二人の日常:トレイルとマキーリュイ
「はぁ…まだ本調子じゃないな…体が重い」
「まだ無理しちゃだめっスよ、ひとまず報告はしたんスからあとは任せた方がいいス」
「そうだが…ベッドで動かないでいるのは性に合わん…それと、なぜわたしは脱がされているんだ」
「それはだって、体を拭くのに…?」
「なぜ疑問なんだおまえが…はぁ」
「そんなことより、朝食ができたっスよ!食べましょうよ」
「わかったわかったから無理やり起こそうとしないでくれ」
要介護師匠と化したマキーリュイをトレイルが過保護に、かつ雑に扱う。いつものことだ。
……いやちょっと違う、それだと誤解が酷い、訂正。
要介護師匠と化すのはいつもの事ではない、気怠げに重々しくまだ寝ていたいとゴネて、弟子に無理やり引っ張り起こされ朝食を用意される日常、それがいつもの事だ。
なんだかもっと酷い事になった気がするが、割と真実なのでもう訂正しない。
「それじゃあいただきます!」
「いただこう」
全裸で朝食を食べるマキーリュイと、普通に服を着ているトレイルが朝食を摂る。これはいつもの事ではない。裸のマキーリュイをもっともらしい理由を付けて拝みたいだけである。
そしてマキーリュイはどうせならいつも服を着ないで生活したいので、これを機に「まだ怠いから」と全裸で寝起きの日常に出来ないかと思っていた。
(あぁしあわせぇ…師匠の体キレイだからずっと見ていたい~)
(はぁ、今の状態では外に出ても仕方がないし、寒くないからまだ着なくてもいいが…今日は暇になるか…)
トレイルの熱い視線に気付かず、淡々と寝ぼけ眼(まなこ)でマキーリュイは食べ進める。
今朝の献立は、王都近くにある森の、二人が住む家付近で捕れた魔獣、「クレセントホーンの煮込み」
事前に茹でて脂を落としてから煮込んである。味はいつもよりも薄めに作り、不調な体でも拒絶反応が出にくいようにした。
それと、野菜もこの辺りで取れた山菜をいつものように使い、食感のあるものと、栄養価の高い煮出汁用のものとを入れて歯と舌で楽しめるよう工夫をしてある。
雑ながらも、トレイルが一生懸命作ったものだ。
人が多いところが苦手で買い物とかしないくせに近場の肉や山菜などを適当に調理すると文句を垂れるめんどくさい師匠は好き嫌いが多い。
それでもちゃんと食べる師匠の事をトレイルは大好きだ。
一度だって、トレイルの料理を残したことはない。料理を始めたての頃から。
「師匠、味はどうっスか?」
「うん、食べやすいな、味も悪くない」
「やったっ」
そんな密かな幸福を胸に食事を終えて、トレイルは狩りの準備をはじめる。
マキーリュイが傭兵としての仕事をこなしているため、特段お金に困っていて食費を払えないというわけではないが、彼女自身が騒がしいところが苦手ということもあり、このように王都から離れたところに家を構えている影響で、狩りや山菜で賄う方が気持ちが楽だそうで…。
―インタビュー―
「あぁ、この家も傭兵稼業で稼いで、住みやすいよう大工に頼んだ。自然の空気を感じられるように窓は多めに作ってもらった。台所も広く、しかしリビングは二人の距離が近くなれるようやや小さめに設計し、備蓄用の倉庫や肉の保存場所もある。最低限不便はないだろう。」
とのことです。
――――――――
「それじゃ、行ってくるスよ!」
「あぁ、調子に乗ってとり過ぎるなよ」
「は~い」
キスアに修理と強化を施された錬成剣ガトフォンズソードを携えて扉を開けて出て行った。
魔力の伝達効率が上がり、朝食後の調子の上ったトレイルは剣を手に森を駆ける。
時折、枝や草を刈りながら走る。魔力を流した剣は刃こぼれを防ぐ役目をして、そして切れ味も抜群に、ただ振るだけで道を作っていきながら、同じ道を通る際には、より走りやすいよう整えていった。
狩の為にも自分に適したルートを構築していく、止まらず走り続けられるように。それから同時に山菜も刈り取って素早く収穫する。
「とと…っうぅ…っやっと合えたスね…っ!」
トレイルは立ち止まり、木の上に一足で飛び乗って身を隠した。
一点に見つめる先には魔獣がゆっくりと木々の間を闊歩していた。四足で大きな牙を生やしたイノシシの魔獣だ、体躯は大きくてトレイル二十人が重なったくらいだろうか。
「仕留め損うと大変スね…これは…一気に行くしかないスねっ」
まだこちらに気が付いていない魔獣に勢いよく木から一直線に飛掛かり奇襲ををかける。
「エンチャントっ!爆熱閃刃!」
刃に焔を纏い、急所を狙う。炎刃が魔獣の首を両断し、トレイルが地面に着地すると同時に四肢を切断、魔獣の動きを止めつつ一瞬のうちに決着を付ける。
「ギィイイイイ!」
首を落とされ四肢を切断された魔獣が声にならない叫びを上げる。生命力の強い魔獣は、首を斬られた直後でも、苦痛と報復によって攻撃者に対して反撃を行おうと、魔力を感知して向かってくる為に、油断は出来ない。
トレイルはマキーリュイから「首を斬るなら足もだ、油断していると死ぬぞ、動きを封じて致命傷を与えろ」と教えてもらったことを忘れずにしっかりと実行したのだ。
地面に倒れた魔獣がもがき、暴れている様子を少し距離をとってみつつ、辺りを見まわす。
気配を感じた、もう一体近くにいる。別の個体だ、イノシシの魔獣とは違う。
仕留めた魔獣から一度離れ、木の上に一足で上がり、様子を確認する。
血を失い、ぐったりとし始めた魔獣の側に一体の影が現れた。死肉喰らいの魔獣だ、大きな猫型で足の細く無駄のない胴体で素早いであろうことが見て取れる。
魔獣は仕留められたイノシシの横腹を牙で噛みつき、肉を貪り始めた。
「あっあぁあ!あたしのだぞっ肉ぅっ!ああっ!」
思わず声が出てしまうもののなんとか小声に抑える。魔獣の様子を忌々しく見つめながら、トレイルはどうやって倒すか思考し始めた。
――――――――――――――――――
一方要介護師匠ことマキーリュイは布団から出ずに身を起こして、窓から差し込む日の光を浴びて幸せの頂きにたどり着こうとしていた。
「はぁぁ…叶うことならずっと布団から出たくない…この幸せをずっと噛みしめていたい…」
トレイルが魔獣を追いかけている一方で、要介護全裸師匠はお布団でぬくぬくしていた。
この恥知らずっ!トレイルに謝れ!(うるさいっ!いっても変わらないことをグダグダ言うな!)
マキーリュイはいつまで経っても布団から出ようとはしなかった。
――――――――――――――――
「はぁ、はぁ…くそぉぉ…早い…修行にはいいスけどこういう魔獣は何度も狩りたくないスねぇ…獲物を捕られないためにこうして相手してるっスけっどぉっ!」
ガキィンッ!
草影から素早く爪撃を繰り出してくる素早い魔獣に防戦一方で何とか凌いでいたトレイルだったが、そろそろどうにかしなければ体力が尽き攻撃をもろに受けてしまいそうだった。
(一か八かやるしかないスね…)
トレイルは覚悟を決め、剣にエンチャントを掛ける。
「爆熱閃刃っ」
刃に焔を宿し、次の攻撃に備える。
「ガァッグラァッ!」
魔獣が飛び出し、胴に目掛けて爪を振り下ろした。
「やっと来たっスねッ!くらっえっ!!」
ガキンッドォオン
爪と剣のぶつかる音に混じり、爆発音が木霊した。
剣と爪がぶつかった時、火花が走り、エンチャントされた爆熱の魔力が弾けた。纏う焔が急激に増幅され、剣を中心として大きな爆発を起こす。それは少し離れた場にいた、先ほどのイノシシをも全て包み込むほどの爆炎だった。
「うっぐぅっ!」
トレイルは吹き飛び木に体を打ち付けたが、なんとか立ち上がる。
一方の魔獣は、先が折れ先端が尖った木に生える枝にその身を貫かれ、少しの時間身悶えていたが、直に動かなくなっていった。
「ふぅ…ん、丁度よかったっスかね…?」
ほんのり身を焦がしたイノシシの魔獣を見て、加工の手間が少し省けて良かったとトレイルは思うのだった。
ひとまず仕留めた魔獣二体を担いで、一度帰路に向かうトレイル。その顔には、師匠は喜んでくれるだろうかと、頬に笑みをいっぱいに溜めて。
「ただいまーっス師匠~っ」
「早いな、もう帰ったのか」
「まぁでも今日は結構苦労したんスよ…?窓見て師匠ほら」
「ん?おぉ、魔獣二体か、ここまで重かっただろう、よくやったなトレイル」
師匠はやっと布団から出て、微笑んでトレイルの頭を撫でた、トレイルは幸せいっぱいでその手を頭で受けた。
「さて、解体、加工をしよう、まだ体が本調子ではないから、お前も動けるようになったら手伝ってくれ」
マキーリュイは解体用のナイフを手に持って、全裸のまま外に出て行った。
トレイルも続いて外に出る。
木にもたれて座り休憩をしながら、師匠が魔獣を解体する様子を眺めていた。日に照らされ輝く肌が目に眩しい、赤と金色が揺れて…。
トレイルは胸を手で押さえた、師匠を見ているとドキドキしてしまう。それは未だ目覚めないトレイルの何かをまだ早いと窘めるように、強く力を込めて、押さえつける。師匠から目を反らして、呼吸を整える。
そのうち落ち着いてきて、師匠の方へ再び目を移すと大型の猫の魔獣を解体し終わり、イノシシの魔獣をいくらか解体しているところだった。
ため息をついて、こちらを振り向いた様子が見えて、トレイルは起き上がった。
「今行くっスよ師匠ーっ!」
「あぁ、丁度呼ぼうと思ったところだ、手を貸してくれ」
「もちろんスよ」
二人で何とか解体し終わり、保存用の肉と今日の肉とを分けた。
保存用の肉は、大量に用意した燻製の道具を用意し長時間燻しておく。
「湖で体を洗ってくる」
「あっじゃああたしも行くスよ」
湖の水を浴び、体についた血と汗を洗い流す。煌めく水しぶきが二人を輝かせる。湖に、二人の金色の髪が、踊るように舞っていた。
体を拭いて、二人は家へと戻るころにはもう夕方で、すぐにトレイルは夕飯の用意にとりかかろうとした。
「だいぶ私も動けるようになった、今回は私が作ろう、お前は疲れただろう?休んでなさい」
「あ、はい…えへへ、師匠の料理楽しみス」
マキーリュイは手慣れた様子で料理を作っていく。
独り身で傭兵稼業をしているからか、自炊の腕が勝手に上がっていったマキーリュイは、ありもので美味しく食べられる様に工夫をするようになっていた。そして、それは、トレイルが来てからさらに変化した。自分が食べるだけではなく、『トレイルの為を思っての料理』へと。
―インタビュー―
「うむ、愛情が勝手にこもっていく。というのだろうか、どうしてもトレイルがいるとな、そのなんだ…笑みが、いやなんでもない。とにかく、思いやりがだな…」
―――――――――
「出来たぞ」
「おほわぁ…っおいしそう~っ」
目を輝かせて、恍惚の表情で香りをいっぱいに肺に収めた。
「さ、食べよう、いただきます」
「いただきまーっス!」
「んおぉんおいひぃ~ぅっ」
幸せいっぱいに料理を口に頬張るトレイルと、それを眺めるマキーリュイ。二人の日常はこの日も幸せに満たされていった。
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