¥金貨4枚 猫とカタツムリ
俺達は下流の辺りに避難した。遠くでは文字通りジャイアントになったカタツムリがゆっくりと木を食べているのがわかる。さほど大きくない森は放っておいたら食い尽くされてしまいそうだ。
「ふむ……あれをカタツムリに掛けると巨大化するんだな。初めて分かったぞ」
「そんな問題じゃねぇだろ!」
なるほど、といった顔で様子を見ているステラにチョップをする。余計な事をしたのはそれはそれとして、恥ずかしそうにしているシーニャに目を向ける。
「シーニャ、それは……」
「えへへ……バレちゃいました」
猫耳って……!古くから萌えと言われたらのテンプレート!ケーキにイチゴのように、メイドに猫耳は付き物。キターって言いたいレベルの破壊力。
そんな問題じゃないのはわかるんだけど、天使に猫耳が付与されてヤバいバフ効果になってる。気にしないで平常心をなんとか保つ。
「可愛いよシーニャ」
いけない。邪心が少し漏れてしまった。お尻にリリカがキックを当ててくる。
「シーニャは獣人なのか」
「獣人?」
リリカに蹴られている間にステラが問いかける。
「どこから説明しようか。獣人はオルスメニアから迷いの森を超えた先にあるルースという小さい国に住んでいる種族だ。ルースは獣人やエルフ、ドワーフや妖精などの亜人と言われる種族がまとまって暮らしている。特徴としては、極めて閉鎖的な国というところが挙げられる」
「閉鎖的、って」
「滅多に外に出ることは無い。また中に入ることも許されない。理由としては……表向きには許されていないけどね、人身売買の対象となるんだ」
「人身売買……!」
だから転生してから人以外を見なかったんだ。人身売買、それもファンタジーにはありがちだけど、この世界にも存在していたのか。
「ええ、だから本当は私自身金貨50枚の価値はあるというか……一番早く稼げるんですけどね」
頬をかきながら自嘲気味に言う。あの冗談もそういう意味があったのか。いやでもあの目はマジにしか見えなかったけど。
「ギルドカードはマスターに種族を、偽造してもらいました。こっちに出稼ぎに来て、どうしようも無くて途方に暮れてた時に雇ってくれたんですよ」
「じゃあなんで俺たちのパーティに入ろうと思ったの?」
「チヒロがゴーレムっていう事が分かった時、そんな方がいるパーティなら差別も無いかなと思いまして……でも伝える勇気は無くって」
一番最初にギルドに登録に行った際見たあの表情は、驚きの中にそういう期待があったって訳か。
「あーもー!うだうだ言わない!あたし達は仲間でしょ!」
鬱屈とした空気の中、腰に手を当てて勢い良くリリカが言う。
「今はこの馬鹿がやらかした事の始末が先決、そうでしょ!?」
「一回俺たちのパーティ抜けようとして、シーニャのパーティ加入を断ろうとしたやつから仲間って言葉が出るとはね」
「う、うるさいわね。ほっとけないでしょ」
ふんっと腕を組み、顔を背ける。ここまでわかりやすいツンデレっていうのも今更いるんですか。
「馬鹿では無く天才の私も仲間と認めている」
「お前はむしろシーニャ以外とは今更話せないだろ……ま、そういう事だ。俺達はもう仲間。シーニャが今更獣人だろうがスライムだろうが気にしないって訳」
「皆さん……!ありがとうございます!」
右手で俺と手を結び、左手で零れ落ちた涙を抑える。これで下心無しの仲間って訳だ。柔らけっ、いや下心は無い。
***
「じゃあ皆さん腹ごしらえでもしますか?」
「なんで今なのよ!」
ケロッと泣き止んだシーニャは、リリカとカタツムリを流し、小さいポーチの中から鍋を取り出す。
「よくそんな小さい鞄にでっかい鍋入っていたな……」
「
これも異世界転生もので見かけるやつだ。RPGってどう入れてんだよみたいな荷物も良くあるし、こういうのがあると辻褄は合う。
他にも燃料の藁、材料、調味料……調味料?
「シーニャ、ナイスだ」
「え?」
***
「チヒロ君、こんなのでほんとに上手くいくのか?」
「あんた食べようとしてない?」
巨大なかたつむりの横で俺達は再度作戦の確認をしている。シーニャの持っていた調味料、その中にあった塩。異世界であってもかたつむりはかたつむり。これで奴の水分がどうにかこう……まあよくわからないけど縮むはず!っつーか最初から聞いとけばよかった。一番手っ取り早いじゃん。
この半信半疑の味方、俺だけが知っている解決方法。うんうん、これも転生だね!
さすがに調味料程度の塩でこのでかさのかたつむりをどうにか出来るとは思っていない。
「この袋が昨日完成した魔法道具【
そんなピンポイントに完成するってのもそういうイベント感が凄い。それにしても語感が……あ!ま!た!の!塩!
「まあ見てなって。じゃあ、作戦の再確認だ。ステラの魔法で俺の重力を弱くしてリリカが俺を上まで吹き飛ばす。んで俺が上空から塩を降らせる。シーニャは補佐、大丈夫か?」
「大丈夫です!秘密兵器があります!」
近距離用のスキルと言っていたけど、何か策はあるのだろうか。
「グラビティ」
ステラの力により、俺の体が軽くなる。月を歩いている様な感覚。行ったことは無いけども。
「塩掛けてどうするのよ……?食べるの?」
「どんだけ食い意地張ってると思ってんだよ!だから見てなって。ほら早く」
「もう、アップドラフト!」
おおっ!すげぇ!マジで浮き上がった!ゴーレム結構重いからどうなるかと思ったけど!
俺の体はカタツムリより高く昇って、殻の天辺から向こう側へと落下。
「高くし過ぎだ2人とも!!落ちるわ!」
くそっ!向こうにはリリカの魔法は無い!落下くらいじゃまあ死なないけど痛いのは嫌だ!
「チヒロ!ここは私が!」
持ち前の素早さで俺が落ちる方へと先回りしていたシーニャが何かを投げる。
「目を瞑ってください!【
閃光玉ってモンスターをハントするあれのあれかよ!反応が遅れた!くっそ眩しい!あ、そうか【解析】!
【解析】の効果により視界に情報が現れる。視界はまだ光で見にくいが、これでなんとか……って、なんだ!?
「今です!フリーフォール!」
閃光玉の光によって一瞬伸びた影が、俺の体に巻き付いて軌道を変える。シーニャの目にはサングラス。
ははーん、落下させるからフリーフォールか。この世界遊園地あるのかよ。
「食らえ!【
光により目を眩んでいるかたつむりに向け袋を開く。そこからは明らかに質量を無視した量の塩が洪水のように降りかかる。いや、っていうかさすがに。
「量多すぎるだろこれぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
どざーっと降りかかった塩の上へどさっと落下。ステラの魔法が切れていた俺は、ずぶずぶと少し沈み込む。
うっわぁ……しょっぱい……まあこの体だから食用にならない塩でも塩分過多でも関係無いだろうけど。
もがいて何とか上から転がり落ちる。体を叩き、【解析】をオフにした後上を見上げる。しっかしここまで量増やしますか……さっきまでいたカタツムリの高さ位塩が積もってんじゃねぇか。単純に圧死したんじゃねえか?
「チヒロー!」
3人が駆け寄ってくる。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫。ちょっと眩しかったけど」
「流石私の発明品だな!」
「量にも限度があるだろ」
「で、望んでた結果になったの?」
「結果ねぇ……」
殻を持ち上げてみたいことには塩に埋もれてなんもわからん。
「持ち上げる分には最大出力にしても平気かな」
「私も手伝うぞ」
俺はその山のような殻に近づき、最大出力で持ち上げてみる。ステラの魔法もあってそこまでの重さは無い。
「割らないように気を付けてくださいね!」
まあこの重さなら平気だろ。よっと。
塩に被らない所に動かす。
「あれ、なんだこれ」
殻の中の赤い球体が落下する。置いた後、ちょっとぬめぬめしているそれを手にする。
「魔核じゃないか?それ。気持ち悪いな……塩をかけるとかたつむりは溶けるのか」
「まあ大体そういうこと」
俺も詳しいことはわからん。ただ縮むってことだけは知ってる。異世界に無い知識で無双、とまではいかなかったけどそこそこ良い気持ち。俺は剣を抜き、魔核へと突き刺す。
『シーニャのレベルが15にあがりました』
まあかたつむりくらいだし俺たちのレベルは上がらんか。
「ほんとにレベルが上がった……凄いですね。チヒロの能力」
「地味なんだけどなどうしても」
あとはこの殻を持って帰るだけ……また俺が持っていくしかないか。
「考えてみたらこれだけ大きい殻……銀貨5枚、いや、金貨になるかもしれません!うっひゃー!」
あれ、シーニャさんもそんなキャラ?うっひゃーなんて言わないキャラだと思ってたんだけど。
「皆さん早く帰りましょ!」
「いや、それもそうなんだけど。ちょっと待って」
目に¥マークが現れているようなシーニャを少し落ち着かせて、俺は3人に話す。
「これで俺達は完全なパーティ、一蓮托生だ。目標はやっぱり魔王討伐になると思う。特殊な事情の俺だけど、みんなに付いてきてほしい」
「もちろんだ。君は私の発明品でもあるしな」
「当たり前よ。その代わり、あたしの目標にも協力してもらうからね」
「こちらこそ!よろしくお願いいたします。チヒロ!」
ふう、最初は魂だけの転生なんてどうなるかと思ったけど、何とか形にはなったな。この世界を救う為、というかこの世界で生きる為だ。明日からもまた戦い続けよう。
……まずはこの殻を持って行かないとダメか……あと塩どうしよう?
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