もう少しだけ
「ありがとう、お母さん。でも、もう少しだけ2人で暮らしてみたいんだ、やっとこうして結婚できて2人で暮らせることになったんだから」
「でもね…」
お母さんが言いたいことはわかる。
これでは、誠君の姿をした大きな子どもと暮らしているようなものだから。
それでも、まだ私は心のどこかで諦めきれていなかった。
_____もしかしたら、奇跡がおきて事故前の誠君に戻るんじゃないか…
そう考えてしまって、離れて暮らすことを選ばないでいた。
「わかったわ、浩美。それでもね、これからどんどん体調が変化していくのよ。あなたひとりの体ではなくなるの、そこのとこ、よく考えておいてね」
「うん、気をつける」
「じゃ、そろそろ帰るから、何かあったらすぐ連絡しなさいね」
お母さんが帰って、また誠君と2人になった。
いつのまにか私の隣に座って、肩に頭を乗せてきた。
「誠君?眠たいの?」
「…ん」
私はそっと肩から下ろして、膝枕にした。
手を伸ばして、毛布を誠君の肩にかける。
ゆっくり、背中をトントンとしていたら、すぐに寝息になった。
_____以前の誠君と何も変わらないのになぁ
髪をそっと撫でる。
少しクセのある髪が、指に絡み付いた。
壁にもたれて、私もまたいつのまにか眠っていた。
「クシュン!」
誠君のくしゃみで目が覚めた。
膝が痺れていることに気づく。
「ごめん、誠君、ちょっと起きてくれる?足が痺れちゃった」
「お腹すいた」
「え?もう?」
壁掛け時計を見ると、まだ夕方4時。
お昼ご飯を食べてから、3時間も経ってない。
「ふぅ!」
思わずため息が出る。
_____わかっている、誠君は誠君だけど誠君じゃない
気持ちに段々と余裕がなくなってきた気がした。
「晩ご飯、作らなくちゃね。ここでテレビ見ててくれる?」
「お腹空いた」
「あー、そうか。あ、さっきお母さんが買ってきてくれたお菓子あるから、それ食べててね」
スナック菓子を渡した。
受け取った誠君は、袋を振り回しているけど中身は出てこない。
当たり前だけど、開封もできない。
「ちょっと貸してね」
ハサミで封を切って、紙皿に出した。
スナック菓子の油と調味料のニオイが鼻につく。
「んっ!」
胸の中に何かが無理矢理入ってきて、体がそれを押し出そうとしている。
吐き気。
私は慌てて洗面所へ行った。
「うっ!ぐっ!おっおぇっ!げぇー」
吐きたいのに吐けない、いつまでも胸の中にモヤモヤしたものがある。
_____これがつわり?どうしよう?
赤ちゃんが、ちゃんと育っているという証のはずなのに、私は喜べなかった。
「おなかすいた」
離れたところから、誠君の声がした。
私は毛布をかぶって聞こえないふりをした。
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