第1章 英知の結実(7)

7

 リチャード・マグリノフはこう言った。


「この国には、これまでに認識されていない新種の素粒子が存在している。どうしてここにあるのか真の理由は謎だが、実際に存在しているのは事実なのだ――」

 

 ――私は長きにわたり4大素粒子のことを研究してきたのだが、実は、この世界にはその4大素粒子では説明のつかないことがある。

 例えば、文明。例えば、知能。またあるいは、精神ともいえるか。

 人類が現在のように言葉を操り、道具を使い、理論や理念、野望や欲などありとあらゆる感情を持つことは、4大素粒子のみでは説明がつかない。

 現に、四聖竜は単純な目的、つまり、「食欲」というものに対してのみ興味を持ち、その他さまざまな「感情」というものには固執しない傾向がある。さすがに原初からの存在故、知能は非常に高く、経験も豊富であり、ある程度人類の思惑というものについて考えることは可能であろうから、われわれ人類との契約も可能となった。  

 しかしながら、根本にあるのは、まさしく「食欲」のみであり、崇高な理念や理想などというものは皆無なのだ。

 そのように考えたとき、一つの仮説にたどり着いた。

――「第5の素粒子」が存在するのではないか――――。

 私は、世界を渡り歩いた。新種の素粒子がどこかに存在するはずだと。そうしてここへたどり着いたのだ。

 その素粒子は東の果て、この国に存在していた。私はここでついに見つけたのだ。世界の中で一番初めに太陽の光を浴びるこの地にのみ存在する、第5の素粒子、『光』の素粒子を――。

 この素粒子は非常に稀有であるが故、顕現に至らなかった。そして、これも仮説であるが、太陽が昇るときに最大の素粒子を発生させて、その後生成される素粒子量は多くはないのではないかと。そしてそのそう多くはない素粒子は、あらゆる生命体、主に人類に吸収されすぐに消費されるのであろう。それは、人類の高度な知性と相まって、様々な「感情」となって精神をかたどる。故に、原初より長きにわたった今もなお、四聖竜のような顕現を生み出さず、人類の精神へと形を変えていると思われる。

 こう考えた結果、一つの結論にたどり着いた。

『光』があれば、その逆、『闇』もあるのではと。

 そうして、ある事を思い出し合点がいったのだ、われわれエルフ族などいわゆる亜人種族の国ウィアトリクセン、はるか西の国、日が没する国に存在するある鉱物のことを。

 その鉱物はきわめて珍しい特性を持っていた。「光を通さない」のだ。あれこそが『闇』の素粒子の顕現なのではないか――。


「――そこで相談であるが……、この話は外に漏れぬよう願いたい。ウィアトリクセンからその鉱物を取り寄せ、この国で対四聖竜兵器の研究を進めたいのだ。それが完成した暁には、この世界に真なる安寧が実現できるやもしれぬ――」


――――――

 

 最初のドラゴンズ・プレッジ聖竜との契約が聖竜歴1240年7の月で、4大保有国の誕生はその1年半ほど後の1241年末ごろのことだった。

 リチャード・マグリノフが現れたのは聖竜歴1242年8の月だ。

 現在は聖竜歴1243年8の月だから、研究が始まってから約1年が経つ。


「ゲラートよ、我はあやつリチャード・マグリノフのではないだろうかと、日々感じておるところだ……」

メイシュトリンド王国国王カールス・デ・メイシュはそう漏らした。


「陛下、その件についてはあまりご自身を責められませぬよう。幸い我が国はドラゴンズ・プレッジ聖竜との契約を持たない国、4大保有国の誕生以降は、たしかに、保有国どもの顔色を窺わねばならないところはありますが、『聖竜の晩餐』の対象にはなりませぬ。国力も徐々に回復いたしておりまする。あやつリチャード・マグリノフについては、万が一の保険とお思いになればよろしいかと……」

 ゲラートと呼ばれたこの若い傑物は、その頭脳、洞察力、決断力において、まさしく王国執政の責務を完璧にこなしている。国王カールスとこの国が今もなお健在なのはこの男の手腕によるものと言って過言ではない。

 カールスはそれ程老いてはいないが、もうすぐ、60歳というところだ。いろいろと後ろ向きになる時期でもある。

 最近はめっぽう弱気におなりになったと、ゲラートも感じてはいるが、この御仁の長所はそれを置いても余りあるものであった。

 圧倒的包容力である。

 いわゆる、「親分肌」というやつだ。

 彼を頼っていろんな人物がこの国を訪れるが、リチャード・マグリノフも実はその類だろうと踏んでいる。

 『光』の素粒子がこの国でしか発見できなかった? そんなわけがあるまい。

 第一、この世界は球体をしており、東の果ては西の果てとつながっていることは300年以上も前に明らかになっているのだ。

 おそらく、カールス陛下の人格をどこかで聞き及んで、研究できる環境を求めたがための口実であろう。

 

 それでも万一その兵器とやらを他国で完成させられるよりは余程いい。


 ゲラートはそのように考えているのだった――。

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