第7話 女神様 予行演習をする

 自らの定位置である炉の前に帰って来た。

 その表情と足取りの軽さから交渉成功を察したソフィアが声を掛けてくる。

「ヘスティアー様、どうやら成功したようですね。こちらも準備完了です。旅行中の炉の管理は巫女とニュムペーで手分けして行うようバッチリ段取りしました」


 ソフィアは呼称を女神様からヘスティアー様に変更していた。私がソフィアと呼ぶの承諾したとは言え勘違いも甚だしい。距離の測り方を明らかに間違えている。

「ご苦労様。そうそう、旅行の服はどうしましょう。流石にこんな神々しいローブ姿じゃマズいわよね。とは言え外出しないからローブしか持って無いのよね」

 呼び方が引っ掛かるが、敢えて受け流した。追求すれば器が小さいとなじられるのが目に見えている。


「それでは、旅行の予行演習を兼ねて街の洋服屋で服を買いましょう。良い経験になると思いますよ」

 ソフィアは思いがけず真面まともな提案をしてきた。確かに面白そうだ。

「いいわね。じゃあ早速……ってどこに行けば良いの?」

 洋服屋の概念は知っているが目にした訳ではない。実際にどうすれば良いかは皆目見当がつかなかった。


「お任せあれ。ここは日本文化に触れる練習も兼ねてユ〇クロに行きましょう。最近の若者は安くておしゃれなお店で洋服を買うんですよ。確かイタリアのミラノにお店が有る筈です。イタリアならヘスティアー様でも安心でしょ」

「いや、ローマ以外はちょっと……」

 恥ずかくなり口籠ってしまう。炉や竈を離れる初の外出に緊張していた。

「これから日本に行こうって人が何を言っているんです。ミラノもローマも同じ言語、同じ民族なんだから大丈夫ですよ」

 ソフィアは強引に押し切ろうとする。アテネ市内にも洋服屋はあるだろうに何故拘るのか理解不能だ。私の意向など完全に無視である。


  

 翌朝、二人でミラノに向けて出発する。ローブ姿では目立つので、背格好の近い筆頭巫女から服を借りた。無難なデザインと言っていたので大丈夫だろう。


 私は自らが管理する炉へは自由自在に移動出来る。ローマ市内の広場にある炉へソフィアを伴って移動したのだが、ここからが大変だった。外に出た途端ヒッキー特有の人見知り&人込み恐怖症が顔を出したのだ。


 周囲を行き交う人々にオロオロし、全身から汗が噴き出す。軽い眩暈の中、汗ばむ手でソフィアの手をがっちり握り俯き加減で歩く。傍目には母親に手を引かれる幼子に見えただろう。


「ヘスティアー様、ここが踏ん張り処ですよ。これを乗り越えないと日本なんて夢のまた夢です。東京はここの何倍もの人で溢れているんですから」

「わ、分かってます。けど体が勝手に反応するの。い、今に慣れるから」

 と言いつつ結局ローマ駅に着くまでずっと俯いたままだった。そんな私の様子を見て、ソフィアは勝ち誇ったようにほくそ笑む。そして一先ず休憩したい私に対し、非情な指令を下した。


「ではヘスティアー様、お金を渡しますからミラノまでの高速鉄道の切符、大人片道を二枚買ってきて下さい。窓口だから簡単ですよ」

 現金の入ったポーチを私の首にかける。初めてお遣いに行く子供同然の扱いだ。

「ちょ、ちょっと待ちなさい。いきなりハードル高すぎるんじゃないの?」

 私は必死に抵抗した。未だヒッキー症候群も収まらぬ状態で切符を買うなど出来よう筈がない。

「何言ってんすか。ネット購入ならともかく、窓口で買うのなんて楽勝ですよ」

 ソフィアは妥協なく追い込んできた。彼女の体から不穏なオーラが漂っている。何か良からぬ事を企んでいるに違いない。




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