第14話 4人でデート?


「おまたせ。さ、行こっか。」


 マリーンの声がけに、中庭のベンチからマルンが立ち上がった。


「はい!」


 ベンチの前に立って待っていたチグレがマリーンを見て意識を失いかけていた。


(か、かわいい…。)


「は、はい…。」


 ベンチの端にいたヨウは座ったままで消極的だった。


「こんなに大勢で行くんだ?」


「たまたま重なっちゃって。でも、みんなで行くほうが楽しいじゃない?」


「お手伝いさんがふたりとも不在で大丈夫なの?」


「今日だけ、団員のケルンとマロニエールに頼んだから大丈夫よ。」


「ふうん。」


 4人は中庭から出て、街の通りを歩き始めた。すれ違う人々は皆が皆、4人が歩く姿をふりかえって2度見した。

 みとれすぎて互いにぶつかる歩行者も続出したが、当の一行は気づいていなかった。



 チグレがヨウを見ては薄笑いを浮かべていた。


「さっきからなんなのさ。言えばいいのに。」


「いえ。ヨウ様はよくそんな格好で平気だなあと感心していました。」


 ヨウは森林迷彩柄のタンクトップにショートパンツ、チグレは対称的にロングスカートだった。


「まあ僕は別に見られても恥ずかしくないからね。棒みたいな足をかくしている誰かさんと違ってね。」


 チグレはヨウの挑発を無視して冷笑すると、並んで歩いているマリーンとマルンの間に無理やり割り込んだ。


「支部長さま、これからどちらへ?」


「実はあまりきちんと計画してないんだよね。」


 マリーンはチグレに照れ笑いで返した。


(か、可愛い…。可愛すぎる…。)


 チグレは呼吸を落ちつけると必死で意識を保ちながら、マリーンに提案した。


「で、では、まずはみんなでお買い物はいかがですか? その後はお昼を食べて、海中公園展望台にのぼりましょう。」


「いいね! そうしよう!」


 マルンがさりげなくマリーンの横についた。


「マリーンさま。すごい人ごみになってきましたね。」


「そうだね。」



 商店街区に近づくにつれて、通りは行き交う様々な種族の通行人で満ちあふれてきた。

 通りには歩行者だけではなく、幌のついた馬車も頻繁に往来していた。



「どけどけーっ!」


 怒声が聞こえ、2本の交差した剣に炎をあしらったようなロゴマークが描かれた黒い馬車が猛スピードで通りを走り、何人かの通行人が避けようとしてこけてしまった。


 マリーンは倒れた人を助け起こしながら憤慨した。


「なあに、あの馬車! つかまえてやる!」


「今日は仕事は忘れたら?」


 ヨウも尻もちをついていた高齢者に手を貸して立たせた。マルンはこどもの顔についた泥を布で拭いてあげながら馬車の行った方向を見た。


「あれは、戦争商会のマークでしたね。」


「あたし、あの商会だいきらい!」


 チグレは無表情でその様子を見ていた。


 

 戦争商会…トマリカノートの街の人々にはそれは死の商会とも呼ばれていた。

 剣に盾、鎧に槍に弓矢に傭兵といった戦争に必要なあらゆる物を仲介し取引する戦争商会は、近年の王国と新帝国の対立激化の波に乗りますます売上を伸ばして勢いを増していた。

 また、武器の取引以外にも拉致誘拐での人身売買や、違法な戦意向上薬物を扱う闇取引までも噂されていた。



「いつか奴らの悪事の証拠をつかんで全員つかまえてやるんだから!」


 まだ怒りがおさまらない様子のマリーンに、マルンが遠慮がちに近づいた。


「あ、あの、マリーンさま。はぐれないように手をつないで頂けたら…。」


 勇気を振り絞り申し出たマルンの手を、ヨウがひょいと握りしめた。


「代わりに僕がつないであげるよ。」


「はあ。」


 マルンは明らかな失望を顔に浮かべたが、おとなしくヨウに導かれはじめた。


 マリーンはその様子を見て、なぜか胸の奥にチクりとしたざわめきを感じたが理由がわからなかった。

 



 巨人が自警団33支部の前の道路にいた。


 頭にかぶった兜からは角が出ていて、口には恐ろしげな牙があった。

 巨人は鼻歌をうたいながら身をかがめ、ほうきとちりとりで道路を掃除しており、たまに道ゆく人と挨拶をかわしていた。


「今日はおでがお手伝いさんの代わりだで。がんばるど。」


 巨人はのびをして自分の腰をトントンと叩き、ふと道の端でちいさな子どもが泣いているのに気づくと、ほうきとちりとりを放り出して慌ててかけよった。


「どした? おで、自警団員のケルンだ。まいごか?」


 こどもはうなずくと、また泣き出してしまった。ケルンは頭をかくと、こどもを抱えた。


「よしよし、窓口のマロニエールに相談するで。支部で預かるからな。お菓子さ食べよな。」


 こどもは泣き止むとうなずいた。そして不敵に笑ったが、ケルンは気づかなかった。


 


「これなんかどうかなあ。あ、これも。」


 マリーンは次々と衣服を手にとってはヨウに渡した。有名な衣料品店は来店客や買付商人で混雑していた。


「なんかさあ、適当に選んでない?」


 ヨウは不服気味だった。マリーンは背伸びして、離れた棚でいっしょに服を見ているチグレとマルンを見つけた。


「じゃ、自分で選べばいいじゃない。」


「面倒くさそうに選ばれてもなあ。僕は君の命の恩人なんだよ?」


「あなた、最近ふたこと目にはそれよね。」


 マリーンはイラッとして腕組みをしてヨウをにらんだ。


「それか、マルンさんに選んでもらえば? さっき、手なんかつないでたし。」


「なんでその話がでるの? あ、マリーンさんも僕と手をつなぎたかったんだ?」


 マリーンは赤くなり、目を三角にして持っていた服を全部ヨウに押しつけた。


「もうやってらんない! あたし、マルンさんの服を選びに行くから!」


「わかったよ。僕は試着してくる。」


「ちょいまち! 動かないで。」


 マリーンはヨウを呼びとめると、小さな透明の玉がついたネックレスをヨウの首にかけた。


「な、なにこれ? サプライズのプレゼント?」


「念のためのお守り。」


「ふうん。ありがと。」


 ヨウは微笑むと、店員に案内されて試着室の方へ消えていった。




「ほしい服、見つかった?」


 マリーンが声をかけるとマルンが困った顔をしてふりかえった。


「たくさんありすぎて…。それに、わたしはマリーンさまに似合いそうなものを探していました。」


 マリーンはマルンらしい思いやりに笑いながら、興味なさげに棚を見ているチグレにも聞いた。


「チグレさんは?」


「私は、服はたくさん持っていますので不要です。」


(チグレさんって実は裕福な家の人なのかな?)


 マリーンはすこし不思議に思い興味がわいた。


「そういえば、チグレさんって家はどこだっけ? なんで住み込みにしたの?」


「あ、はい、旧市街です。親とうまくいってなくて…。」


「ご、ごめんね。余計なこと聞いちゃって。」


 マリーンは慌ててハンガーで吊られている服を見るフリをした。


「あ! これ、マルンさんに似合いそう。あたしが買ってあげる!」


「マリーンさま、そういうわけにはまいりません。」


「マルンさん、遠慮しないで! 日頃の感謝よ。それにしてもヨウさん、遅いなあ?」


 マリーンは心配げに試着室の方向を見たが、そこにひとりの店員が近づいた。


「マリーンさまですね。ヨウさまというお客さまからご伝言です。」


「えっ? 伝言?」


「はい、ヨウ様は急に体調が悪くなったから先に帰られるとの事です。」


 マリーンは驚いて立ち尽くしてしまった。


「帰ったって…?」




「あいつですね。」


 コナはカフェの椅子にすわり、地味な私服を着て豊かな金髪も帽子で隠していた。だて眼鏡のふちを触りながら、コナは似顔絵と尾行対象の人物を見比べた。

 

(ドラン・ハノーバー。死の商人と呼ばれる戦争商会の番頭。商会の表の取引だけではなく、裏の汚い仕事も指揮している危険人物。いつかは逮捕したいと思っていましたが、絶好の機会です。)


 コナはコーヒーをひと口のみ、チョコレートケーキを食べるとドランを観察した。


 ドランは服の上からでもわかる筋骨隆々の体格で、濃いあご髭は太い傷あとで一部が途切れており、するどい双眸には油断ならない光が宿っていた。


(あれで意外にモテるらしいですね。私は絶対に対象外ですが。)


 ドランは新聞を読みながらコーヒーを飲み、生クリームがこんもり乗ったプリンをつついていた。


(意外にも甘党。)


 コナはメモ帳に記録した。ドランはコーヒーを飲み干し、プリンをたいらげると交信用の水晶球で話し始めた。


(読唇魔法…『てにいれたか、わかった、はやくいそうしろ。ていねいにあつかえ。おれもすぐそちらにいく』…いったい何の事でしょうね? まさか誰かを誘拐したのでしょうか? とにかく、尾行を続けます!)


 勘定をすませて店を出たドランのあとを、コナはかろやかに追い始めた。

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