第18話 巨大化魔法

 俺が魔人内藤に振り回され魔王西園寺に睨まれて、しなしなになってから1週間ほどが経った。


 この1週間、職場では日によって入れ違いに合うクラブのメンバーと昼食時間に雑談などをしているが、現在の彼女となった理香子も含め、俺がテレビや雑誌の紙面に出る事をまだ話せずにいる。


 そんな中、昨日作業場で仕事をしていると魔人の使いが封筒を手渡してきた。


 その中には先日撮影した大変身を遂げている俺の写真サンプルが数枚入っていた。


 帰宅後その写真を眺めながら俺は覚悟を決めて打ち明けることを決意して、明日伝えたいことが有るから空けておいてほしいと理香子へ連絡しておいた。



 そういう訳で、まぁ、今日はデートだ。



 今日はサイテリジェンスへの出勤も無い。

 俺は手持ちの服の中で少しキマった格好をし、リュックに写真を入れて出発して待ち合わせ場所である普通の喫茶店で、ちょっと遅刻している理香子を待っている。


「弘樹君、遅れてごめんなさい!」


 少し息を切らして店内で駆け寄る理香子。俺は女優かアイドルの様に可愛くおしゃれな格好をしてきた彼女に少し照れながら話しかける。


「どうする? ここで少し休んでいく?それとももう行く?」

「うん、遅くなっちゃったしこのまま出発しよう! 早くペンギン見たい!」


 ペンギンが見たいという理香子のリクエストに応え、今日は池袋の水族館に行くことにしていた。まぁ、ベタなコースだが本人の希望だ。その後適当に夜飯でも食いに行って、その時に打ち明けようと思っている。


「よし、じゃあ早速クジラ見に行くか!」

「もう! 池袋にクジラは居ないよ!」


 俺のわざとらしいボケに、素で突っ込んでくれる理香子はやっぱし可愛い。


 地元の駅から電車で10分少々。

 俺たちは池袋に付くが、お昼が近いので水族館は午後ということになり、その辺のイタリアンで軽めのパスタを食べた後、店を出て腕を組みながら歩いていると突然どこからともなく声がかかった。


「北村! こんなとこで何してんだ? お、彼女か?」

「う! この声は……」


出た!魔人。俺が池袋に居たら変なのかよ!

ていうか、この人は何でこの人だらけの中で出会えるんだ。


「な、内藤さんお疲れさまです。そうです、彼女の理香子です」

「初めまして!」

「なんだ、お前彼女いたのか! デート中だったか? 悪い悪い、ワハハハハ」


 よりによって。ていうか、なんつー偶然だよ。

 ベーシックインカムでこの超人出の中、あり得ない確率にもかかわらず突如魔人がエンカウントしてきた。これも魔人たるパワーの代物なのだろうか。


「弘樹君、こちらの方は?」

「私はこういう者です!」


 俺が答える間もなく、いつも通りバシッと決めたスーツから、手品師の様に一瞬で名刺を取り出して瞬時に差し出す。あの名刺は多分スーツの内側で魔力を使ってリアルタイム製造されているに違いない。


 名詞を見た理香子は俺と同じように、すぐさま自分の職場のずっと上の上司であることに気が付いた。


「うわ! えっと、お疲れ様です! 北村君と同じ検品部で働かせていただいている小鳥遊です、お世話になっています!」


 すると、ただでさえデカい内藤さんが身長差40cmは有ろうかという理香子の顔へぐぐっと近づき、自分のあごに手を当てて理香子の顔の奥を眺める。


「え!? いや、えっと、なんでしょう……」

「ふむ。北村君の彼女か」

「いや、内藤さんなにしてんすか!」

「どんな子かなって思ってね、いや失敬失敬、ワハハハハ」


 俺がテレビ出演の話を打ち明けようとしていた矢先、よりにもよってこの人と出会うとは。俺も運があるんだか無いんだか。

 いや俺がどうこうではなく、恐らくこの人の魔力としか考えられない。


「休日に二人でここにいるって事は、プラネタリウムか水族館か?」


 何を言う魔人め!

 休日に池袋に来る奴が全員そうとは限らんだろ!

 ピンポイントに俺たちの行動を読んでくるのがガチで恐ろしい。


「はい、この後水族館に行こうと思って、今ご飯食べてたところです」

「そうか、ふーむ、水族館か……」

「ペンギン見に行きたいって思って」


 理香子は嬉しそうにそう答えると、内藤さんは空を見ながらニヤリと笑い始めた。

 あ、これヤバイかもしれない。


「そうか。水族館も良いんだが、せっかくの縁だ、この後俺も面白いところに行くんでちょっとついてこないか? 水族館はそのあと行くといい、なぁに二人の邪魔をするような野暮な事はしないさ、どうだい?」


「え? ど、どうしよう北村君」


ぐぉ!

俺に振ったらだめだ理香子!

理香子が断ってくれれば済む話だ、俺に振られたら断れるはずがないだろ!

と思うが後の祭りである。


「ど、どちらに行かれるんですか?」

「うん? 同じところだよ、俺も水族館のあるビルに用があってな」

「どうする? 理香子……」

「私はそれでもいいけど」

「よし、決定! じゃあ、二人ともついてこい! ワハハハ」


 う、なんだか嫌な予感が。


 そうして少し歩き高層ビルの入り口に付くと正面の水族館入り口へは向かわず、裏口の関係者意外立ち入り禁止の場所へと入り、入り口の看守には名前を書くわけでもなく当然の様に顔パスで素通りし、俺たちの方へ親指を向け看守へ見せると、看守はにこやかに軽く会釈をしてきた。


 通路は表の商業施設とは違い質素なクリーム色の廊下で、内藤さんは相変わらずズカズカと進みそのままエレベーターへ乗り込む。


「これからどちらへいかれるんですか?」


 やはり魔人の謎の行動に不安を感じたんだろうか、理香子が質問をする。


「まぁ、行けばわかるって、今から少し打ち合わせなんだが、絶対面白いから!」

「はぁ……」


 恐ろしい速度で上昇するエレベーターは耳の中の気圧変化を起こし、ツーンとするくらい上昇してから、チーンという音とともにドアが開き、良くあるオフィスのフロアに付く。俺たちはそのまま内藤さんについていくと、一番奥にある部屋に入った。


「ああ、内藤さん、お疲れ様です!」

「お疲れ様です、内藤さん」

「内藤さんおかえりなさい」


「おまたせ! ごくろうさん!」


 誰とも知らない、どこの社員ともわからない沢山の人が次々に挨拶してくる。

 俺たちは不安になりながらも、会釈をしながらただただ付いていく。


 この人はどんだけ顔が広いんだ……。


 その室内にデスクやテーブルは無く、だだっ広い床が広がる部屋にホワイトボードだけが置いてあり、見知らぬ社員が数人突っ立って談笑していた。

 そこにボーっと立ちながら二人でキョロキョロしていると、痩せ気味で頭部に哀愁が漂うおじさんが一人近づいてきた。


「内藤さんお帰りなさい。今持って来させているのでもう少しお待ちください」


 内藤さんは俺たちを紹介するわけでもなく会話を進める。


「うん、ありがとうございます、いやーしかし池袋は凄いね、お店聞いといてよかった、あんなに店があっちゃ何食べるか困るところだったよ」

「あはは、そうですよね、それであのお店はどうでした」

「うん、とても美味しかったよ! ありがとう!」


 その会話を耳にして、俺は少し察した。


 内藤さんはここで仕事をしていたが、お昼休みに街へ出てご飯を食べ、その帰りに俺たちとばったり会ったって所だろう。てことはここは職場という事になる。

 となると俺も社員としてふるまった方がよさそうだ。

 しかし、ただの作業員である理香子にも伝えるべきだろうか。


 そんなことを考えながら他愛もない雑談を聞いていると、そのおじさんが俺の方をチラチラ見てくる。


「ああ、そうだった、改めて紹介します。こちらが例の北村君とその彼女さんだ。帰りに表で偶然会ってね!」


 おじさんや他の人は、内藤さんが俺たちを紹介するのを待っていたようだ。


「初めまして。池袋サンライト・ビルマネジメントの飯島です」


 そういって飯島さんは名刺を差し出す。


「初めまして。すみません、内藤さんとは先ほど偶然会いまして、今日はオフだったので私服な上、名刺も持ち合わせが無くて……」


「いいえ結構ですよ、それにしても池袋の人込みで偶然会うとは凄いですね」


 やはり理香子は全く理解できずにいる。

 俺と内藤さんの関係も分からず、ここで何をするのかもわからず、ペンギンを見ることも忘れ、恐らく頭上にはてなマークが沢山ぐるぐる回っているであろうにも関わらず、ニコニコ笑顔で待機モードといった感じだ。


「失礼します」


 突然声がすると奥の大きいドアから、細く丸まった巨大な絨毯のような物を20人近い人間がしんどそうに抱えてゾロゾロと入ってきた。


「ああ、やっと来ましたね。内藤さん、下でお見せ出来ればよかったんですが、おろすのも大変で。この部屋で全部は広げられないんですが申し訳ない。とりあえず印刷の具合など見ていただければと思います」


「ありがとうございます、よろしくお願いします」


 突如、大人数で絨毯な様なものを、だだっぴろい室内に広げ始めた。

 幅は7mほど。広げた長さは部屋いっぱい10m以上に広げた時点で、部屋の壁に当たってしまい、全部は広がらなかった。


 するとそこには見たこともないサイズに拡大された俺が現れた。

 顔だけで2メートルはあるだろうか……。


「えええ!? なにこれ! 弘樹君!?」


 当然、理香子があり得ないレベルで驚く。


「うぉ!? いや! これちょっと! えええ!? 何ですかこれ?」


 俺も当然驚く。


「ワハハハ、驚いただろ北村! この高層ビルに吊るされる、うちの会社の宣伝用垂れ幕の小さいほうだ!」

「弘樹君、これって一体……!?」


「あ、ああ、えっと、えー、理香子、これは、えっと、ううう、えっとだな……」

「うん? 何だ北村。もしかしてまだ彼女に言ってないのか?」


 俺たちがパニックになっていると、飯島さんが丸まった大きな用紙を持ってきた。


「内藤さん、今お見せしているのがビルの裏に使う小さい方で、こちらが正面の外観予想図です、製作中ですが正面の方も同じ素材になる予定です」


「ほら、お前らこれ見て見ろ! ウヒヒヒヒ」


 そういって、内藤さんは俺たちにそれを広げて見せてくる。


『明日の日本を作るのは誰だ……』

『時代の最先端を切り開く 株式会社サイテック』


 飯島さんが持ってきたA3サイズの用紙には、そんなキャッチフレーズと共に、スーツ姿でポケットに手を突っ込み、はるか遠くを眺めながら死ぬほど格好つけたポーズをした、一流サラリーマンの様な芸能人版の俺が、幅12メートル高さ30メートルの垂れ幕となって、巨大ビルの最も目立つ外壁を覆っている予想図だった。


「!?」

「え?? これ弘樹君だよね?」

「うん? そうだよ? 聞いてなかったみたいだけど驚いた?」


 内藤さんは、いたずらが成功した時の子供の様な顔をしながら彼女の耳元に向かって話を続ける。


「彼女さん、ここだけの話だけどね、この垂れ幕飾るのに3000万くらいかかってるんだ! まぁ、詳しい話は北村から聞くといいさ。ここに連れてきたのは二人にこれを見せたかったんだよ、ニシシシシ」


 ぐおおおおお、なんじゃこりゃああああ!

 ビルの看板になるとは聞いていたが、こんな規模なのかよ!


「あ、う、えっと、理香子、さん、えっと、こ、こ、これは……ですね」


「あっはっはっは、お前らもうペンギン見に行っていいぞ! 俺はその顔が見れただけで満足だ! あっはっはっは」


 内藤さんはポケットに両手を突っ込んで高笑いをしている。

 その傍ら、一瞬でぐったりしてしまった俺はため息の様な返事を返す。


「はぁ、は、はい……」


 理香子は俺の手を握り笑顔のまま硬直してしまっている。

 俺は今までの流れで慣れたのか、ギクシャクした体のままでもなんとか動ける。

 そうして理香子を連れて帰ろうとすると飯島さんが声をかけてきた。


「北村さん、この後うちの水族館のペンギンを見ていただけるんでしたら、少々待っていていただけませんか、渡したい物が有るので」


「はい、わかりました……」


 すると飯島さんは他の社員に何やら話に行く。

 内藤さんも床に敷かれた巨大広告の材質や印刷具合をチェックしに行った。


 俺たちが固まっているとその場に居た社員が挨拶すべく集まりだし、女子社員にサインを求められたりもするが、まだ出来ていないと断ったり、理香子を可愛い彼女さんですねと褒められたりしながら、取り繕いつつ話を合わせて少し談笑をしていた。


 その間、理香子はエレベーターガールの様に笑顔のまま完全に固まり続けていたのは言うまでもない。そうして暫くすると飯島さんが何かを持って来た。


「北村さん、こちら、よろしければ使ってください。本日使える水族館の関係者用バックヤードパスになります、入り口で見せれば案内係が付くはずなので、是非お二人で楽しんでください」


「ありがとうございます」


俺は見た目だけシャキっとさせながらバックヤードパスを受け取る。


「内藤さん、ありがとうございました。では、私たちはこれで……」

「おう! 楽しんで来いよー」


 振り向きもせず返事をする内藤さんを後にして、笑顔のまま固まってロボットのようにカクカク歩く理香子を後押ししながらエレベーターへ向かった。


 今晩、写真を見せて打ち明けるはずだった事が、あの魔人によって凄い形でばらされてしまった。俺が巨大化魔法を食らったようなあの垂れ幕をいきなり見せられたのは完全に予想外である。


 ううう、このあと、理香子になんて説明しよう……。


 エレベーターの中で俺の手を握って固まって離さない理香子は、その後もまだしばらく笑顔のまま固まっていた。

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