第54話 女神様 最敬礼する

「ベスちゃん、食べへんの? お腹痛いん?」

 ゲームで仲良くなった隣の男の子が心配して声をかけてくれる。

「ううん、みんなが美味しそうに食べてるのが嬉しかったの。今から食べるわよ」

 男の子の頭を撫でながら答えると、彼は少しはにかみながらニッコリ笑った。


 では和風カレーを頂きましょう。

 スパイスの香りが鼻腔をくすぐる。だがその中に別の香りが存在している。

 いや、まさかね。

「ぱくっ、うひゃあ~」

 これはお出汁、間違いなく出汁の味がする。見た目は完全にカレーだが、これが和風の意味なのか。そして子供向けに辛さをかなり抑えてあった。

 出汁の効果で旨味たっぷりだ。喫茶店のカレーとは全く違うがこれは絶品である。流石はトヨちゃん。


「ぼく、レンコンとかごぼうの煮物って好きやないけど、カレーに入ってるのはめっちゃ美味しい。こんなん初めてや」

 隣の男の子が穴の開いた野菜をパクパクと食べている。

「私も人参嫌いやけどこの人参美味しい。あの変な匂いがせえへんもん」

 向かいの女の子は苦手な人参が食べられて嬉しそうだ。


「なあ、このサラダ食べてみ。ドレッシングがめっちゃ美味いで」

 斜め向かいに座る男の子は、野菜サラダを口一杯に頬張っていた。

 子供は野菜が苦手だと聞いている。トヨちゃんの料理テクニックの高さを見せつけられた。お世辞など言わない子供たちの大絶賛がその証だ。


 私も初めましての野菜を食べてみる。まずは穴の開いた野菜だ。噛むほどに出汁の風味が広がってゆく。何よりこのシャクシャクとした食感が楽しい。

 そして木の根のような野菜は、柔らかさの中に適度な歯ごたえがある。繊維質を感じるし、本当に木の根だったりして。

 上にトッピングしてある鮮やかな緑の野菜は、内側が白く種もある。これまた独特の食感、滑らかなゼリーを内側に含むが如くトロっとしていた。実に面白い。


「みんな、今日はデザートもあるわよ。全部食べ終わった子は取りに来てね」

 さくらさんの明るい声が響く。歓声が上がり、我先にとカレーを食べている。

 私は子供たちより後から食べ始めたのに、あっと言う間に追い抜き完食していた。心配して声をかけてくれた彼は私の食べっぷりに目を丸くしている。


 食べ終わった子供たちは並んでデザートを受け取っている。今日のデザートはプリンだ。子供から大人までプリンが嫌いな人などいないだろう。みんな大喜びで満面の笑みを浮かべていた。


「みんな残さずに綺麗に食べたわね。では手を合わせて下さい。ご馳走さまでした」

「ごちそうさまでした」

「それともう一つ。今日の美味しいカレーを作ってくれたトヨちゃんとみんなと遊んでくれた、ベスちゃん、アンナちゃんにありがとうを言いましょう。ありがとうございました」

「ありがとうございました」

 思いがけないサプライズ。お世話になったのはこちらの方なのに、感謝の言葉を頂けるなんて。鼻の奥がジーンとし、涙腺が緩んだ。


 後片付けの間、小さな子供たちと話をする。迎えのない小学生以下の子はスタッフが手分けして家まで送り届ける。私も一緒に行きたかったが、理事長さんから声が掛かったので断念した。


 別れ際、みんなにまたハグ攻撃をする。そして方向別にグループ分けが終わった所で、何人かの子供が私の所に駆け寄ってきた。

「ベスちゃん、また遊びに来てくれる? またギュッとしてくれる?」

 つぶらな瞳で真っ直ぐに見つめてくる。

「勿論よ。必ずまた遊びに来るから。その時は今日より一杯ギュッとしちゃうぞ」

 子供たちは安心したように笑顔を浮かべ、バイバイと手を振った。


「女神様、民との約束は守らないといけませんよ」

 アンナは目に涙を浮かべている。

「任せなさい。女神に二言はないわ」

 日本を訪れてから多くの思い出が出来たが、今日の思い出は一際輝いている。

 この思い出を胸に頑張ろう。まだ先は見えないが、やれることをやるだけだ。




 私達は理事長さんの許に向かった。

「皆さんお疲れさまでした。今日は本当に有難うございます」

「御礼を言うのはこちらの方です。素晴らしい経験をさせて頂きました。また必ず伺いますので、よろしくお願いします」

 私は神生じんせいで一番深く頭を下げた。


「勿論大歓迎です。ベスちゃんにはこの仕事の才能がありますね。ここには家庭に問題を抱えた子もいるんですが、そういう子供はスキンシップに飢えています。とは言え大人に対して警戒心も強いですから、関係性を築くのに苦労するものなのです」

 確かにそんな環境で育てば複雑な心境になるだろう。

「ですがベスちゃんはあっと言う間に垣根を取り払いました。その姿は慈愛に満ち神々しさすら感じました。まさか全員神様じゃないですよね」


「そんな大袈裟ですよ。私は頭の中がお子様のままだって周りから揶揄われるくらいなので、みんなと波長が合ったのでしょう」

 身に余る称賛だが今は身分を伏せて置こう。

「それで、何かヒントは見つかりましたか?」

「残念ながらまだ見つかっていませんが、子供たちの笑顔を守る大切さを再認識しました。精一杯頑張ろうと思います」

「ええ、皆さんには期待しています」

 その後しばらく理事長と話をし、ホテルに帰った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る