思い出
実家で暮らすことにしたので、二人で暮らしていたアパートから必要なものを持ってこないといけない。
「じゃあ、二人でここで待っててくれる?その間に手続きしてくるから。必要な荷物は、このバッグに詰めてみて。できなかったら、お母さんがやるから待っててね」
「…うん」
お母さんは、誠君をみてもらう施設の手続きに行くらしい。
退院してからずっと、ぼんやりした感じが抜けきらない。
_____私も誠君も、大人なのに…
全部両親頼りになってしまったことが、ひどく悲しかった。
なのに泣けない。
誠君は、テレビを見ていた。
表情が変わらないので、内容を理解してるようには見えないけど。
私は、少しでも荷物をまとめようと立ち上がった。
だいたいの着替えと、誠君の沢山の薬を出しておいた。
押し入れから、アルバムを出す。
結婚式の日の、晴れやかな幸せな景色をもう一度思い出したくて。
写真の中には、これから先の二人の幸せを信じて疑わないみんなの笑顔があった。
私だって、弾けるように笑っている。
ふと、鏡を見て笑おうとしてみた…けど。
_____笑顔って、どうすればよかったっけ?
なんとか笑顔になろうとするけれど、思い出せない。
どうしてかな?
どこで間違えたのかな?
何か悪いことしたのかな?私。
笑えなくなってしまった…。
笑いたいのに、溢れるのは涙ばかりだ。
本棚の奥にもう一つ、アルバムがあった。
高校の卒業アルバムだ。
そしてその隣には、サイン帳が2冊、誠君のものと私のもの。
_____この頃は、将来の何もかもが楽しみだった…気がする
何年ぶりかで、自分のサイン帳を開いてみる。
“浩美!専門学校でめちゃくちゃ絵が上手くなったら描いて。私と誠君のウェディングを・・・優子”
_____優子、どうしてるのかなぁ?
誠君のサイン帳も開いてみた。
“頑張って働いて、いっぱいお金稼いで幸せな結婚しようね・・・愛しの優子ちゃんより”
“結婚式には呼んでくれよ・・・溝口”
“せいぜい優子の尻にしかれないようにね・・・まゆりん”
“二人の子どもが生まれたら、きっとこんな顔(๑・̑◡・̑๑)・・・大地”
“もう墓場が決まってるのか、ご愁傷様・・・酒井”
みんな、誠君と優子のことを書いている。
_____もしかして…私じゃなくて、優子と結婚していたら誠君は幸せになってたのかな?
ふと、そんなことを思った。
私はなんて書いていたのだろう。
自分が書いたページを探す。
“ずっとずっと仲良くしてね!大好きだよ、二人とも・・・ヒロ”
どんな気持ちでこれを書いたのか、忘れてしまった。
誠君が、私に寄せてくれたメッセージを探してみた。
“大切なヒロへ。もうすぐ遠くに離れてしまうけど何かあったらすぐに呼んで!誰よりも早くかけつけるからな。あ、優子と一緒にな・・・誠”
そうだった。
このメッセージがうれしくて、ずっとお守りみたいに読み返していたっけ。
卒業アルバムの写真を見る。
3人とも三年生のクラスはバラバラだった。
_____なつかしいなぁ…戻りたいなぁ…
しばし昔のことに思いを馳せた。
「?」
いつのまにか黙って私のそばにいた誠君。
アルバムを覗き込んでる。
じっと見ている。
「わかるの?これ、優子だよ?」
「……」
表情は変わらない。
何も答えない。
「わからないか…」
「お腹、すいた」
「えっ!」
誠君のその一言に、一気に現実に戻された。
「ごはん…」
「まだ3時、ご飯はまだ!」
ふと誠君がいたあたりを見たら、積み重ねてあった衣類や、雑誌が散らかっていた。
食器棚も開いたままになってる。
何か食べるものを探したようだ。
そういえば実家でも同じようなことをしてたっけ。
誠君が自分から何かを言ってくれるのは、空腹の時だけだ。
「お腹すいた」
私の中で、パチン!と何かが…弾けた。
「黙って!もういい加減にして!」
「ごはん!」
「ないよ、まだないの!」
「ご、は、んーーっ!」
「うるさーい!!」
バシン!
がちゃん!
私は手元にあった目覚まし時計と、卒業アルバムを誠君に投げつけた。
アルバムが誠君に当たって、額から血が流れた。
「うわぁーーーっ!!」
思わず大声を上げたのは私だった。
私は、どうしていいかわからずトイレに駆け込んで鍵をかけた。
誠君は、痛いとも何も言わなかった。
驚いたようにも見えなかった。
それがまた、私を追い詰めてるような気がして、トイレの中で耳を塞いだ。
◇◇◇◇◇
どれくらい、そうしていたのだろう?
鍵を開けて、そっと誠君を見た。
床に散らばった薬の袋から、沢山の薬を出して、そして口に運んでいた。
_____あ、やめさせないと…
わかっている、ほっといちゃダメだ、大変なことになる。
あんなに食べ物のように薬を食べたら、死んでしまう!
_____死んで?死ぬ?
私は動けなかった。
ぽりぽりと薬を食べている音が、ハッキリと聞こえてきたのに、それがだんだん聞こえなくなって…。
ドサッ!
誠君が床に倒れ込んだ。
「誠君!!」
「……」
誠君は、うっすらと目を開けた。
「誠君、ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!」
「…ヒロ…」
「えっ!」
微かに、でも、確かにヒロと呼んでくれた。
「待って、目を閉じないで、お願い!」
でも、そのままもう二度と目を開けなかった。
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