第27話 プロの仕事

 前半、勢いに任せて喋っていた俺は空気に慣れてきたのか、少し落ち着いてスタジオ内を見回す。


 人気番組なだけに、カメラ側から見た部分はとても派手に装飾をされているが、いったん裏に回ると木材丸出しで、高校文化祭の舞台セットと大差ない。

 身長ほどあるカメラは全部で3台、映像が使用中のカメラはレンズの上の赤いランプが付くようだが、素材として使えなくなるので極力カメラ目線はしないで下さいと指示を受けていた。


 その天井の高い巨大ホールの様なスタジオには、出演者やその関係者、スタッフやディレクターといったお偉いさんも含めて、総勢50人ほどが入っている。


 俺は休憩中、軽く化粧直しをされたあと、後半の収録が開始されて再度ひな壇に上がり、後半のお題映像が流れているのを見ている所だ。


 派手な効果音やBGMと共にお題の内容が分かりやすく解説された数分の短い動画は、最後にこう語る。


『約半年前、日本を襲った大改革! それにより完全失業率はうなぎ上り? 金利と税収は低下の一途? 大富豪は国内脱出? スタジオのコメンテーターがベーシックインカムを切る! 緊急検討! ベーシックインカムで日本はいったいどうなってしまうのか!?』


 スタジオのカメラに戻ると、司会の浜本が叫ぶ。


「さぁ、コメンテーターの皆さんはベーシックインカムをどう思うのか! 意見を一斉にオープン!」


 各出演者の回答は、今すぐ辞めるべきだ、再検討しかない、このままでは崩壊、変化の兆しはあるが危険、といった感じの、否定的な回答ばかり。恐らくそう感じてる日本人は多く、回答としてはこれが正しいんだろう。


 俺は確か少し無難に、検討の余地はある、と書いたはずだったが……。

 俺の回答は、また魔人によって弄ばれていた。


『若者は頑張れ、高齢者は頑張るな』


 他のコメンテーターと比較して、意味が全く分からない。ただインパクトはある。

 これは先日、俺が元総理の大泉さんに言った内容で一番大事な部分だ。


 しかし、どこまで知ってるんだあの人は。

 ていうか、なぜあの席での会話の内容を知ってるんだ。

 今回はあとでちゃんと聞いてみよう。

 しかし今はそれどころではない。


 さっそく魔人が書き換えた俺の目立つ回答を司会が拾ってきた。


「あー今回初登場の新人、北村君? それはー、どういうことなのかなー?」

「そうや、スポンサー様には丁寧にな!」

「スパーン! スポンサー言うな! 北村が喋りにくくなるやろが!」


松田にやや激しめな突っ込みを入れる浜本を見てスタジオでは笑いが起こっている。

そしてカメラが俺の方を向いてきた。


「アハハハハハ! えー、あ、はい、そうですね。これはですね、書いてある通りなんですが、今こそ若い世代はどんどん働くべきで、このタイミングこそ世代交代のチャンスだという事を言いたいんです」


「世代交代?」


「はい、今までなぜ高齢者が権力を握ってしまったかというと、責任感が強いからだと思うんです。俺たちがこの国を良くするしかない、俺たちならそれが出来る、今までそうしてきた、と思っている。でもそれは間違いだと思ったんですよ」


「んー、それがベーシックインカムとどう関係が有るんや?」


「その高齢者達が一生懸命作ってくれたこの制度で、働かなくて良くなったと考える人が増えました。生活が保障されますから。でも一人12万、4人家族で32万の助成金がどういうことなのか、高齢者も若い人も、ちゃんと考えて欲しいなって」


「うーん、考えろ言うてもなぁ、金貰えたら働かなくなるん当たり前とちゃう?」

「えーっとそうだな、ちょっと長くなりますけどいいですか」


 浜本に話しかけてるつもりが、ボケの松田が急に答えてきた。


「んー、ええで!? おもろ無ければ使わんだけやけどな!」

「オマエは、また!」


 アハハハハハ!

 少し硬くなり始めていたスタジオ内は、そのボケとツッコミで柔らかくなった。

 そう、これは収録、俺が何を喋ったってプロの編集がきっとどうにかしてくれる。そう考えると少し気が楽になるものだ。それを思い出させてくれた司会のプロはやっぱりスゲェ。


「アハハ、がんばります! えっと……、いままで週休1日ないし2日で、汗水働いて例えば月給30万。それでやっと生活が出来てたんですよね」

「そういう人もいるやろなぁ」


「それが何もしなくても家族4人で30万貰えるようになったから働かない、ではなくて、それって仕事を減らせるってことじゃないんですかね? 半分の週3日とか」


「働かなくて良いんやから働かんやろ、それにみんなが半分も休んだら会社が困るやろ」


「んと、みんなが辞めれば会社は成立せず、社会はベーカムもろとも停止します。でも週3日の人がふたりいれば、週6日分の労働力は確保できるでしょ」


「うん? それがなんやねん」


「つまり、今働いてない人はいっぱいいるんだから、皆が少しだけ働いて労働人口が倍になれば、会社も社会も今までどおりで、それでいて少しだけ働いた全員、今までの半分の給料15万プラスベーカムの32万の合わせて47万で、皆より豊かになるって事でしょ」


「あー、なるほどなー」

「だから、若い人は少しだけでいいから働くよう頑張れって、思うんですよ」


「じゃ、老人の役割はなんや?」


「もう休んでもいいんじゃないですか? ずっと日本を背負って来てくれたんですから基本はベーカムを給料として生きる。権力の座に座らず少しだけ働いてもいいし、人によっては貯金もあるでしょうし。自動車の免許返納と同じですよ」


「うーん、難しいんとちゃうか?」


「経済や政治は若い人たちが回してベーカム資金を確保維持し、高齢者はそこに口を出さない。高齢の上司が幅を利かせていると若い世代は実際働きにくいんですよ。本当の意味でおんぶされるって事です」


「それが出来れば最高やけど、実際問題できんとちゃう? 老人かて金は欲しいやろ」


「その老人はいつまで若い世代の邪魔すれば気が済むんですか。それで国が滅びたら身もふたもないですよ、だからベーシックインカムの一人12万貰える意味をちゃんと考えて欲しいんです」


「なるほどなー」


「世の中を変えるには、制度や法律じゃなくて、国民一人一人の意識改革が必要だなって事です。高齢者は若い世代にしっかりおんぶされて、若い世代よ頑張れ!って励ますだけでいいんです。そうして1億総パートタイム労働です!」


「北村、お前凄いなー! そうなったら日本はホンマ豊かになりそうやな!」


「えー、では、ご高齢の浜本は、今日で引退ということで」

「お前もおなじやんけ! スパーン!」


 ワハハハハハ!

 バラエティなのに俺がスタジオを真面目モードにしてしまったのを一瞬で引き戻す、やっぱプロは半端ねぇ。


「さて、他のかたの意見ありますか?」


 そうして、俺が浜本と話しながらひとしきり説明すると、俺の意見に対して、他のコメンテーターがまた質問攻めにしてくる。現実問題としてそれはできない、だとか、既得権益を手放す人なんかいない、といった具合だ。


 俺は、出来る出来ないでは無く頑張ってやっていきましょう、って言ってるのに、それがなかなか伝わらないのがもどかしい。

 でも、テレビを見ている人達に少しでも伝わったらいいなぁと考える俺であった。


 その後も、いくつかのテーマで色々な意見やアイディアを交わし、番組の収録は終了した。台本も何もなく、プロに任せっきりだった気がしないでもないが、とにかく俺の初テレビ収録はようやく終わったのだった。





 俺はスタッフや出演者と挨拶をして楽屋に戻ってきたが、3時間の収録はまるで30分に感じた。


 役目は果たせたのか?

 俺はちゃんとできたのか?

 俺の部分だけ全カットとかならないだろうか?


 初めてのテレビ出演で死ぬほど緊張していたのに俺も良く舌が回ったものだ。


 内藤さんはディレクターやお偉いさんの所へ挨拶に行き、俺は楽屋の椅子でぐったりしていると、メイクの藤崎さんや工藤さん、衣装の小林さんが労ってくれた。


「北村さん、凄い良かったですよ!」

「うんうん、面白い話でした、もう全部なるほどなぁって思っちゃいましたよ!」

「衣装もメイクも完璧だし、俺達もいい仕事できました!有難うございます!」


「あ、いえ、こちらこそ、有難うございました」


「おっつかれー!」

「あ、内藤さんお疲れ様です!」


 なにやら魔人はウッキウキで帰ってきた。


「北村! ディレクター大絶賛だったぞ! 取れ高ばっちりだそうだ! いやー放送が楽しみだ」


「そう! それですよ、俺聞いてないですよ、これいつ放送ですか?」

「うん? 言ってなかったか? 来週の放送分らしいぞ。一応ニュース番組だからな、時事ネタもやるし編集期間は短いんだろ」


「大事な事はちゃんと教えてくださいよ! マネージャーなんですよね? 内藤さん!」

「お!? ソウダナー、ドウシヨウカナー、ワハハハハハハ」


 くっそ、この魔人、どこまで俺で遊ぶ気なんだ。


「そういえば内藤さん、なんで大泉さんとの会話内容しってるんですか?」

「北村君、種明かし聞いちゃうの?」


「え、だって、謎過ぎますもん、俺、内藤さんを魔人だと思ってますよ」

「ワハハハハ、魔人かー! それは当たらずとも遠からずだな!」

「なんすかそれ!」


「まぁ、近いうち説明してやるよ! 楽しみにしときな!」

「うー」


 どこまでも俺を弄るつもりだ、この魔人があぁぁ!


「そうだ! 俺の回答書き換えるの次回からは勘弁してください!」

「あー、お前のベーカムの回答な! すまんすまん、お前の回答のままじゃ無難になっちまいそうでな、つい。ワハハハハ!」


「つい、じゃないっすよ、ベーカムはまだいいけど、一番最初の奴、アレなんですか! 老害は消えろって。俺、全国のお年寄り敵に回すところでしたよ!?」


「あーそうだなー、あれかー。まぁ、でも俺はベーカムの回答しか変えてないぞ?」

「内藤さん以外誰がやるんですか!」

「ほ、ホントだって、俺はディレクターにベーカムの回答を変えてくれって言っただけだぞ?」


「本当ですか……?」


「その割にはお前上手く喋ってたじゃないか? あれならお年寄りが敵になることは無いと思うぞ、問題ない、大丈夫だ!」


「そ、そうですかね?」


「うん、大丈夫だ! まぁ、あんまし気にすんな! なんせテレビ局だ、ミスだとか、いろいろあるんだろう! うん! 終わり良ければ全て良し! アッハッハッハ!」


「えぇぇー、ホントに内藤さんじゃないんですか? 俺、大炎上して死ぬかと思いましたよ……? じゃマネージャーとしてちゃんとテレビ局に文句言っといてください!」


「よーし! それじゃ、みんな帰るぞ! 撤収だ! おつかれー!」


 う、もう俺の話なんか聞いちゃいない。


 楽屋ではそんな会話をして俺のテレビ初出演が終わったが実際の放送が怖い。

 でもやることはやった、後はプロの編集に任せるしかない!

 理香子やあいつらが見ないといいんだが。まぁ、見るだろうなぁ。


 しかし、俺の回答を書き換えたのはホントにテレビ局のミスなのか?

 あんなミスあるのか?

 本当に内藤さんじゃないとしたら一体……。


 俺を貶めようとするプロのスパイでもいるんだろうか。


 魔人は笑っていたが、一抹の不安を覚える俺であった。

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