第3話 ヨウさんを探して
マリーンを先頭に、ジーンとコナとマチルダが後に続いて街の通りを歩いていた。午後も遅い時分で、飲食店街区はすでにあちらこちらから美味しそうなかおりが漂い、通行人で混雑していた。
「絶対にあやしいよね。魔女商会長、なにかをかくしているみたいだった。」
「たしかに。ですが今はアワシマ氏の確保を急ぎましょう。必ずここで見つかります。」
コナの予言どおり、ヨウは速攻でみつかった。居酒屋のカウンターで、作業着姿や冒険家風の客にまじって盛大に飲み食いをしていた。
居酒屋の看板には『双子の帆船亭』と書かれていた。
まわりの客が濃緑の迷彩柄のTシャツに短パン姿のヨウをジロジロと見ているが、本人はおかまいなしだった。
「アワシマ・ヨウさん? その格好は…?」
マリーンが遠慮がちに話しかけると、ヨウは口いっぱいに何かをほおばりながらふりむいた。
「ひみはひ、はえ?(君たち、だれ?)」
「あ、あの、ほら、あたしたち、自警団なんだけど…。」
ヨウは飲み物の入ったジョッキを手にとりごくん、と飲みこんだ。
「ふうん。ああ、これね。自分で切ったんだ、歩きやすいように。で、何か用?」
ジーンがいきなりヨウのTシャツの胸ぐらをつかんだ。
「てめえな、まずは礼だろ。マリーンがてめえを見つけて介抱したんだぞ。」
ヨウはすごむ相手にも全く動じず、ジーンの腕に自分の手をそえた。
「やめてよ。胸がみえちゃうから。あ、君にはあんまりなさそうだからわかんないか。あはっ。」
「…おもてにでろ。」
マリーンが慌ててふたりをひきはがした。
「やめて! ケンカしにきたんじゃないから! ジーン、自警団員が酒場で乱闘するつもり?」
「ケッ。マリーンに感謝しな。」
ジーンを無視して椅子に座り直したヨウはまた飲み食いを再開した。
「マリーンさんだっけ、よく私がここにいるってわかったね。」
マリーンの代わりにコナが応じた。
「はい。あなたは疲労と空腹で倒れていたと聞きました。点滴では空腹は満たせません。まず食事をとるかと推測しました。」
「ふうん。君、頭いいんだ。」
ヨウはコナの耳を珍しそうに見たあと、マリーンに顔を向けた。
「まあ、お礼だけは言っておくね。でも、もう帰っていいよ、どうせこんな街、すぐに離れるし。」
「ええっ!? いなくなっちゃうの!?」
マリーンが大声を出したので、まわりの客が何事かと一斉にふりかえった。ジーンとコナがけげんな顔でマリーンを見たあと、顔を見合わせた。
マチルダだけは、カウンターの料理に視線が釘づけだった。
「あ…いや、だから、まだ事情聴取もしてないし。ね、支部にいっしょに帰ろ?」
「わるいけど、警察ごっこにつきあうつもりはないから。」
「てめえ、俺たち自警団をごっこ遊びだと? …ってマチルダ! なにいっしょに食ってんだ!」
マチルダはヨウのとなりに座り、串焼きや肉団子をはむはむ食べていた。ヨウはマチルダの頭をナデナデした。
「うわあ、かわいいネコさんだねえ。そこのこわい顔の人なんか気にせずにたくさんお食べ。」
「ヨウはいいひとニャ~。ところで『ケイサツ』ってなにニャ?」
マチルダはゴロゴロのどをならしながらヨウの肩に顔をスリスリした。
黙ってやりとりを聞いていたコナが急に口をひらいた。
「最近、大陸各地で王国軍と新帝国軍の間で小規模な武力衝突が頻発しています。土地勘のない者が今、街を離れるのは危険かと思われます。」
「なぜ土地勘がないって決めつけるの?」
「総合的に考えてそう判断しました。」
ヨウが何かを言い返そうとしたとき、ジョッキや料理をのせたトレイを持った2人の店員が近づいてきた。
「あ、あの…、自警団の皆さま。お食事をお持ちしました。」
「さあ、ジャンジャン食ってくれよ!」
マリーンは自分が空腹であることに気づいたが、困った顔をした。
「頼んでないんだけど…。というか、お金ないし…。」
2人の店員はお互いにそっくりな顔を見合わせた。かわいい店員服が2人ともよく似合っていたが、1人は長袖に長スカート、1人は袖なしでかなり短いスカートだった。
「ま、マリーンさまですよね? あ、あの、既に代金はそちらの方からいただいています。」
長いスカートの店員がヨウを指さしながら絞り出すように言うと、短いスカートの店員があとを続けた。
「そ、だから気にせずごゆっくり! あ、あとさ、このコ、マルン。あたいはアズキ。よろしくね!」
マリーンは目をパチパチさせた。
「そ、そうなの? じゃ、遠慮なく…。」
マルンとアズキはテキパキと空いていた丸いテーブルに食べ物や飲み物を移動させた。
「あにゃ! ごちそう、ごちそうニャ!」
皆が席につくと、アズキはマルンを引っ張ってマリーンの前に立たせた。
「ほら、マルン! 言うことがあるんだろ?」
「あ、あ、あの、わ、わたし…マリーンさんのこと、尊敬しています!」
深々と頭を下げたマルンを見て、マリーンはびっくりして口をあけた。
「あ、ありがとう…。あたしのこと、知ってたんだ。」
「は、はい、以前に自警団の皆さまでこちらで飲み会をされた時に…。」
それだけ言うと、マルンは赤く染まった顔をトレイでかくしながら走り去ってしまった。アズキは手をふって皆にウインクすると、あとを追っていった。
その様子をニヤニヤしながら見ていたヨウがジョッキを手にとった。
「隠れファンあらわる、だね。まあとりあえず乾杯しようよ。」
「てめえ、金はどうしたんだよ。」
ジーンの詮索にうんざりした顔のヨウは、ジョッキを傾けてゴクゴク飲んだ。
「くれたんだ。あのお医者さん、ナダって人が。」
「やっぱりあのヤブ医者め。帰ったら尋問してやる。」
ジーンは毒づき、マリーンにも何かを言おうとしたが、当の本人はヨウの首すじあたりをぼうっと見つめていた。
「マリーン! 聞いてたか? おい?」
「あ、えっ? なに? そ、そういえばヨウさんは記憶がないんだって? どこから来たとか、思いだせない?」
ヨウはジョッキを置くと困った顔をした。
「は? 僕の記憶がないって? 誰がそんなことを…あ、ああ! そ、そうそう、そうなんだ。なーんにも思いだせなくてさ。記憶喪失ってやつだよねこれは。あはは。」
慌てて飲み物のおかわりを頼んだヨウを、ジーンとコナは眉をひそめて見たがマリーンは心配げな目をした。
「ヨウさん、大変だね…。わかった! 記憶がもどるまで支部に滞在していいよ! 部屋も用意するから。」
マチルダはあいかわらず料理をガツガツと食い散らかしていた。
ジーンとコナが両側からマリーンをつっついた。
(マリーン! 奴には部屋より留置所だろ!)
(支部長、よろしいのですか? 団長に報告もせず。魔女商会との約束はどうされるのですか?)
(マリーンニャン! そのカルパッチョ、食べないならもらっていいかニャ?)
「心配しないで! 明日、団長に会いにいってくる!」
マリーンは椅子から立ち上がり高らかに宣言すると満足げな表情になった。
「うふふ。団長に会いにいく口実ができた。うふふ。」
ジーンとコナはあきれたような顔で肩をすくめた。
ヨウはジョッキを飲み干すと、しぶしぶうなずいた。
「仕方ないなあ。そこまで言うなら、食べ終わったらいったん帰ってあげるよ。」
「てめえ…、えらそうに…」
ジーンが立ち上がりかけた時、店の外から轟音が聞こえ、地響きがしてテーブルがガタガタとゆれた。鐘を鳴らす音や、人々の怒声や悲鳴も聞こえてきた。
「これは!?」
「ひょっとして…例の怪異!?」
マリーンたちは弾かれたように立ち上がると、店の外に飛び出していった。
「怪異? ま、いいか。僕には関係ないし。」
ポツンとひとり残されたヨウはひじをついてつぶやき、マリーンが座っていた席をじっと見ていた。
ヨウは急に立ち上がると、3人のあとを追うように店から飛び出していった。
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