第16話 パペットマン

「お早うございます」

「おお、来たか」


 翌日。

 昨日堀川さんの事務所で、内藤さんに突然言い渡されたテレビ出演。その準備とやらのために、今日は内藤さんが代表を務めている、サイテリジェンスへ出社した。


 検品作業をしていたサイテックは、給料が月給60万円になった時に、バイトから正社員になってしまった訳だが、同時にこちらの会社へも正社員として就職した形になっている。


 このサイテリジェンスという会社は、親会社であるサイテックの、企画開発や広報を専門的に取り仕切っている会社で、内藤さんが社長の会社である。

 既に数度足を運んだ事はあるのだが、色々とすさまじい内藤さんが、やりたい放題のこの会社は、やはり色々とすさまじい会社だった。


「じゃぁ、すこしそこで待っててくれ」


 そういうとまだ俺のデスクが無いオフィスへ残しどこかへ行ってしまった。

 まだ慣れてないせいか居心地が悪く、きょろきょろと辺りを見回すが、やはり社内も色々すさまじい。


 他の社員が仕事をするデスクが20席分くらいある広いフロアだ。

 しかし、一番奥の内藤さんが座るであろう社長デスクの奥の壁には、なぜか『任侠』と書かれたデカい木製プレートが飾ってある。


 他の壁にもこれみよがしと意味不明な現代アートが並んでいて、ガラス張りの向こうにある会議室には、なぜか、とんでもない価格と予想できるライオンの全身はく製が置いてあったりと、色々カオスなオフィスになっている。


 時間は9時ちょっと。完全フレックスで10時以降の出社が当たり前のこの会社。

 まだ出社している社員がほぼいない状態。

 俺は、広いオフィスでポツンと待つこと数分、すると奥の廊下からすさまじい笑い声とともに、内藤さんが数人の社員を連れて、ぞろぞろと戻ってきた。


「お待たせ! よし北村、オシャレしようぜ!」


 そういうと、連れてきた周りの人の紹介を始めた。


「こいつは藤崎、メイク係だ。それとこっちが小林、衣装とか考えてくれるコーディネーターで、こいつが須藤。ヘアデザイナだ。それと、こいつがカメラマンの山口で、最後にアシスタントの森川だ」


「よ、よろしくお願いします……」


「パシリでもなんでも、何かお願いするときは森川に言ってくれ。こき使って構わんからな!」


「北村さん、森川です。よろしくお願いします、何でも言ってください」

「こちらこそよろしくお願いします」


「内藤さん、これはいったい……」

「よし! じゃあ、何から始めるか?」


俺の話なんか聞いてない。俺の不安なんか一切気にしていない。


「じゃあ、まずは衣装から決めましょうか」


 小林さんがそういうと、全員でゾロゾロと衣装室へ向かって歩き出した。

 俺はこれから、この人たちと内藤さんに、着せ替え人形か操り人形の様な、おもちゃにされることを覚悟し、ただただついていく。


 それから数時間かけて、俺の衣装を選び、髪型を整え、化粧をされた。

 なんでこんなことをされているのか、全くわからないまま、ただひたすらにいじり倒され、死ぬほど疲れた。


「おーいいじゃないか! 森川お前どう思う?」

「はい、超かっこいいっす、イケメンっすよ北村さん!」


 全身鏡を見ると、かっちょええスーツを身にまとい、今ハヤリの髪型と、バシッとメイクをされた俺は、なんというか、別人になっていた。


「こ、これ誰ですか。というか、なんでこんなことしてるんですか?」


 俺は全く意味も分からずただ人形の様にいじられ、気が付けば別人になっていた。


「ん? 決まってるだろ、番宣用ポスターとか会社パンフレットに使う写真とか、お前のプロモーション用の素材を作るんだよ、お前なんだと思ってたんだ?」


「へ? 番宣? パンフ? プロモーション?」


「そりゃそうだろ、お前はうちの会社の看板になってタレントとしてこれからテレビ番組に出演するんだからな。というか、お前、ちゃんとしたら結構イケメンじゃないか。これなら予想以上だわ、イケるぞ! アッハッハッハ」


 なにがどうイケるのか、だれがどこへイケるのか、何一つ全然わからないまま、トントン拍子に話が進んでいく。俺だけが何も把握できずに置いていかれてる。

 というより、どっちかっていうと引きずり回されている感が否めない。

 内藤さんは俺をいじって楽しんでいるようだ。


 しかも俺だけのためにプロのスタッフを5人も用意した結果、粘土づくりの人形のように、俺を全くの別人に作り替えた。


 自分を鏡で見ると、俺は見るからに芸能人的オーラを醸し、ビシッと決めた高級スーツに完璧なネクタイ、ぴかぴかのとんがり靴を履き、腕には見たことも無い高級腕時計を装備し、メイクはこれでもかという鼻立てを塗られ、ざらついた肌は工作用パテでも使ったかのように完璧な仕上がりになっている。

 こんなに変わるもんなのか。

 でも内藤さんのセンスじゃなくてよかった……。


 俺って結構イケメンだったんか……初めて知った。


「よーし、こっからは俺の出番だな!」


 メイクやコーディネート中に、光の加減が、反射が、映り具合が、あーだから、こーだからと、色々口出ししていた、カメラマンの山口さんが言ったが、それを遮るように、内藤さんが言う。


「あーいや、その前に腹が減った。山口、撮影は午後にしよう。とりあえず、全員で飯食いに行こう!」


 俺の特殊メイクの様な大改造に数時間かかった結果、もう昼も過ぎようとしている時間だったので、内藤さんが食事に行こうと言い出した。


「北村、何喰いたい? なんでもいいぞ、全部経費だからな、ワハハハ」

「あ、えっと、じゃ、蕎麦とかで」

「ん? そうか分かった、じゃ、鰻屋に行こう!」


 何が分かったんだろうか。何が、じゃ、だ。

 俺の希望なんかどうでもいいなら、最初から聞くな魔人め。

 そうして俺たちはゾロゾロと7人でうなぎ屋へ向かう。





 ど派手な内藤さんと、やたら決めまくってる俺が先頭を歩き、後ろにカメラマンやアシスタントを含み5人がゾロゾロと付いてくるという、どうみても芸能人の昼飯大名行列のようになっていて、その光景に通行人が振り返って見てくる。


「なんかの撮影?」

「あの人恰好良くない? 俳優さん? モデルかな?」

「あのデカいのはたぶん、プロデューサーだろ!」

「格闘選手かなんかじゃね?」


 町の人たちのうわさ声が、聞こえてくるようだ。とにかく目立っている。

 お昼過ぎのオフィス街、そこにこの集団だ。それに内藤さんはいるだけで目立つ。

 そこに、俺も含まれている。


 この現実感の無さたるや。でも、すこしきもちいい。


 うなぎ屋では全員が3500円くらいするうな重を平らげ、幸せな気分になって会社へ戻る。食後の休憩中も、アシスタントの森川君は、お茶を持ってきたり、何かと気を使ってくれる。ちょっと王様になった気分だった。





「いいよー、かっこいいっすよ!」


 この会社、社内に撮影スタジオなんかあるのね。

 まぁ、サイテックは国内でも大きい方の会社だし、俺はそこの検品工場しかみてなかったからいまいち規模を把握してなかったけど、その大会社の広報を一手に引き受けてる会社だし、テレビCM作ったり、広告作ったりしてるんだろう。

 だったら、この位はあたりまえなのか。


「あーもうすこし、うえ向いてかっこつけてください」


 かっこつけろって言われてもなぁ……。


「お!! いいっす! そのまま! カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ」


 どんだけとんねん!


 もうこの世界は俺にとって既に異世界なんだから、どうにでもなれって気分で言われるがままポーズを取っている。


「わははは、どうだ北村、気持ちよくなって来ないか?」

「あ、あはははは、ま、まぁ、そうっすね……」


 森川君を召使いに、映画監督が座る様な王座に腰かけ、俺をニヤニヤ眺めている魔人が放つ言葉には、否定もできず苦笑いをしながらも、必死にかっこつける俺。


 撮影には数時間かかった。

 背景や小道具を変え、あらゆる角度で隅々まで撮影された。

 最後の方は俺もノリノリになってきて、ふざけたポーズを取ったりもしていた。

 時々内藤さんの指示が入ったり、メイクの直しが入ったりと、それは、まさに芸能人の撮影だった。


「ふぅ~~~」

「お疲れ様です北村さん。はいこれ、スポーツドリンクです」


 アシスタントの森川君が、気を使ってくれる。


「どうだった、北村。面白いだろ」

「ハ、ハハハ、まぁそうですね、なんか仕事したって感じがします」


 俺は疲労とともに心地よい充実感を得ていた。


「で、これ、結局なんなんですか? どこに使う写真なんでしょう」

「言ってなかったか? 女性誌や芸能誌、看板や広告に使う写真撮影だぞ?」

「え……、広告って?」


「そうだな、電車の中吊りとか色々な雑誌の裏表紙とか、会社のパンフレットにも使うし、ビルの巨大広告にもなるな」


「う……それって、日本中に俺の顔が知れ渡るって事じゃ……」

「お前、何言ってんだ今更、当たり前だろ、お前テレビ出演するんだぞ?」


「いえ、テレビ見ない人にも知れ渡るってことでは……」

「ん? そうだぞ、何か問題が有るか?」

「え、いや……」


「だから言ったじゃないか、お前はうちの会社の看板になるって」

「はい……」


 もう、何が起きてるのかよくわからない。


 テレビに出るのが怖いとか、そういう次元じゃない事になっている事だけは分かった。怖いを通り越して、パニックを通り越して、放心状態に近い。

 もう、驚くのも疲れた。思考停止してしまっている。


 あまりに急な出来事で、それがあまりにとんとん拍子に進み、理香子や友達にも話していないのに、すさまじい事になっているが、全く実感がわかない。

 この後、俺はたぶん、どんどん祭り上げられて、有名人になって行く事が確定しているという事だ。でもそれがどういうことなのか理解していない。


 そして、そこで何をしたらいいのか全く分からないでいる。

 内藤さんは、プロに任せておけ、俺に任せておけば大丈夫、と言っていたが。

 この先俺はいったいどうなってしまうんだろう。


「よし!撮影終了!お疲れ!」


 撮影素材を確認し終えた内藤さんが、全員に聞こえる声でその場を閉めた。


「おつかれさまー!」

「おつかれさまですー」

「北村さん、お疲れさまでした!」


 朝9時に会社に来てから、あっという間の出来事だった。

 体感時間は2時間くらいだろうか?

 なんだかんだ目まぐるしく一日が過ぎもう5時を回ったところだ。


 森川君は、唯一の癒し的存在だったなぁ。


「よし、片付けして撤収だ! そのあと飲み会来れる奴いるか?」


 そうか、この後機材の撤収やメイクや衣装を戻すのがあるのか。

 初めての事ばかりなので、何をしていいかもわからず、オロオロしていると内藤さんが声をかけてきた。


「お疲れ! お前はそこで座って待ってろ」


 内藤さんは俺に近寄ってきて、ニヤニヤしながら俺の事を労ってくれた。


「は、はい。お疲れさまでした」


 そうして俺は、みんなが片づけをしているのを座って眺めていた。

 1時間くらいでスタジオの撤収が終わり、衣装やメイクを取ると思っていたのだが、内藤さんは突然号令をかけた。


「よし! じゃー、出発!」

「え?」


「うん? みんなで打ち上げ行くぞ、お前も来い」

「い、いや、衣装とかメイクはどうするんですか?」

「そのまま来い!」


「え、服とか靴とかは?」

「そりゃ別にレンタルって訳じゃない、会社の備品だから明日まで貸しといてやる、明日は先にこっちの会社に来てから作業場に行け、堀川にはもう話はついてるから心配すんな!」


どうして先に話してくれないんだろうこの人は。ああ、魔人だからか。


「この後、新宿で飲み会をするんだがな、そこでお前を合わせたい奴がいるんだ。だからそのままの格好でいいぞ!ワハハハハ」


「はぁ、分かりました」


 そうして、俺はぐったりしているにも関わらず、だれが見ても一般人では無い様相のまま、スタッフらとともに夜の街へ移動するのだった。

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