ep27魔神ちゃん止まって!調査は地道に、魔獣は密やかに
名前のない山林はよくあれど、こと魔獣の出没地点となれば呼び名がいるだろう。
調査対象の地域において、そこを指し示して向かおうとするならば、具体的な名称で的確なポイントへの移動ができなければ彷徨うリスクになりうる。
そこで臨時で急遽つけられた名前は『
この『
「ノクスマリ、隊員たちの様子はどうだ」
「はい、皆さん万全とのことです」
静かに、それでいてはっきりとした口調。マネコリスは眼を閉じて、それを聞く。
調査機関『始原を臨む丘』は20人を魔獣鎮圧用の編成で組んでいる。
その内、外部からの人員は14名。残る6名が『始原を臨む丘』の所属員。
そして彼らを呼んだのが、機関のリーダーであり長のレベラリ・マネコリス。それと彼女の相棒、ノクスマリ・ポンデラエ。
「方針の共有は出来ているな」
「もちろんつつがなく。 まずは調査が最優先、撃滅は相手が脅威個体であると分かってから行動せよと」
「よろしい」
魔獣は通常暴れたり、人や自然環境に被害の出るような行動はしない。それゆえに発見次第討伐する事態にはなりにくい。
魔獣そのものがどういった存在なのかすら仮定の範疇を出ないため、新個体を見かけたらまずはどのようなものなのかを調査する。
今回も、複数の人から情報があったからこそ、編隊を組んで作戦拠点を構えるに至れた。
――近年確かに人に害を為す有害魔獣の報告が多くなってきてはいた。
だがしかし、だからといってすべての魔獣が攻撃性の高い魔獣であるというわけではない。一部攻撃性のないものだっている。
今回もその可能性が残されている内は、無暗に排除するべきではない。
「ふぅ……」
マネコリスは岩に腰を掛ける。
そして改めて、目的の個体について聴取した情報をまとめた。
まずその魔獣は球のつながりであったという。繋がってはいたが、それぞれが個を宿す群であったとも。
金属質ではなく、無機質でもない。
動物ではなく、植物でもない。
曰く菌糸類。
いくつか受けた情報から特性を精査するに、その性質が強い魔獣であることが分かった。
基本的には岩の如く、ただジっと動かなかったという。しかしここは複雑で豊かな環境特性が形成されていて、素材の採集や物資の調達には打ってつけだった。
だからこそ、自由に歩ける保障が得られない現状を鑑みて、その魔獣が無害であるか否かを調査しなければならなかった。
襲い来るならば退治……で済めばよいものの、その手の魔獣は大抵攻撃性が強く、加減をする余裕などないために、命を奪うしかなくなることが多い。
「今回の魔獣、どう思う」
マネコリスは隣に座った相方へ尋ねる。
「そうですね……断定はできませんが、然るべき対処をすれば、無害な可能性が高いと思います。ですが一定範囲内をテリトリーとする個体だとすれば、その見極め次第では脅威個体となりうることも、視野に入れておく必要があると思います」
「……そうだろうな。……共生が望めると、いいのだがな」
憂いを伴った俯きは、ノクスマリの心にわずかな日陰を作った。
魔獣であってもこの世界に住む仲間。出来るならば傷つけず、穏便に済ませたい。そんな思いが、マネコリスにあった。
マネコリスが初めて出会った魔獣は、金属の板のような魔獣だった。それは穏やかで、至って無害な魔獣だった。
よく眠り……日向ぼっこが好きな子だった。
今の仕事に就く前は、よくその魔獣のところへ顔を出し、一緒に日向ぼっこをする。そういった日常があった。
しかし――。
最近たまたま近くを通りかかったとき、その魔獣が居なくなっていた。
何事もなければいい。
噂にも聞かず、今もなお心配だった。
時折聞くことがあるというだけだ。
無害な魔獣が、誤って駆除されてしまうというケースが。
ほんの些細な、憂いだ。
今回の魔獣の如何によっては、お互いに血を見ることのない結果だって考えられる。
だが常に、最悪の事態というのを念頭に置くのは忘れてはならない。
ただ可能性を手放さず、事に当たる。
どうなってもいいと覚悟をするのではない。
どう転んでも結果が変わるわけでないと諦めるのではない。
対応次第で結果の子細が変えられるということだ。それが、考えていたことが実は勘違いであったのだと気づくことができれば、根本から大きく結果が変わることもあるかもしれない。そういうことだ。
だからこそ、その決断は重く常に、憂いを伴った。
「……さて、そろそろ動くとしようか」
マネコリスはゆっくりと立ち上がり、陽光が差し込む森を見渡した。
ノクスマリもまた立ち上がり、隊員たちへ声をかける。
皆、準備はできていた。
「調査班、準備」
指示を受け、隊員たちが動き出した。情報収集のための各種測定器を置いた者、魔獣の痕跡を探す者、そして護衛役として周囲の警戒する者。それぞれが役割を全うするために、森の奥へと散っていく。
マネコリスとノクスマリも、主隊とともに歩みを進めた。
午後の柔らかな陽射しが、木々の間からこぼれ落ちている。 枝葉が風にそよぎ、静寂の中に微かなざわめきを生む。
ある時、先行していた隊員が手を上げた。
「痕跡を発見しました」
マネコリスとノクスマリがその方へ向かう。 隊員の指す先には、ゆるやかな丘の斜面。 その表面に、不自然な白い網目状の模様があった。
「菌糸……か」
ノクスマリが膝をつき、慎重に観察する。 陽光を受けた菌糸は、かすかに銀色の光を反射している。 土をそっと掘り返すと、小さな球体が転がり出た。
「……これが、個体の一部か」
掌に載せると、球体は微かに脈動した。 まるで、生きていることを主張するかのように。
「――まずはこれを解析しよう。慎重にな」
マネコリスの言葉に、隊員たちがうなずいた。
解析の結果、魔力の宿りを検知した。
生命の息吹があった。しかし既存の生物の枠には無い構造。魔獣の痕跡と認められるだろう。
だがこれだけでわかるのは地に根差した生態の可能性がある。程度のもの。
それでも貴重な情報だ。
調査というのは少しずつ歩みを進めるもの。痕跡があるということは、遭遇する時は間近ということでもある。
――焦る必要はない。進めていけば、自ずと、必ず出会えるのだから。
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