第4話 女神様 辛酸をなめる
「女神様、取り敢えずガイドブックに目を通されたようですが、旅行の大変さはご理解頂けたでしょうか」
ソフィアは相変わらず上から目線だ。
「確かに想像を絶する難解さね。これでは食べ歩きどころじゃ無いかも」
「そもそも自国でトレーニングを積むなり計画性を持って旅行に挑めば良かったのです。思い付きで日本旅行など無謀にも程があります」
「そうね、気が進まないけどニュムペーを連れて行こうかしら」
「女神様。現代社会や日本をまだまだ甘く見ていますね。ニュムペー如きがあの複雑怪奇な日本の地下鉄を攻略出来るとでも?」
ニュムペーの同行と聞いたソフィアは強烈な猛毒を吐いた。
「貴女は紛い也にも巫女よね。ニュムペーにそんな口の利き方失礼でしょう」
「お言葉ですが私は事実を申し上げているだけです。ではお聞きいたしますが、日本を熟知しているニュムペーに心当たりがございますか?」
「確かにそうだけど、人間より有能なはずよっ」
一向に改まる気配のない巫女の態度に思わず苛つく。
「全然分かっていませんね。そりゃあ五十年前ならニュムペーの方が優秀でしたよ。ですがニュムペーにスマホやパソコンが使えますか? 食券機でラーメンのチケットすら買えないでしょう。現代社会とはそういう所なんです」
ソフィアは得意満面である。情弱の私に論破など出来まいと高を括っていた。
確かにこれだけ科学技術が進んだ社会では、ニュムペーが対応出するのは難しいだろう。神々ですら困難を極めるかも知れない。だがこの巫女、何か引っ掛かる。
「ではどうしろと言うのです。あっ、貴女は私を諦めさせようとしてるでしょう。悪いけどそれだけは絶対に受け入れないわよ」
恐らく誰かの入れ知恵だろう。だが絶対に屈しない。今回は自分の意思を貫き通すのだ。例えどんな手を使ったとしても。
私は敢然とソフィアに立ち向かった。
「こうなったら奥の手を使うわ。大統領に頼んで大使館員に案内してもらいます」
「ちょっと何を言っているのか分かんない。仮にも女神ともあろう方が民に迷惑を掛けてどうするんですか。只でさえ忙しい大使館員に『情弱ぼっちヒッキー』のお守りをさせて良い訳ないでしょうが」
奥の手に焦ったソフィアは聞き捨てならない台詞を口にする。
「あ~、言っちゃった。言っちゃいけないこと言っちゃった。よくも面と向かって『情弱ぼっちヒッキー』って言ったわね。もう怒った。本気で怒ったからね」
激高し冷静さを欠いてしまう。気付けば腕組みをして頬を膨らませていた。
「何ですかそのポーズ。美少女の可愛いアピールですか? 反応するのはキモオタだけですよ。それより冷静に考えれば答えが出るんじゃないですか?」
「何よ、答えって」
ソフィアは必死に話を反らして煙に巻こうとする。私は謝ろうとしない巫女に憤慨しながら冷たく言い放った。そもそもキモオタとは何だ?
「心当たりがございませんか? 現代社会を生き、スマホやパソコンの扱いに長け、日本語が理解出来る上に日本への造詣が深い人物に」
ソフィアはここぞとばかりに胸を張った。無駄に大きな胸が強調される。私に仕える巫女は性的接触を禁じられているのだ。
「だから、日本駐在大使館員でしょ」
「違います、目の前にいるではありませんか。わ、た、く、し、が」
「却下。いや断固拒否。私に対して『情弱ぼっちヒッキー』って言った癖に、よく抜け抜けと言えるわね」
この状況下で自分を指名せよとは厚顔無恥にも程がある。
「まあまあそう怒らずに。事実なんだから仕方ないじゃありませんか。それよりも私以上の適任者はいらっしゃいますか? 勿論民に迷惑を掛けるのはダメですよ」
ソフィアはどこまでも強気である。女神を侮辱しておいて『事実だから仕方がない』とまで言い放った。負けじと打開策を探る。
「い、いるわよ……。と言うか今から探します。求人を出せばいいのよ。私にだってそれくらいの貯えはあります。寧ろ貯えだけはタンマリとありますので」
神代から仕事ばかりで碌にお金を使っていない私は貯えには自信があった。
「お言葉ですが女神様の貯えなどほぼありませんよ。ご存じないでしょうが、この国は何度も経済破綻しているんです。しかも今はドラクマじゃなくてユーロですよ。ご存じですか?」
「し、知りません」
「そうでしょう。民からの貢ぎ物もなく食材から何までを購入している女神様に貯えなどほぼありません。節約しないと長期滞在で食べ歩きなんて無理ですからね」
事実を突きつけられ愕然と
おのれ、受け入れざるを得ないのか。この現実と不遜な巫女を……。
私は屈辱の中、苦渋の決断を下した。
「あ、謝りなさい。謝ったら考えてあげても良いわ」
「はいはい。女神様、『情弱ぼっちヒッキー』と言って大変申し訳ありませんでした。二度と『情弱ぼっちヒッキー』と言いませんのでお許し下さいませ」
巫女は深々と頭を下げている。だが謝罪にかこつけて二度も口にした。怒りに打ち震えながらも日本へ行くためだと耐え忍んだ。
「じゃあ、同行者は貴女にするわ。但しこちらが出すのは渡航費、交通費と宿泊費だけ。締める処は締めないといけませんから」
思いついた抵抗はこれが精一杯だった。憤懣やるかたない私はこの屈辱を心のノートにしっかりと記した。
そんな私を他所に、ソフィアは拳を突き上げ、何度もガッツポーズを繰り出した。
これ以上
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