新しい生活

誠君は、見た目は普通だ。

どこも悪いところは見当たらない。


先生からの説明があってから1週間後、私は誠君を退院させて2人のアパートまで連れてきた。

お母さんが荷物を持ってくれて、私は誠君の手を引いて歩いて来た。


「ただいま!ほら、誠君、おうちに帰って来たよ」

「おうち?」

「そう、ここで仲良く暮らしましょう、ね。あ、ほら、靴はここで脱いで」


部屋に上がると、誠君はゆっくりと何かを確かめるように歩いている。


「浩美、病院にあった荷物はこれだけだから、置いておくわね。それから、食材を買いに行ってくるけど…2人で大丈夫?」

「うん、大丈夫だから。お願いします」


お母さんは冷蔵庫の中身を確認すると、買ってくるもののリストを書いていた。


「じゃ、行ってくるから」

「はい」


私は立ちっぱなしだった誠君を食卓に座らせた。


「ここが誠君の席だよ。それから、これが誠君専用のマグカップ。何か飲む?」

「…ん…」


話しかけても、理解している様子は見られない。

真正面から向き合っても、視線が合わない感じがする。


私は冷蔵庫からオレンジジュースを出した。

誠君にマグカップを持たせて、そこへジュースを注ぐ。


「あっ!」


グラリとマグカップが揺れて、注いでいたオレンジジュースが誠君の膝の上にこぼれた。


「あっ、こぼしちゃった。洗濯するから、ズボンを脱いで、誠君」

「ん?…なぁに?」


ぼんやりしたままの誠君。

ジュースがこぼれたことも、特にわかっていないようだった。

私は洗面所から、タオルを持って来て床と誠君を拭いた。

それから、スウェットを持ってきて着替えさせる。


「ほら、こっちの足を上げて、そうそう!そして今度はこっちね」


ゆっくり声をかけて指示すれば、その通りにはやってくれるけれど。

何かをお願いして手伝ってもらう、ということはできない。

会話も、つながらないことが多い。

誠君が発する言葉は、“お腹すいた”、“痛い”、“いやだ”くらいだった。

それでも、誠君は誠君なんだからと自分に言い聞かせる。


_____ずっと一緒に暮らしていればきっとそのうち…


お医者さんは無理だと言ったけど、もしかしたら、そのうち事故に遭う前の誠君に戻るかもしれないんじゃないかと思わずにはいられない。

見た目は何も変わらないのだから。


「ここに座っててね、洗濯してくるから」

「……」


_____せめて、笑うようになってくれないかなぁ


意識が戻ってから、一度も誠君の笑った顔を見たことがなかった。

洗濯機を回しながらあれこれ考えていたら、漠然とした不安に押し潰されそうになった。

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