねるばかりの秋乃が。


 俺の言葉の意図を汲んだ思春期男子。

 一人一人の元へ行く。


 希望の職業。

 この言い方がミソだ。


 秋乃にとっては、みんなが就きたい希望の職業だと思うのだろうけど。

 男子にとっては、秋乃に着せたい理想の制服。


 席を離れた秋乃に対して。

 誰もが思い思いに欲望のたけをぶつけていく。


「医者! 絶対医者! 白衣!」

「警察官!」

「携帯ショップの店員さん……」

「おお! 俺もそれいいなって思ったことある!」

「騎士! へそ出しで!」

「だったら俺は猫系の獣人族!」

「その二つは制服じゃねえだろ」

「じゃあ俺は……。高校生で」

「やめねえか現役を前にして」


 男子のバカには察しがいい女子一同が。

 呆れ顔で見るのもお構いなし。


 誰もが片っ端から好みを暴露して行ったんだが。


 どういうわけか。


 秋乃が一人ずつ相手にするたび。

 だれもが机に突っ伏して。


 そうじゃないんだと叫びながら机をたたく。


「……秋乃。ちょっとテクニカルタイムアウト」

「た、助かる……。立哉君に言われた通りにしてるんだけど、みんな余計ぐったりしちゃって……」

「ほんとに俺の指示通りか?」

「ほんとに」


 涙目になって俺を見つめる秋乃の表情から察するに。

 ほんとのことを言っているようだ。


 事情を察して辛辣な言葉を浴びせているわけじゃなさそうだな。


「じゃあ、試しだ。みんなに言ったことと同じように言ってみろ」

「うん。……立哉君の希望の職業は?」

「……カジノでカクテル配る人」

「そうなんだ。あたしもそれになってみたいかも」


 ん? なにもおかしくないな。


 でも、首を傾げたところで。

 余計な一言がちょい足しされたのだった。


「そのお仕事、立哉君にも紹介していい?」

「うはははははははははははは!!! 残酷な尾ひれのせいで台無しだ!」


 夢見心地にさせておいて。

 最後に魔界の生物召喚すんな!


 俺は、吐き気のあまり胸を掻きむしって苦しむみんなに頭を下げていたんだが。


「ねえ、立哉君……」

「これ以上はやめるんだ! もうあいつらを救えるのは、携帯内の推しの画像だけだから!」

「そ、そうじゃなくて……。一つ聞きたいんだけど」

「なに」

「昨日、パラガス君、鵜匠になりたいって言ってたけど……」

「ああ。俺が収入という名の現実を叩きつけて夢をはく奪しておいた」

「あ、それで。…………でも、ね?」


 得心顔をした直後。

 もと通りに戻る皺の寄った眉根。


「でも、なんだよ」

「うん。……巫女さんって、男性もなれるの?」

「うはははははははははははは!!!」


 せめてもの謝罪だ。

 俺は、机に突っ伏して気持ち悪さに耐えるパラガスに。


 秘蔵のミニスカ巫女さん画像を送ってやった。


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