第6話 ケンカするほど仲がわるい!?


「はあ…。」


 山盛りのフルーツパフェを前にしても、マリーンの口からでるのはため息ばかりだった。


「マリーンにゃん。早くたべないと、とけちゃうニャよ?」


 マチルダはすさまじい勢いでパフェを減らしており、口のまわりやひげはクリームだらけだった。


 マリーンはまたため息をつくと、ほおづえをつきながらスプーンでパフェをつついた。


「ねえ、マチルダは誰かを好きになったことってある?」


「あるニャ~。」


 マリーンはパッと目を輝かせた。


「ほんとに!? 誰誰、相手はどんなコ?」


「マリーンにゃんニャ!」


「は?」


 マチルダは指を折りながら数えはじめた。


「あと、ジーンにゃんも、コナにゃんも好きニャ、それからヨウにゃんも…」


「わかった、わかった。マチルダに聞いたあたしがまちがいだったよ。」



 自警団本部のカフェテリアで、ふたりはスイーツを食べて小腹を満たしてから帰ることにした。

 だが、マリーンのパフェは一向に減らなかった。鞄から小箱を取りだすと、マリーンはつぶやいた。


「また渡せなかったなあ。なんであんなことを言っちゃったんだろ、あたし…。」




「ママーッ!」


 勢いよく開け放たれたドアから2つの小さい影が部屋にとびこんできて、立ち上がった団長の足にまとわりついた。


「おやおや!? ケンにメリーじゃないか! どうしたんだ!?」


 後からヨロヨロと入ってきたのは白髪の人物だった。


「すみませんねえ、急に保育園が休園になりましてねえ。どうしても会いにいくと聞かなくてねえ。」


 年配の人物はのんびりと言うとソファによっこいしょと座り、すこし詰めたマリーンに品よく会釈をした。マリーンは慌てて小箱をひっこめた。


 団長はかるがると2人の子供を抱きあげると愛おしげに頬ずりをした。


「そうだったのか。トアさん、すみませんでした。あ、マリーン。トアさんはうちの家事お手伝いさんだ。」


 子供たちは団長にだっこされながらわあわあと言い争いをし始めた。


「メリーはおねえさんだからがまんするって言ったのに、ケンがきかないんだもん!」


「ちがうよ、おねえちゃんがママに会いに行くって言ったんだよ!」


 団長は子供たちをおろすと腰に手をあてた。


「こらこら、ここはママのお仕事場だぞ。静かにしないと、そこの猫さんにつかまっちゃうぞー。」


「にゃあお~。」


 ノリよくマチルダが子どもたちにとびつき、追いかけまわしはじめた。子どもたちがキャッキャッと叫ぶなか、団長がマリーンに話しかけた。


「マリーン、何かを言いかけてなかったか?」


「い、いえ。それにしてもお子さん、大きくなりましたね!」


 ぎこちない笑顔で言ったマリーンに、トアがうなずいたあと首をふった。


「こんなによくできたお方とかわいい子供たちをほったらかして、ろくに家に帰りもしないなんてねえ。ふびんだねえ。なんて夫だよまったく。」


「え…。」


 とまどうマリーンだったが、団長は苦笑しながらソファに座り直した。


「マリーンには聞かれてもいいか。ま、私もあまり家のことはできていないからな。お互いさまだ。」


 団長は少し自嘲気味に笑み、マリーンに諭すように言った。


「マリーンは私みたいにならないように、いつか良い伴侶をみつけ…」


「そんなことを言わないでください!」


 ソファから立ち上がり、大声で叫んだマリーンを全員が動きをとめて注視した。


「マリーン…?」


「団長は…団長はあたしの憧れなんです! お仕事も育児もがんばってます! あたしはいつか団長みたいになりたいんです! だから、だからそんなことを言わないでください!」


 全員が呆気にとられる中を、マリーンは部屋から走り出てしまい、マチルダが慌ててあとを追った。




 ため息ばかりのマリーンに、マチルダが聞いた。


「マリーンにゃんはどうしてミサキ団長がそんなに好きなのニャ?」


 マリーンは自分のパフェの器をマチルダの方におしやった。


「…あたしね、戦災孤児だったの。路上で生活していたのを団長が引き取ってくれてね。で、団長が結婚した時に自警団に入団したんだ。」


「あニャ、そうだったんニャ! ところで、センサイコジってなんニャ?」


「あ、えっとね…昔、あたしが小さい頃に、王国と新帝国の間で大きな戦いがあったんだって。で、両親がまきこまれて…。ん?」


 マリーンは、マチルダの宝石のような目が涙でいっぱいになっているのを見て話し続けにくくなった。


「と、とにかく、今のあたしがあるのは全て団長のおかげなの。はい、この話はおしまい。だから泣かないで、マチルダ。」


「…ちがうにゃ。」


「え?」


「…パフェを食べすぎて…おなかいたいニャ~。」


 マリーンはこけて、テーブルに頭をぶつけた。


「あいたた…やっぱりマチルダを連れてきたのはまちがいだったね…。」




 マリーンが支部に戻ると、コナが飛び出してきた。


「支部長! どこに行っておられたのですか! 遅すぎます!」


「はいはい、今度はなに?」


 マリーンはおんぶしていたマチルダを下ろすとウンザリした顔をした。


「それが…ジーンとアワシマ氏が大げんかをしています。はやくとめてください!」


「あなたでもとめられないの?」


「ケガをしたくありませんので。特に顔には。」


 マリーンは深いため息をつくとケンカの現場にかけつけた。



「あニャ! ケンカにゃケンカニャ!」


 期待に目を輝かせているマチルダを追い払うと、マリーンは双方の間に立った。


「やめないと、ふたりとも檻にいれるよ?」


 ジーンは鋭い目をしてファイティングポーズをとっており、怒りのせいかマリーンの声も耳に届いていないようだった。


 一方のヨウは…


「あつくるしい人だなあ。早く出ていってよ。僕の部屋からさ。」


 ソファに長い足を組んで寝そべり、何かの本を読んでいた。サイドテーブルにはジュースが置いてあった。

 とめに来たはずのマリーンもカチンときて腕組みをした。


「あのね、ここ、あたしの部屋なんだけど? それに、その部屋着、あたしのよね?」


「だよな! 早く出ていけ! 自分の部屋にもどれ!」



 自警団員には自宅があり支部に通う者と、支部内の部屋に住み込みで生活する者がいた。マリーンは後者だった。



「やだ。あんな狭い部屋。ベッドもかたいし。だいいち、支部長だけこんな広い部屋なんてずるいじゃんか。」


 ヨウはジュースをストローでひと口のみ、ジーンに向かって舌をだした。それがジーンの怒りに油を注いだ。


「てめえ…。自慢げに足をさらしやがって、折ってやろうか!」


「やだなあ、やっかみは。お金がないから、服が買えないだけだよ。ぜんぜんサイズがあわないなあ。」


 マリーンはかなりカチンときたが、ジーンが代わりに動いた。


「もう我慢ならねえ、強制排除だ。」


「いいのかなあ? そんなことして。」


 余裕のヨウの様子に、つかみかかろうとしていたジーンは警戒して動きをとめた。


「なんだと?」


「僕は強いんだよ~。なにせ特殊部隊の隊員だったんだから。」


『はあ?』


 マリーンとジーンは顔を見合わせて、またヨウを見た。


「ヨウさん、記憶がなかったんじゃ?」


「のんびりしてたら思い出してきたのさ。ともかく、僕を追い出したら困るのは君たちだろ? 僕がいなくなったら魔女は怒るだろうねえ。」


 脅迫まがいのことをサラリと言ってのけたヨウに、ジーンは怒りのあまり低い声になった。


「てめえ、誰からそれを? 聞いたか、マリーン。本性をあらわしやがったぜ。思ったとおり、こいつは信用できねえ…」


「いいよ。」


「は?」


 マリーンは部屋の中の小物や服、ぬいぐるみ等々を手近な箱に詰めこみ始めた。


「ま、まてよ。マリーン、おまえが譲らなくても…。」


「いいの。あたしは狭くても平気だから。」


 テキパキと箱に物をつめ込むマリーンをながめながら、ヨウは微笑をうかべた。


「ちょっと、勘違いしないで。僕はマリーンさんには出ていけとは行ってないよ。同じ部屋でもいいよ。」


「な、な、な、なんだって!?」


 ジーンは怒り疲れて、若干やつれ気味になりマリーンの方を見た。

 マリーンは箱詰めの手をとめた。


「あたしは支部長室で寝泊まりするわ。約束して。もう絶対に勝手に出ていかないって。」

 

 ジーンがマリーンに近寄りささやいた。


(いいのかよ!?)


(団長に会わせるまで、ヨウさんに出ていかれたらまずいの…。)


 ヨウは微笑を浮かべたままソファから起き上がった。


「なに? 君たちつきあってるわけ?」


「な、な、んなわけねえだろ!」


 ジーンはいつのまにかヨウのペースにはまり、完全に押されていた。


「じゃ、きまりだね。ま、僕は同じ部屋で同じベッドでもいいんだけどね。」


「てめえ…。」


 ついに剣まで抜きかけたジーンを手で制して、マリーンはヨウを指さした。


「ヨウさん、その代わりにもうひとつお願いがあるの。」


「なあに?」


「あなたの正体を教えて。なぜ魔女商会はあなたを捕まえようとしているの?」


 ヨウはにっこりしてソファから立ち上がった。


「いいよ。教えてあげる。ただし、マリーンさんだけにね。」

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