想像
コンコンコンと、ノックの音。
「浩美、誠君とは話せたのかい?」
晩ご飯の後、お父さんが部屋にやってきた。
私は誠君と話した後、無理矢理にご飯を食べお風呂に入ってベッドに潜り込んでいた。
お父さんの問いかけに、私は返事ができなかった。
「入ってもいいかい?」
「……」
そっとドアを開けた気配がする。
私は息を潜めて、じっとしていた。
お父さんは、ヨイショとベッドの端に座った。
「ブラジルで何があったのか、聞けたのかな?まだお父さんには話せそうもないかな?」
「ん、ううん…」
また心配をかけてしまうし、このまま避けているのはまるで駄々っ子のようでみっともないかなと、話すことにした。
才能がないと言われたこと、暴動が起きて仕事を失ったこと、路頭に迷っている時にエレナに助けられたこと、エレナには子どもがいるけど誠君の子どもではないこと。
エレナの恋人が日本に来てるはずだということ、誠君のお母さんは病気だしエレナと赤ちゃんの生活費分も働かなければいけないから、もう画家は諦めたこと。
「そうか…そんなことがあったのか…」
私の背中を、そっと撫でてくれるお父さんの手があったかくて、私はいつのまにかまた泣いていた。
「浩美の気持ちはどうなんだい?」
「わからないの…」
「そうだよね、わからないよね。すっぽり3年間の時間が抜けてるからね」
「どうしたらいいのかなぁ…」
「そうだね…、まずは想像してみようか、誠君がブラジルで過ごした時間と誠君が体験したことを…」
「想像?」
「日本と違ってブラジルは、きっと治安も良くないだろうね、暴動なんて起きたら怖くて仕方ないよね、友達も家族もいない、日本語も通じないとしたら…」
「……」
「お金も住むところもなくなってしまうと、きっと…心細かったろうね」
_____誠君…ブラジルできっと私の想像を遥かに超えた体験をしたんだろうなぁ
「誠君は自分からブラジルに渡ったけど、夢破れての帰国は、辛かったと思うよ。そのエレナという人に恩もあるだろうし、ましてや病気のお母さんもいては、自分のことは後回しになってしまうだろうね」
「でも、でも、私は待ってた、何回も手紙も書いたし…」
「いつからだろうね、浩美の手紙が誠君に届かなくなったのは…」
_____手紙が届いていなかったのか…届いていたとしても返事が書けなかっただろうし
「それで、誠君は浩美のことをどう思ってると言ってたんだい?」
「私のことを好きでいる資格がないと言ってた」
「資格?」
「多分…だけど、エレナさんのことかなぁと思う」
「そのことを浩美はどう思う?」
「なんとなくだけど…暴動に巻き込まれて命の危険もあったとしたら、そんなふうに女性に頼るのも仕方ないのかなぁ」
「そうかもしれないね。じゃあ、あとは誠君が浩美のことを想像する番だよね?浩美がどんな思いでここで誠君を待っていたのか…もう一度、誠君に話してごらん?納得するまでは、答えは出す必要はないと思うよ」
_____そうか、誠君にも私のことを話さないと通じ合えないかもしれない
遠く離れてしまった3年という時間を、なんとかつなぎたいと思った。
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