液晶のかなたであなたと契る

担倉 刻

第1話

 その日も、あの日と同じ曇り空だった。

 瞳は家から離れた駅に降り立っていた。

【着きました】

 そっとスマホを叩いてメッセージを送る。

 しばらく待っていると、遠くから見慣れた車が近づいてきていた。

「久しぶり」

「変わらないんですね、車」

「そろそろ買い替えようと思っているけどね」

 それがとても自然なことのように、瞳は車に乗り込んだ。

 懐かしい芳香剤の匂いが鼻をくすぐる。

 夫の車では絶対にしない、花の匂いだった。

「子どもさんはいくつ?」

「……六歳になりました」

 窓から外を眺めつつ、瞳は静かに答えた。

「あれから、十年です」



 チャットサイト【マジックオブラブ】。

 瞳がそのサイトにアクセスしたのはまだ学生の頃だった。

 バイトだけではどうしても生活費が足りなくて、さりとて他のバイトをするだけの体力もキャパシティーもなかった彼女に、友人が教えてくれたサイトだった。

「メールや電話で、男の人の相手すれば、お金もらえるんだよ」

「なにそれ……会ったりするの?」

「会わない会わない。サイトでは会っちゃダメって言われてるからね。アタシはお金もっともらえるから、内緒で会ったりしてるけど」

 メールが一通来るたびに三十円。電話でしゃべれば、一分につき五十円。時給換算すれば、どう考えてもバイトより稼ぎが良かった。

 プロフィールは嘘でもいい。写真は顔を見せなくてもいい。そんな隠された状態でも魅力を感じてアクセスしてくれる男性がいる、と友人は教えてくれた。

 瞳がそのサイトに登録するまで、たいした時間はかからなかった。

 最初はただ、生活費が欲しかっただけである。

 写真は友人が撮ってくれた。顔を隠して撮ったその写真に、サイトの男性たちは沸き立ったようにメールを送った。

【かわいいね! 会える?】

【近くに住んでいれば、会えませんか】

【顔見せて! 脱いだ姿も見せてくれたら嬉しい】

 ミハル、と名乗った瞳のもとに来たのはそんなメールばかりだった。一つ一つ丁寧に断りのメールを入れていたが、それでも会おうと粘る者、ただの冷やかしだった者、様々な男性が通り過ぎていった。

 電話でもよく話した。

 時間のある時にサイトで【待機状態】にしておけば、サイトの専用番号から電話がかかってくるので、相手の男性とたわいもない話をして切る。

 時折、ただ喘ぐだけの電話がかかってくるときもあったが、黙って聞いていると向こうも満足して黙って切るし、一分未満で切ってしまう男性はそう何人もいないので、稼ぎはメールよりも電話のほうが圧倒的に良かった。

 足や胸の谷間をわずかに見せた写真を撮ってサイトに載せると、その反応も良かった。反応が増えることをいいことに、瞳は少し露出度をエスカレートさせた写真もよく撮ったし、サイトのメールや電話で性的な話をすることも増えた。

 そんな生活が数か月続いたある日のことだった。

【ミハルさんと話がしてみたいです】

 やたらと丁寧なメールが舞い込んできた。

 瞳はいつもと違うな、と思いながら、丁寧に返事をする。

 めんどくさいと思えるメールや電話でも、丁寧に答えると、その後常連として定期的にメールをくれたりするもので、それが稼ぎの一端になったりするから、瞳は生来の生真面目さも手伝っていつも丁寧な返事を心がけていた。

 その男性は剛と名乗った。

 気さくな剛は性的な話ばかりではなく、日常の話も織り交ぜながら、メールで楽しい話をしてくれた。

 それはまるで昔からの友人であったかのようで、瞳にとっては不思議な安心感があった。

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