人形の魔女
ドォオオッ―――!
「くっぁああ!」
石の畳が砕け、炎が燃え盛り炸裂音が木霊する。トレイルは勢いを止められずそのまま前方へ吹き飛んでいった。
「はっ…無茶な動きをする…」
「トレイルさん!」
「奴なら大丈夫だっ!いつものことだ心配いらん!まだ警戒を解くなよ!」
トレイルに急いで駆け寄ろうと立ち上がった時、マキーリュイはキスアを制止する。
トレイルが放った爆裂魔術で炎と煙が発生し、視界が悪い中を、お互いの居所がわからないまま動けばそれは、自分の居場所を教えるようなもの。
視界という情報を抜かれれば音に敏感になる。僅かな衣擦れでさえ気になって、相手の音、自分の音…気を張り、糸がピンとなって、息がとまりそうになる。早まる心拍が思考を乱し、いつ来るともしれない脅威に神経が逆立った。
キスアは自分の迂闊さを痛感した。戦闘に慣れている二人に比べて自分はすぐさま動けず、それだというのにこの場に来てしまった。
けれど、これは受け入れるべき、覚悟を新たに認識し直す時なのだと、気持ちを切り替えて今の状況を努めて冷静に見つめ直した。
「考えなしに炎を撒きおって…」
トレイルの魔術の起こした炎はそれほど強くはなかった。それでも、辺りに燃えやすい木製の小さな屋台や、建物が多く点在する通り故に、炎は次第に広がってしまった。相も変わらない弟子の軽率さにこれ以上の言葉は出てこない。が、彼女は愛すべき弟子のそういうところを好いている、しかし絶対に口にすることは無いだろう。二人の時以外では。
カタ……カサ…………カタタタ…カサカタタタタタ
「何か聞こえませんか…?」
「この音は…多いぞ…クソ…あいつ、厄介な事を考えたな…」
「な、なんですか…っ」
極力声を抑え、キスアはマキーリュイに迫る。
「あいつめ、人形を大量に展開して私たちを探しにかかっている…本体を隠したまま人形で場所を特定して遠距離から針で狙うつもりだろう…」
「ミツケェタ…」
「クソっ」
人形がマキーリュイを捉え、手にした小さくも凶悪なハサミをもって飛びかかる。マキーリュイは構えた細身の剣でハサミ諸共人形を両断したが、破片が体を刻んだ。
「大丈夫ですか!」
キスアは駆け寄り、マキーリュイの傷を見ると、どこからともなく取り出した小瓶から薄緑に発光する液体をかけた。
「薬液か…ありがとう」
「いえ、それよりこの状況をどうしたら…」
「幸い、いまの人形どもは大量に展開した代わりに本体に視界を共有出来ていないようだ…とはいえ…」
(いずれみつかるならこちらから攻撃をしかけるしかあるまい…大量の人形を出されたのは厄介極まるが、その代わりどこを攻撃しても人形に当たる確率は高いということでもある…トレイルがいれば多少は楽になるんだが…)
はぁ、と息吐く表情に暗さはさほど感じず、ただマキーリュイは前を向いていた。状況の打開は自らの手で行うもの、待つことで良くなる状況など戦場において碌なものではなかった。傭兵として幾多もの戦闘を経た彼女はそれを良く知っていた。
未だ煙で視界が覆われていることで二人の姿ははっきりと見えることはなく、大量の人形たちのほんの一部を相手にするだけで済んでいたが、いつかは人形の魔女本体と接敵する。
人形の総数もわからず疲弊していくのは避けなければならない、キスアは錬金の魔女として、自分にしかできないことをひたすら考え続けた。
(状況に合わせた解決、いつもしていた仕事で培ったレシピ構築のノウハウを、ここで活かすんだ…!)
キスアの籠手は彼女の魔法を活かせるように作成された特製の武装、「錬成砲魔手甲」と呼んだり「お助け手砲(てっぽう)」と呼んだりしているそれは、彼女の思考を物質化して射出することができるいわば《何でも撃てる銃》である、しかし、扱いは非常に難しく、何度も練習してようやく《伸縮する光縄》を安定して出せるようになったくらいであった。
(いつも高いところを瞬時に昇るのに使っている光縄をどうにか…そうだ!今、地上は土埃や沈んだ煙で視界が悪いけど、建物の上ならまだ視界は良いはず!それならトレイルさんを見つけて合流すれば…!)
「マキーリュイさん、私トレイルさんを探します…!」
キスアは近くにある家屋の屋根を狙い籠手を構えた。
「…わかった、合流したら一旦屋根に上がってこい、その間人形をいくらか潰しておく…効果があるかわからんがな…」
マキーリュイはキスアが屋根を狙っている様子を見て昇る方法があると判断し、指示を出す。
「はい!いきます」
「一応これをもっていけ…あいつが剣を持ってなかったら渡してやれ」
マキーリュイは自身の剣をキスアに渡す。
「え、マキーリュイさんはどうするんですか」
「人形程度なら鞘でも潰せる、本体だときついがまぁ一時的なら何とかなる」
「わかりました…なら鞘を貸してください、強化します!」
「頼む」
キスアは一度剣を鞘に戻してから鞘と剣ごとに状態固定のエンチャントをかけ、鞘には衝撃増加のエンチャントも付加し鞘をマキーリュイに返した。
「すぐ見つけてきます!」
「あぁ」
キスアは籠手からバシュっと光縄を飛ばし、屋根から突き出た煙突に巻きつけ縮めさせて体を引き寄せ、屋根へ上った。
「マキーリュイさんの姿は見える…ひとまず脅威はなさそう…トレイルさんはどこ…」
マキーリュイの姿を確認し、ところどころ上っている煙が視界を邪魔する中、キスアは目を凝らしてトレイルの姿を探す。
「トレイルさん…!いた…っ!」
キスアは崩れた家屋で人形に囲まれているトレイルを発見する。手に武器は持っておらず、人形たちを突破しなければ拾えない場所に剣が落ちているのが見えた。
迷っている暇はなかった。すぐに光縄を撃ち、崩れた家屋のむき出しの梁に巻きつけトレイルの下へ向かう。
「あっキスアさん…!どうしてここに」
トレイルは上から突如降りてきたキスアに目を丸くして驚いていた、キスアの身体能力では本来屋根に上がることはおろか、高いところからの着地すらままならないはずであった。それはキスアが戦闘に遅れを取っていたことからも察することができるように、戦闘を生業としていない彼女がそんな行動を取れることをトレイルは予想していなかった。
「私の籠手は結構便利なので…!これ、マキーリュイさんの剣です!まずはこの人形を倒しましょう!」
「助かったス!」
トレイルは剣を構えて人形の動きに備えた。
「来ます!」
人形が飛びかかりキスアは叫んだ、二体を光縄でまとめ地面へたたきつけバラバラにするが、すぐさま人形は元の状態に戻ってしまった。
「厄介スね…なら…エンチャントっ」
トレイルは刃を掌で撫でると、刀身が花火の様に火花を散らす光を纏い始めた。
トレイルは一体目、二体目、三体目と剣で両断した、トレイルに斬られた人形は刀身のエンチャントで爆裂を受け、粉々に散る。
「流石にその状態になれば戻れない見たいっスね…けどこれだと師匠の魔法と相性悪いスよ…」
―――――――――――――――――――――――――――
「クソ…人形め…あの数をいちいち直すとは…魔力を無駄に使うというのに律儀だな…っ」
マキーリュイはキスアと別れてから既に十体は潰しているものの、すぐさま再生する人形を相手に徐々に体力を消耗していた…。
「はぁ…そろそろ私の位置はわかっているんだろう!なら姿を見せたらどうだ!」
「い~いですよぉ~…?どう~せとどめはわたくしがしなければ安心できませんし、ねぇ?」
ふらふらとした足取りで人形の魔女アーリーシャが現れる。誰かが支えなければ倒れてしまいそうなほど揺れているというのに、何故か倒れることなく立っている。
「ふん、今日はかなりご機嫌じゃないかアーリーシャ」
にやにやと気味の悪い笑みを浮かべるアーリーシャとは反対に、マキーリュイは険しい表情を見せる。
頬に伝う汗を気にもせず、一瞬たりとも目を離せない、離すことはできない…一瞬でも離せば小さい動作で攻撃を仕掛けてくる、小さい動作であれば気が付く事が出来ずにそれを受けてしまうだろう、そういった様子を感じる、そういう気がしていたのだ。
「ふふふ~♪そういうあなたは不機嫌そ~うですねぇ~?」
ゆらりゆらりと揺れて、片手で寄りかかった巨大なハサミを傾かせながら、指にひっかけた普通サイズのハサミを揺らし、彼女は言う。
「私の部下というわけではないのだが、衛兵が数人ここに向かって、姿を一度も見ていないのでな、そういう顔にもなるだろう」
「ふふ、あなたは気を張りすぎますものねぇ~?お疲れでしょう?そこの椅子で休んではど~う?」
片手を巨鋏から離し、指さした方には椅子があった、煙で良く見えはしないが少し違和感があった、それでも確かに椅子に見えた。
「休息を勧めてくれるのは良いが…なぜ襲った?それを聞いたら座ろう」
マキーリュイは、張った気は緩めずに、なるべく声色を変えず問う。突然襲ってきた相手に警戒をそう簡単に解けるものではない。
「さきほどまで敵がいまして、ねぇ?勘違いしてしまったみたいですね~?」
「お前にしてはらしくない…」
マキーリュイはゆっくりと椅子へ近づいていく。
「ふふ…」
アーリーシャの怪しげに笑う声はマキーリュイには聞こえていない、そのままマキーリュイは椅子の目の前に立った。
「これは…椅子?」
「あいにくこの通りの長椅子はどれも壊れてしまっていましたの、不格好でごめんなさい、ねぇ?」
その椅子は、顔が造形されておらず、他の人形とは違い衣装を着ていない人形が折り重なりかろうじて椅子の形を保っているものだった。
「いや…お前の好意なんだろう…座れるなら形はどうあれ、椅子として使わせてもらおう…お前は座らないのか?」
「いくら長椅子とはいえ、狭くなりますよ?」
アーリーシャが言い終わる前に、マキーリュイは先に腰を下ろして不格好な椅子へ腰を掛けた。
「構わん、その程度でバツが悪くなるような器量ではない、お前が良ければ座ってもらった方が幾分気持ちが落ち着く」
「そうおっしゃるならぁ、お隣、失礼しますねぇ?」
アーリーシャがマキーリュイの隣へ座るが、互いに顔を合わせない。
「はぁ…お前は敵に会ったんだな?とりあえず、無事で良かった…」
「心配してくださるの?あなたが?まぁまぁ!嬉しいですねぇ?」
「私をなんだと思っている…友人として当然だろう…」
「まぁまぁ友人だなんて、初めてですよあなたからそのようなこと聞くのは!どうして?今まであなたから言われたことありませんよ、ねぇ?」
「今はそれよりも敵がどういうやつだったかを教えてくれないか…」
「敵…?敵が知りたいんですの?敵は………」
―――――――――――――――――――――――――
二人は奇妙な椅子に座っていた。そしてそこからは話し声が聞こえる。それは傍からみると違和感でしかなかった、何せ人が人形に話しかけているものだからそれは当然、二人には危機でしかなかった。マキーリュイの危機にしか見えなかった。
「アァアアアアっ!!!!」
「マキーリュイさんっ!!」
トレイルは叫声を上げ駆ける、キスアはマキーリュイ目掛け光縄を撃ちだす。
「敵は…あなたです」
「ッ!!」
アーリーシャがマキーリュイの腰に手を回し抱き着いたその瞬間、理解した。この人形の魔女はずっと、三人を『殺すつもりだった』のだと。
人形の魔女、アーリーシャはその「躯体」から高魔力反応を起こし、メキメキとあちこちヒビを入れながらどんどんとその身を爆散させようと隙間から光を溢れさせる。
「クソッなんだっ力が…っ!」
マキーリュイはすかさず引き離そうとするが、力が入らない。そればかりか意識は薄くなっていく。自分の意思に反してどんどん、微睡んでいく…まるで空腹を満たした後の白昼の午後の様に。
「だめぇええッッ!!!」
光縄がマキーリュイに巻きつき、勢いよく椅子から引き離す、しかしその体には今すぐに爆発せんとするアーリーシャを纏う。
ザンっ!と木材の斬れる音が聞こえる。
ガタンッバコンッ
木片に変わり砕ける音が響いた。
トレイルが、絡みついていたアーリーシャの両腕を切り落とし、その体を蹴り飛ばした。その音が、マキーリュイの意識が飛ぶ寸前に聞こえた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます